■第七二夜:手綱を握って
「さてと……ヴィトラの方は、しかたあるまい。先鞭をつけた、ということでは、まさにそうだし。わたしのほうが後塵を拝しているのも認めねばならんところだ。ずっと出逢ったときから、あの娘はアシュレを想い続けてきたわけで。そう思えばあの馬力も突進力も、納得だ……だれがうまいことを言えといった」
ひとりでボケツッコミをキメ、シオンは馬の姿で目覚めるヴィトラを確認した。
ぴこりっ、ぴこりっ、とご機嫌そうに耳を動かし、元気に立ち上がる。
ぶるるるっ、とちいさく唸ると、かぽり、かぽりっ、と蹄を鳴らして見せた。
「わかったわかった。しばしまて。こんどは、こっちの女に話があるのだ……おい、いつまで、たぬき寝入りを決め込んでいる……起きろ」
どうしようもない悪友の所業にあきれたような、それでも許さざるをえないような苦笑を含んだ声音から一転、周囲の大気を凍りつかせるほどの寒さを帯びて、シオンが言葉を投げ掛けた。
途端に、びくりっ、とアシュレに身を任せていた女体が跳ね起きる。
「さて……アテルイ……オマエには、聞きたいことが山ほどある」
ぶるりっ、とアシュレでさえ震え上がるような凄みが、シオンの声にはあった。
男女関係の、という意味で様々な修羅場を体験してきたアシュレだが、おそらくこれほどに怒ったシオンを見たことは、これまで、ない。
伝説の一角獣は憤怒を司る。
まさにそういうオーラを、このときのシオンはまとっていたのである。
「シ、シオン、さん?」
「そなたは黙っていろ……さもないと、どうなるか、わたしでも保証ができないぞ」
抑揚のない、平坦な声が返ってきて、アシュレは固唾を飲み込んだ。
いっぽうで、覚醒しろと命じられたアテルイだが……こちらはすでに蒼白で、可哀想なくらい震え、全身から吹き出た冷汗に頭髪が貼りついてしまっている。
アシュレへの絶対的で捨て身覚悟の好意だけをまっすぐに信じていたヴィトラとは違い、アテルイには、誤魔化しようのない罪があったのである。
それは、自らの恋心をシオンはおろか、アシュレ本人にもハッキリと告げず、ヴィトラの好意に甘えて、一足飛びに──その腕に飛び込んでしまったことだった。
そして、まさにシオンがこれほどの怒りを見せたのは、その一点だったのである。
「アテルイ……そなた……なにをしでかしたのか……わかっておるのか?」
「ハ、ハイッ!」
「ヴィトラとの話は、聞かせてもらった。そして、そなたも聞いていたであろう。あやつの主張と、想いと行いはまっとうだ。だから、わたしは怒ることはできん。むしろ、我が主があれほどの名馬にぞっこん惚れられているということに、誇りさえ感ずる。ヴィトラからアシュレを取り上げ、独占するなどあってはならんことだ、という理解にすでにして完全に達しておる」
だが、とシオンは断言した。
「いっぽうで、ヴィトラにカラダを貸したというそなたは、どうなっておる。……聞けば、なにやら、我が主に懸想していたと、聞いているが」
「け、懸想」
「今日の行いを、それ以外になんというのか」
「あううう、いえ、あの、その」
「ハッキリ申せ。あらかじめ言っておくが、オマエが我が主を好いている、というのならば、その想いそのものをわたしは指弾しようというのではないのだぞ」
「ではっ、あのっ、でわっ」
「今日のオマエのやり口には、我慢ならんことがふたつある。ひとつは、その想いの丈を、オマエはアシュレにハッキリと伝えておるまい?」
「そ、それはっ。あの、お許しください。アラムでは、女の側から求婚するなど……ありえぬのです。それを口にするような振舞いは、娼婦や愛玩奴隷の……もので」
「ふむん? なるほど、文化的な障壁が、と申すか。ほーう」
両掌を天に向かって開き、額を床にこすりつけるアテルイの姿は、完全な謝意・降伏を示すアラムの挨拶だ。
「では、仮にそれはよしとしたとして……ふたつめだ」
「ひっ」
「想いを伝えることが文化的タブーであるのなら……なぜ、オマエは夜這いめいた行動に出たのかッ?! しかも、己では決断できなかったことを、ヴィトラに任せてッ?! それはオマエ自身の恋と愛を、冒涜することだぞッ?!」
「それはっ、それは──」
