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第二十六話 月明りに照らされて、舞台に向かって足を進めて


 十一月八日。


 午後八時になって、翔太は、陽向とともに家を出た。


 空は晴れていて、(あや)しいほど綺麗な満月が見える。


 親には、外出の理由をこんなふうに伝えていた。


『陽向に勉強を教える。あいつ、今度も赤点だったらまずいから』

『翔太に勉強を教えてもらう。赤点になりそうでピンチだから』


 親に嘘を言って、異性と会う。それはまるで、どこにでもいる恋人同士のような行動だった。もっとも、現実は、そんな色気のあるものではない。


 翔太は、ゆったりとしたカーゴパンツに七分丈のTシャツ、その上からマウンテンパーカーを着ていた。胸ポケットが複数あるマウンテンパーカー。私服として違和感がなく、かつ、動き易い服装だった。色は、全て黒。靴は、底が薄めのスニーカー。クッション性の高いランニング用のスニーカーは、足を踏ん張るのに不向きだ。つまり、戦闘向きではない。


 学校のグラウンドに行ったら、吸血鬼と戦闘になる可能性がある。それを意識した服装だった。咄嗟に動けるように、体もほぐしてきた。


 陽向の格好は、普段とあまり変わらない。ジーンズと、ゆったりとした白いタートルネック、ジャケット。彼女は吸血鬼だから、当然、普通の人間より身体能力も戦闘能力も高い。だが、戦うことにおいては素人だ。戦闘向きの服装など、意識しなかったのだろう。


 ――たぶん、それは()()()も同じか。


 大きく息を吐き、翔太は胸中で呟いた。


 翔太の推測が正しければ、吸血鬼は詩織。彼女と共に行動している男は、ゾンビ化した五味のはずだ。運動も戦闘も素人の二人。


 彼等がどういった意図で陽向を呼び出したのか、翔太には分からない。美智の事件に関して呼び出したのだから、犯人である可能性は高い。


 犯人が、どうして陽向を呼び出したのか。陽向を叩き伏せて美智殺しの罪を着せるつもりなのか。あるいは、罪を自白して懺悔(ざんげ)でもするつもりなのか。


 詩織が吸血鬼である可能性は高いと思う。だが、まだ断定はできない。陽向を呼び出した理由も特定できない。ただ、たとえ誰が吸血鬼であっても、翔太は手を差し伸べたいと思っていた。陽向に対する――吸血鬼に対する飯田先生の態度を見てから、その気持ちは強くなっていた。


「ねえ、翔太」


 家から十分ほど歩いたあたりで、陽向が重い口を開いた。


「どうして私が呼び出されたんだと思う?」


 当然の疑問だと思う。だが、今の翔太には、確実な回答を出せない。


「分からない。ただ、呼び出した奴は、陽向が吸血鬼だと知ってるはずだ。考えられることもいくつかある。でも、呼び出した理由は断言できない」

「そっか」


 陽向は小さく溜め息をついた。街灯の明かりと車道を走る車のライトが、彼女の顔を照らしている。彼女らしくない、暗い表情だった。


「私ね、考えてたんだ。犯人は、どんな気持ちで美智を殺したんだろう、って」


 普段の陽向は明るい。少なくとも、ここ数年の陽向は。だが、今の彼女の様子は、まるで五年以上前にタイムスリップしたようだった。いつも(うつむ)いて歩いていた。無口だった。暗い顔をしていた。


「吸血鬼なんかに生まれて、子供の頃から普通に生きられなくて。当たり前に学校行ったり、友達と遊んだりしてる人が羨ましくて。羨ましいのと同じくらい、凄くムカついてた」


 陽向の声が、少し大きくなった。まるで、心にある痛みを吐き出すように。


「私だって、普通に生きたかった。友達と遊びたかった。友達の家に行ってゲームしたり、公園でボールで遊んだり。公園で鬼ごっこしてる子達を見たときは、私が鬼になったら一瞬で全員捕まえられるのに、なんて思ってた」


