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■第七八夜:不浄を灼く光


 純白の——不純を決して許さぬ光撃がアスカの網膜を焼いた。


 その攻撃に屍者であるラッテガルトが耐えることを許されたのは、掲げられたラウンドシールド:〈ハリ・ハラル〉の超防御能力があったればこそだ。

 それでも着弾し飛び散った光の飛沫がラッテガルトの肉体を、灼いた。

 しかし、屍騎士は苦悶の声ひとつ上げず、的確な防御を行った。

 

 すなわち、盾の裏に身を屈めたアスカと、砂獅子旅団の中核メンバーたる老ナジフとティムールを己の背に護ったのだ。


 おそらく、光撃が彼らを打ち据えていた時間はわずか数秒だったはずだ。

 アスカにはそれが、ひどく長い時間に感じられた。

 ラッテガルトに護られ、その美しい顔を見つめながら、白き光に灼かれていく彼女の姿を目の当たりにして——状況の把握にアスカは努めようとした。

 

 素早く動かされた盾の陰に入る直前、アスカは見たのだ。

 ラッテガルトが放った異能:星条のスパークルライト翼刃・ウィングスに掃討された城塞の屋上へと侵攻しようとした矢先だった。


 窓を埋められ封ぜられた聖堂の奥から——それは現れた。

 巨大な翼とも、腕ともとれる三対の器官を天へと伸ばしながら。

 純白の機械と生物とを継ぎ目なく練り合わせたかのごとき姿を、それはしていた。

 頭頂部に戴かれた冠には、まるで卵を抱くかのような女の姿が詳細に彫刻されている。

 見たものに寒気を催させる、異界の美。

 

 いや、いったいだれに、それが彫刻ではなく、存在として生きている・・・・・のだと認識できただろうか。

 きっと、夢見るように閉ざされた瞳のしたで、それが唇を動かし聖歌を口ずさんでいるのを知らなければ、だれも事実を認められなかったであろう。

 それが、ここより遠く離れたトラントリム首都での出来事——御旗となったイリスの覚醒と呼応していたことなど、ましてや、だ。

 

 そして、まるで数刻の間にも感じられた光の一閃が飛び去った直後、ようやく取り戻された視界のなかでアスカは見るのだ。

 城塞内に隠されていた十二本の脚を伸ばし——光翼と表現すべき腕を伸ばしたそれが彼らを捕らえるべく、立ち上がるのを。

 

「ティムールッ!!」


 危機の接近をいち早く察知したラッテガルトが緊急回避を試みるのと、ナジフ老の叫びが交錯するのは同時だった。


 先陣を切るべく降下準備に入っていた矢先のことである。

 アスカ自身に見出され、手塩にかけて育てられた精鋭集団こそ砂獅子旅団の本質である。

 その中核を担うふたりが、敵陣突入にあって主君に遅れるようなことがあってはならない。

 むしろ、先に降下し、露払いを務める覚悟であったはずだ。


 アスカの戦技指導教官を務めてきたナジフ老とは違い、ティムールはどちらかといえば内政や交渉事を担当してきた経緯もあって、実は攻撃用の異能にはそれほど通じてはいない。

 といっても、それはあくまで、強力な異能者同士を並べて比較すれば、という話だ。


 基礎中の基礎である闘気撃オーラ・ブロウからして、重甲冑を無効化してしまうだけの威力を備えている。

 それは甲冑戦闘アーマードコンバットに特化してきた重装歩兵や騎士たちにとっては、悪夢のごとき存在と感じられる。

 鋼鉄製の甲冑が盾を必要としないほどの防御力によって、敵兵力を圧倒する装備だとするのだとしたら——その長所を戦場で覆されてしまうことが、どれほど恐ろしいか——体験したものにしか、ほんとうの恐怖はわからないだろう。

 キチンと採寸され、肉体にフィットした板金鎧は人間の動きをほとんど阻害しない。

 着用時にもひどく重さを感じることもない。

 だが、重量の増加は瞬間的な動きには、遅滞を生じさせる。

 もっともそれはほんのわずかであり——たとえば、甲冑を身に付けていない状態での戦闘では致命的かもしれないが——強大な防御力との引き換えと考えればとるに足らない程度の取引だ。

 相手の攻撃を躱したり防御したりする必要がないのであれば、一瞬の後手など、なにほどのこともない。

 しかし、異能者相手の戦闘では、その理屈はまったく通じない。

 全幅の信頼を置いた装甲が紙のように切り裂かれる恐怖は、筆舌に尽くしがたいものだ。

 異能者たちの多くが画一化された装備よりも、いくつかのそれを組み合わせて使う傾向が多いのも、数少ない重甲冑の欠点……つまりスタミナ消費の早さや、高温湿潤環境に対する弱さへの対処だけではなく、このような状況を考慮してのことだった。 