シオンの一喝に、震えていたアテルイがゆっくりと身を起こした。
くしゃくしゃの泣き顔。
けれども、アシュレはその感情剥き出しの顔を、キレイだ、と思ってしまう。
いつもキツイ印象を与えていた目元は、実は化粧だったことにも気がついた。
「こ、怖かったのです。勇気が、わたしには、なくて」
「怖かった?」
「きっと……きっと断られる、相手になどしていただけないと……わかってしまっていたから」
「……そなた、預言者か?」
「は?」
「想いをぶつけてみもせず、結果が分かるとは、そなたは預言者であろう」
オマエはバカか、という表情で肩をそびやかしシオンがアテルイを見下ろしていた。
端から見ると裸身のシオンは小柄で少女のように見える。
まるで大人を子供が叱っているような光景だ。
「だって、だって──シオンさまや、アスカさま、それにイリスベルダという御方たちと比べられてしまう! 敵うわけ、敵うわけないじゃないですかッ?!」
「だから、ヴィトラに頼ったのか」
「だって、」
「ヴィトラはわたしたちに敵わないなどと、最初から思いもしていなかったハズだぞ」
あのまっすぐさを見たであろう。
シオンが見下ろしたまま言った。
「断言はできぬが、あやつのまっすぐな愛を前にしたら、きっとアスカ殿下も……イリスも、認めざるをえまいよ。わたしのように苦笑はするし、多少は暴れ回るかもだが、恋のライバル、よき戦友として受け入れるであろうよ」
つまり、
「つまりそなた、馬に負けたのだ」
「でもっ、それはっ……はい」
シオンに叱られ、アテルイはうなだれてしまう。
「それで……これかぎりでよいのか」
「え?」
「怖いから、諦めるのだな? そしたら、そなたは一生、ヴィトラのために依代を提供する都合の良い飯盛り女だ。アスカ殿下もさぞやがっかりするであろう。こんな程度の女が、自分の懐刀、全幅の信頼を寄せる秘書官であったとは。そうだ、当然、アスカ殿下もご存知ないのだよな。そなたの恋路を?」
嘲るようにシオンが口を歪めて言った。
アシュレはそんなシオンを初めて見た。
けれどもわかった。
違う、これは嘲ったり、アテルイを貶めようとしているのでは、ない。
「いいえ……殿下に、殿下にだけは……告白いたしました。あの方に、隠しごとなど、できませぬ。あってはなりませぬ」
「ほーう。見事な忠義ではないか。それで、アスカ殿下は、なんと?」
はっ、と胸を突かれた顔をアテルイはした。
それから、ボロボロと大粒の涙を流しながら、答えた。
「み、認める、と。オマエを、恋のライバルとして、好敵手として認める、と。お、恐れ多くも」
「さすがは殿下である。それで……わたしの器は、殿下と比してちいさいと、そなたは見積もったという解釈であっているか、アテルイ。この話の結末は」
え? アテルイはなにを言われているのか、わからない、という顔をした。
「どういう……意味でしょうか?」
「なぜ、わたしにはその告白がないのか、と言っているのだ。戦友であろう」
「戦友……わたしくし奴と……シオン殿下が……でございますか?」
「いまさら抜けたことを訊くでないッ!! 今日もともに戦ったではないか! 命を賭けてッ!! そして、そなたの働きが、我が主を救ってくれたではないかッ?! なんだあれか、戦友とは身分や生まれによって生じなかったり、結べない関係なのか?!」
ふたりのやりとりに、アシュレは思わず吹き出しそうになってしまった。
いや、不貞の現場を押さえられた主人としては、決して吹き出してはならぬ局面なのだが。
あいかわらず、シオンは考え方のスケールがブッ飛んでいる、と。
必死に笑みを噛み殺す。
「なにがおかしい」
「いやっ、あのっ」
見咎められた。
アシュレのこういう心の動きを、シオンは見逃さない。
突然、耳を引っ張られ、ムリヤリ剥き出しのシオンの肌へ、顔を埋められた。
下腹だ。
顔を上げようとしたら、両手で抱えられた。
肌から愛しすぎるシオンの匂いが立ち昇ってくる。
興奮しているのだ。
頭上から声が轟いた。
「アテルイ、今日のわたしはありえないほど怒っているぞ! いまから訊くことに素直に答えなければ、どうなるか、わからん! この場でアシュレを愛し抜くことくらい簡単にするぞッ!!」
だから、ハッキリ答えろッ!