 人外の身体能力を持つ、吸血鬼。その能力の高さと生まれた経緯から、隠蔽(いんぺい)され、差別されて生きてきた。存在を否定される教育を受けてきた。


 陽向達を――吸血鬼を囲む環境。教育。それらが彼女達に抱かせるのは、劣等感や自己否定だけではない。普通に生きる人間への妬みや憎しみも生み出しているはずだ。


「でね、思ったんだ。もしかして犯人は、美智が羨ましかったのかな、って。美智って、可愛いし、明るいし、そのうえ、格好よかったでしょ? みんなに好かれて、色んな人に囲まれて。それこそ、吸血鬼とは真逆の生き方をしてて。だから羨ましくて、だから憎かったのかな、って」


 陽向は、俯いて歩いている。昔のように。翔太と親しくなる前のように。その顔が、翔太の方に向けられた。


 陽向は強い。それは、身体能力に関してだけではない。意思が強い。正義感が強い。目に涙を浮かべることはあっても、泣くことはなかった。少なくとも翔太は、彼女が泣くのを見たことがない。


 翔太を見つめている、陽向の目。その瞳は潤んでいたが、同時に、強い光があった。


「私もね、美智のことは好きだった。だから、犯人のことは憎い。でも、犯人の気持ちも分かるから、どうにかしたいの。何をどうしたいのかは分からないし、どうしたらいいのかも分からないけど、どうにかしたいの」

「ああ、わかってる」


 歩きながら、翔太は頷いた。翔太も、陽向と同じ気持ちだった。だからこそ、準備をしたのだ。飯田先生に、吸血鬼の存在を知っていると報告もした。全ては、吸血鬼すら助けられる人間になるために。


「大丈夫だ。必ずどうにかする。俺は、ただの人間だけど。ただの人間だから、できることがあるんだ」


 飯田先生と面談をしたとき、様々なことに気付けた。彼が何を考えているか。どんな行動をしているか。どんな目論見(もくろみ)があるか。


 飯田先生に関して気付いたことを、全て利用する。守りたいものを守るために。


 学校の校門が見えてきた。少しずつ、近付いていく。


 翔太は、カーゴパンツのポケットからスマートフォンを取り出した。カメラアプリを開いて、動画撮影を開始した。カメラのレンズが顔を出すように、マウンテンパーカーの胸ポケットに入れた。


 校門の前で、翔太と陽向は立ち止った。


「陽向」

「ん?」

「頼んでた通り、俺をゾンビ化させてくれ」


 陽向の顔に、緊張の色が表れた。人間をゾンビ化させるのは、吸血鬼の禁忌だ。だが、そんなことなど言っていられない。呼び出した吸血鬼と、戦闘になるかも知れないのだから。


 翔太は腕をまくり、陽向の前に差し出した。


 陽向は、大きく深呼吸をした。


「わかった。やるよ」

「ああ」


 陽向は口を開けて、翔太の腕に顔を近付けた。噛みつく。


 プツリという、皮膚を破る感触があった。しかし、痛みはほとんどなかった。上手な採血のような感触。ほんの十数秒の吸血。


 血を吸い終えると、陽向は、翔太の腕から牙を抜いた。唇に、少し血がついていた。舌で舐め取る。直後、彼女は、腹のあたりをさすった。


「なんか……温かい」

「そうなのか?」

「うん。発熱してる感じ」


 吸血鬼は、人間の血を吸うことで一時的に身体能力が増す。それゆえの発熱だろう。


 翔太も、自分の体の変化に気付いた。


 一定レベル以上のアスリートは、自分の体と対話をする。どれくらい動けるか。どんな調子か。反応速度はどうか。反応速度に、体はついていけるか。その対話は、一般人では気付けない体の変化も自覚させる。


 翔太はその場で構えてみた。ボクシングの構え。左足を前に出し、右足を引いて斜に構える。右手は顎のあたり。左手は、目線より少しだけ低く上げる。膝を柔らかく弾ませて、その場でリズムを取ってみた。