 そして、ティムールは己の《スピンドル能力者》としての非力を知るがゆえに、密かにも戦技訓練をかかさぬタイプの男だったのである。

 

 ティムールは奴隷階級の出身だ。

 オズマドラ帝国内にいくつか存在する離宮と寺院、その門前町として発展を遂げた衛星都市のひとつで生まれ、塩の交易で財を成した商人のねやともとして買い上げられた。

 読み書きと計算はそのとき憶えたものだ。


 それは別に主の温情から、ではない。


 ティムールの主は、教養ある相手を組み伏せるときにしか興奮を見出せないタチの男だった、というだけのことだ。

 同じような境遇の少年たちが、幾人もいた。


 ティムールの運命が変わったのは、彼が齢二十六になった時だった。

 オズマドラ皇帝:オズマヒムの嫡子、アスカリヤが、都市の太守として赴任してきた。

 十字軍クルセイドを退けたオズマヒムが隠棲を宣言、アスカリヤが玉座についてからわずかに数ヶ月の出来事——予告もなく王都に舞い戻ったオズマヒムは権力を瞬く間に掌握しなおすと、アスカリヤをこの都市の太守に封じた。

 ありていにいえば、これは父王によるクーデターであり、アスカリヤは蟄居を命じられたのである。


 だが、それでも王家の血筋であることには変わりない。

 ティムールの主人は、人間としては歪んでいたが、目端の利く男であったからこれも新太守着任時には恒例となっている大量の贈り物=賄賂を忘れなかった。

 そして、そのなかにティムールもいた。

 さて、見目麗しくも勇猛果敢で知られたアスカリヤを性的対象として視ていたのか、あるいはとうの立ったねやの相手をお払い箱とするよい口実と思ったのかは、わからない。

 とにかく、ティムールは辺境へと左遷されたアスカリヤの憤懣のはけ口として供出されたのである。

 はじめて夜伽の相手として参内したときのことを、ティムールは忘れない。

 

「オマエ、読み書きに堪能なそうだな。また、多くの文献にも通じているそうではないか」


 頭上から降ってきた言葉に、ああ、この方もか、と顔を伏せたままティムールが密かな落胆を覚えたときだ。

 

「面をあげよ。そして近こう寄れ……おまえの話が聞きたい」


 そう命じるアスカリヤの瞳は——市井の者どもが噂する、激発的で非情な皇子のそれではなかった。

 冷たい——冷静さは持ち合わせていても、けっして粗暴なのではなく、むしろ、冷酷なほどに怜悧れいりな光がそこには宿っていた。

 ティムールはその夜から、夜伽の相手としてではなく、アスカの率いる私兵集団:砂獅子旅団の知恵袋となったのだ。 

 

 だから、直撃を受けたラッテガルトの肉体が激しく揺動し、己の肉体が宙に舞う未来を予測したとき、ティムールはひとり墜ちる覚悟をすでに決めていた。

  

 あの日、それまで世界の日陰を歩んできたティムールに手を差し伸べてくれたアスカリヤの覇業、その助けになるべく生きてきた己である。

 いま眼下に広がるのは紛れもない死地であり、そこへ己の判断の甘さから墜ちようとしている者が、さらなる未来を目指し栄光を勝ち取るべきヒトの足を引っ張ってよいはずがなかった。

 ならば、捨て石だとしても——いままさにアスカに迫ろうとするこの危機に対する刃として働きたい、と思った。

 

「ティムールッ!!」

 

 そう叫びながら、隣りにいたナジフ老があらん限りに腕を伸ばして、自分を救おうとしてくれているのが見えた。

 壁面すら駆け抜けることを自在とするムーブメント・オブ・スイフトネスは強力な異能だが、足場があることが前提条件だ。

 それをまったく確保できない場所への降下は、自由落下となんら変わりがない。

 いま、宙に放り出された自分が手を掴めば、ナジフ老は確実に道連れとなる。

 いやそれどころか、強烈な攻撃を受け揺動するこの屍騎士:〈グルシャ・イーラ〉のバランスが危うくなる。

 その腕にいるのは、我らが主君:アスカリヤに他ならない。

 そして、光のなかから現れた怪物の攻撃は、止んだわけではないのだ。

 だから、ティムールは伸ばされたナジフの手を払った。

 

 まさか、落下する己を追って、ナジフが、それどころかアスカリヤまでもが飛び降りてくるとは予想だにもできないで。

  

 

  




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