「そなた、この男を好いているのかッ?!」
いったいなにをどう転がしたらそうなるのか。
不貞を咎められるはずの場面で、想いを告白せよと迫られ、さらに虚偽であるならアシュレを愛すると来た。
恫喝なのかなんなのか。
とにかく、英雄たちの判断と行動というものは、常人には度し難いものなのである。
だからこその英雄。
規格外の存在。
まさに、その発露であった。
ぴし、と突然の展開に固まりかけたアテルイだったが──こんどは、そうはならなかった。
「はい!」
「自分の言葉で言えッ!!」
「あ、愛してしまいましたッ!」
「それでッ?!」
「妻に……末席でけっこうです。四番目の妻にとッ!」
「ぬるいわッ!! その程度かッ!!」
そして、アテルイ決死の、おそらくは一世一代の賭けであったろう告白をシオンは鎧袖一触、ダメ出しした。
「ぬ、ぬるい、」
「そなた、わたしが妻程度の存在だと思っているのか?」
「え?」
「わたしはすでに、この男の所有物である。領土である。国土である。直々におまえに自由などない、と宣言され、心にもカラダにも、消したいとも消そうとも思えぬ焼印を深々と捺された存在である」
四番目の妻ァ? オマエ、その程度の覚悟で、わたしがいるこの主戦場にノコノコ出てくるつもりか?
「そんな程度の想いでは、到底、望むものなど手に入れられられまいよ。イリスにせよ、アスカ殿下にせよ……ヴィトラにせよ、己のしあわせやよすがや、立場を、皆かなぐり捨てて飛び込んできた。……そこに、なんだ? 四番目の女、だと? 人並みのしあわせが欲しくて我が主に夢を見たなら、すっこんでろッ!! おかど違いだッ!!」
そなたの人生に、この男は大きすぎる。
ますます肩をそびやかして、シオンが断言した。
「そなた、たいして見返られることもなく、歴史の隅に消えていくことになろうな」
「なんなん、なななん」
「悪いことは言わん、そんな程度の想いなら、手短な男で手を打っておけ」
「……その……程度の……想い、だと?」
「そうだ。たいしたことあるまい、そなたの想いなど。どこまで尽くせるというのか? んー? 乙女としての尊厳も、ヒトとしての誇りも、そして、すべての時間という意味での人生をも投げ打って、ひとりの男のために捧げると決意した者たちのなかにあって、馬にさえ負けるような女が──相手になると思っているのかッ?! 自分の決断すら、馬に手伝ってもらわねばできぬような、情けない女の分際で」
この愚か者めが。
シオンが罵倒の言葉を使うのを、アシュレは剥き身のゆで卵のようにすべやかな下腹にグイグイと埋められながら聞いた。
抱きしめたらいいのか。
あるいはいけないのか。
両手が宙を掻く。
だから見えない。
これまで打たれっぱなしだったアテルイの眉がキリリッ、という音を立てそうなほど急角度に跳ね上がり、シオンを正面から睨んだ表情を。
「その程度の想い……とは、聞き捨てなりませぬ……いくら、いくらシオンさまでも!」
火の着くような気迫で、アテルイが吼えた。
ほう、と興をそそられたようにシオンが息をついた。
「怒ったか」