 体が軽い。しかし、足はしっかりと地面を踏みしめている。筋肉の一つ一つが、普段とはまるで違う。エネルギーの出力が段違いだった。


 軽く、翔太は左拳を突き出してみた。ジャブ。ヒュンと、空気を切る音が聞こえるようだった。軽く打っただけなのに、異常なくらいのスピードが出た。世界最速と言われるボクサーすら、スローに見えるほどに。


 陽向の吸血鬼濃度は、五十パーセント。彼女によってゾンビ化した翔太は、その四十パーセント――二十パーセントの吸血鬼と同等の身体能力を得たことになる。


 正直なところ、驚いた。ゾンビ化で得た身体能力に。たった二十パーセントでこれほどの力なのか、と。


 今のジャブは軽く打っただけだ。それでも、人間の限界を超えたスピードが出た。


 人間の限界を超えた力が出るということは、人間の耐久力を超えた負荷がかかるということだ。本気で打ったら、すぐに関節や筋肉を痛めるだろう。制御を誤れば、簡単に体が壊れる。


「どう? 翔太」


 陽向が聞いてきた。


 正直な感想を翔太は伝えた。


「正直、想像以上に凄い。人間の体で使いこなせるものじゃない」


 同時に、考える。陽向を呼び出した吸血鬼は、どれくらいの濃度なのか。陽向に害意を持って呼び出したのなら、自分の濃度に――自分の強さに自信があるはずだ。


 現代を生きる吸血鬼の中で、陽向の濃度は決して低くないだろう。だが、もし、呼び出した吸血鬼の濃度が、陽向より二十パーセント以上高かったら……。


 自分が得た力を参照に考えて、翔太は冷や汗をかいた。


 呼び出した吸血鬼に害意があり、かつ、その吸血鬼の濃度が七十パーセントを超えていたら――。


 まずいかも知れない。自分達が二人がかりで戦っても、勝てるかどうか……。


 どうする?――と、翔太は自問した。今からでも引き返して、灯に同行してもらうべきか。


 相手の吸血鬼の濃度は、たぶん、陽向より上だ。飯田先生の目論みから、そう断定できる。


 問題は、どれくらい陽向より上なのか、だ。十~十五パーセント程度上なら、どうにかなるだろう。しかし、もしそれ以上なら……。


 思考を重ねる。吸血鬼の歴史。吸血鬼が人間との混血を重ね、時代を経るごとに血を薄めていること。吸血鬼同士が、互いを吸血鬼だと認識しつつ出会い、子を成す可能性。


 様々なことを考慮し、翔太は決断した。


「陽向」


 大丈夫だ。そこまで濃度の高い吸血鬼なんて、まずいない。なんとかなるはずだ。そう自分に言い聞かせつつ、翔太は陽向に伝えた。


「もし、相手の吸血鬼に害意があった場合は、俺達二人がかりで戦う。卑怯とか汚いとか、そんなことは言っていられない」

「うん」

「もし、相手の吸血鬼がゾンビ化した奴を連れてたら、そいつから先に、二人がかりで片付ける。もちろん殺しはしないけど、骨折させたりして、戦闘不能にする。最終的に、俺達二人で、相手の吸血鬼と戦うようにする」


 多数対多数の戦いにおける鉄則は、相手の人数を確実に減らしてゆくこと。もちろん、こちらの戦力を減らさずに。つまり、弱い奴から仕留めてゆく。相手の戦力を、確実に削いでゆく。


「わかった」


 緊張が見える顔で、陽向は頷いた。


「じゃあ、行くぞ」

「うん」


 翔太と陽向は、閉まっている校門を飛び越えた。



次回更新は、明日(2/11)を予定しています。


翔太と陽向が、次回、詩織と五味に遭遇します。

互いが、互いを吸血鬼だと認識して。


そのときに、翔太は何を思うのか。

陽向は、どんな行動に出るのか。


ご覧いただけると嬉しいですm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この状態で両陣営が相対ですか......。 血量の戦力差以上に『詩織が破滅的に極まっており』、 目的、手段、結果、全てにおいて『このコンビ』が勝てる気がしないというのが所感でしょうか。…
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