「怒らいでか! わ、わたしが、どんなに、どんなに、あ、アシュレさまを好いているかッ!! なにがわかると言うのかッ!!」
「ほーう、ではどれほど好いているのだ。もう一度だけ聞いてやろう。覚悟のほどを言ってみろ」
もうだれの目にもシオンがわざと挑発しているのは明らかだった。
気がついてないのは、たぶん、ヴィトラもふくめて、アテルイ本人だけだ。
「わたしのように、ぜんぶを捧げると、ハッ、それくらいの覚悟がある、と言う話か? 心の底までいじくられてもかまわないと、そういう覚悟があるとでもいうのか? え? 家畜以下だぞ、いまのわたしは。だが、まだまだ、まったく捧げたりないと思っておる。そなた……できるのか?」
どうだ、できまいが。
超然とシオンが断定した。
だが、アテルイは反撃した。
「やってやる」
「はあ?」
シオンが掌を耳につけて聞き直した。
完全にわざとだ。
「やってやる、と言ったんだ。ああああ、やってやるさ、やってやるともさ。なってやる、アンタを脅かすほどの献身で、尽くして尽くして尽くしまくってやるぁああああ!! アラムの女奴隷を舐めるんじゃないぞ、このコウモリ女ッ!! 人間の、これまでロクに、と、殿方の手も握ったことのないまま大きくなってしまった乙女の──純情を舐めるんじゃないぞッ!! 永遠を生きることのできない人類の、だからこそ激しく燃える想いを、舐めるんじゃねえええええッ!!!」
全裸のアテルイは叫ぶや否や、立ち上がると、シオンとの間合いを詰めた。
身長差があるため、シオンが見上げ、アテルイが見下ろすという位置関係が成立する。
ちなみに、アシュレはまだシオンの下腹に捕らわれたままだ。
「ほーう、威勢のいい啖呵を切ったものだ。だがな、アテルイ、オマエはもう一度すでに卑怯者のやり口を使ってしまっている。言葉だけでは、だれも信じんぞ?」
バチバチバチバチッ、とふたりの間にまぼろしの火花が飛び散った。
アシュレはまだ埋まっていて、そのまぼろしを見ることはできない。
ただ、激しすぎる告白を受けたことと、現在の状況に発汗がとまらない。
いったい、どれくらい、シオンとアテルイは睨み合いをしていただろう。
ふいっ、と身をひるがえしたのは、アテルイだった。
逃げるのか、とシオンが追い討ちするよりはやく、アテルイはヴィトラの元へ走った。
なんだけっきょく、ヴィトラ頼みか。
シオンが呆れたようにため息をつくのと、柱にかけられていた馬具をアテルイが捥ぎ取ったのは同時だった。
そして、それを口にくわえて帰ってくる。
ふたたび対決姿勢になったアテルイは、くわえた馬具に手綱を結びつけた。
そう、それは馬に噛ませる馬具──はみ、だったのである。
ぷ、ぷぷぷ、という吹き出しそうになった笑いをシオンは堪えきれず、ついに大爆笑を始めてしまった。
「あっはっはっはっ、みろ、見てみろ、アシュレッ!! 馬鹿だ、馬鹿がいるぞ! この女、馬鹿だ! いや、ほんとうに、馬にも鹿にも失礼なほどの、真性の馬鹿だぞッ!!」
馬鹿だ馬鹿だ、とバカにしながらシオンの声は上機嫌そのものだ。
いっぽうで、笑いものにされたアテルイはひざまづくと、まじめくさった顔で睨んできた。
はみをくわえたまま。
だれを?
もちろん、シオンの強力な関節技(?)から開放された主:アシュレを、である。
もらってやってもらえませんか、とその目が言っていた。
いや、どちらかといえば、もらってくれないなら殺ス、というくらいの気迫がそこにはあった。
涙目で、茹で上がったエビみたいに全身真っ赤になって──でも、瞳だけはアシュレから逸らさないで。
「ほーれ、主どの……いつまで床に転げているのか。起きて、なんとか言ってやれ、この馬鹿女に。さもないと、いつまでたってもはみをくわえたままだぞ」
なんとか笑いを噛み殺した、という様子でシオンがアシュレを促した。
え、あ、いや、とアシュレは動転するが──ぶつけられたアテルイの想いを躱してしまってはいけないことだけは、さすがにわかっていた。
「なんとか言ってやれ」
「えーと、その……まず、ですね」
シオンに背中を叩かれ、しどろもどろにアシュレは始める。
これではいけない。
すうう、と深呼吸して、頭を切り替えた。
それから、とつぜん、アテルイの両肩を掴むと言った。
「アテルイさんッ! いいや──アテルイッ!! ボク──これもちがう! わたしは、そうだ、わたしは怒っている!」
ほおーう、とシオンは感心した笑みを広げた。
逆に、アテルイははみをくわえたまま、びくりっ、と身を強ばらせる。
「まず、第一に、なぜこんな危険なことをしたのかッ!! 土蜘蛛の危険な薬をあおって、おまけに人格憑依の異能まで併用したッ!! これがヴィトラじゃなければどうなっていたかわからないのかッ?! もう、もとのアテルイには戻れなかったかもしれないんだ! 強力な霊薬には、それだけキツイ副作用があるって、知ってるだろッ?!」
これまで見たこともない真剣なアシュレの怒りに直面して、アテルイの身体は意志とは無関係に震え始めてしまう。
「第二に、どうして、わたしに想いを伝える前に、直接交渉に出たのかッ!! 女のコは、もっと自分を大事にしなくちゃダメだッ!! もしこれが、あなたを弄ぶだけの男だったとしたら、どうするつもりだッ!! 今日、あなたを守りきれなかったわたしが、どれほど悔やんだか、わからないのかッ?!」
それだけじゃないッ!!
男の顔でアシュレがアテルイを抱き寄せる。
「最後のひとつは……どうして、アテルイさんのまま、やってきてくれなかったんですかッ! はじめては、大事にしなくちゃいけません。さっき、自分でいってたじゃないですか。永遠を生きることのできない人類の、だからこそ激しく燃える想いを、舐めるんじゃねえええええッ!!! って」
違いますか?
そういって抱擁を授けるアシュレに、アテルイは完全に固まってしまった。
あああ、いいい、と頭脳が現実を受け入れるために軋んでいるのだろう声が、その喉から漏れ、直後、理解に達した頭部から、ボンッ、となにか霊質てきなブツが飛び出した。
おそらくは、アテルイの霊媒としての才能が見せた、一種の暴走であろう。
「で……でわ」
「いっときますけど、後悔したって遅いですからね。ボクは、もう、あなたを躾けるって決めましたから。ボクの──ものとして」
「はわっはわわ」
「いまさら、怖じ気づいたんですか?」
アシュレの問いかけに、返ってきたのは号泣と固い固い抱擁だった。
「しかしまー、オイ、我が主よ、本気で食い扶持を稼がなければならんようになってきたな。どうする、我らが国政は?」
涙を流すアテルイのことなど知ったことか、という様子でシオンが声をかけてくる。
「とりあえず、国土担当としては、この女を国民……いや、家畜か? としては受け入れるのはやぶさかではない。ただし……当然だが、食わせていかねばならんぞ?」
本音をキチンと話したのなら、絶対に最初から許すつもりだったであろうシオンの言葉に、アシュレは首肯だけで同意を伝える。
まあ、わかっているなら、よし、とシオンも鼻を鳴らすだけだ。
つまり、自分たちは自分たちの考えで行動する集団とならねばならない、という互いの合意を確認しあった、というわけだ。
「さて、日が落ちきる前に、わたしはこのあたりを一巡りしてこよう。今夜、ひと晩の防衛戦で要となるのはどうしたってわたしだからな。当然、食事の担当は、オイッ、家畜ッ!! そなたがするのだぞ、この馬鹿めが」
だが──と準備を始めたシオンの声は、すこし違った。
「我が主の所有物として、しっかり躾けてもらえ──せめて今宵くらいは、妻としてな。夢を見るくらい、してもよいとは思うぞ」
シオンの背中で、アテルイの泣き声が大きくなった。
だから、奇妙すぎる修羅場を体験した三人が、戸口で呆然と立ち尽くしているエレに気がつくのは、もうすこし、あとのことだ。
「……なあ、おい、オマエ……スノウよ……ちょっと、わたしと散歩しないか、そのへんを」
棒読みでひとりごとのようにエレが言う。
戸口の外、壁の端で、眠りから覚めた半夜魔の少女:スノウがうずくまり、真っ赤になって両手で顔を押さえていた。




