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第二十四話 確定的証拠のない人物から、呼び出されて(後編)


 陽向にとって、手紙の内容は衝撃的だったはずだ。


 もちろん、翔太にとっても衝撃的だった。それなのに翔太は、手紙に書かれた文字を見て、どうでもいいことを考えてしまった。


 綺麗な字だな。


 頭の中に浮かんだ思考から、翔太は、自分が動揺していることを悟った。ある意味で現実逃避をしてしまった。自分を落ち着かせるため、深呼吸をした。脳に酸素を送って、考えを巡らせる。


 もう一人の吸血鬼は、どうして陽向を呼び出したのか。この回答は簡単に出た。陽向が吸血鬼だと知っているからだ。どうやって知ったかまでは分からないが。


 では、陽向を呼び出してどうするつもりなのか。この疑問に関しては、二つの可能性が思い浮かんだ。


 一つ。同じ吸血鬼である陽向に、罪の告白をするため。


 二つ。陽向を殺して、全ての罪を陽向に着せるため。死人は口を聞けないから、どんなふうにでも罪を着せられる。


 突然の手紙に、翔太は、動揺するほど驚いた。反面、思う。考え方によっては、これはチャンスだ。一介の高校生に過ぎない翔太には、警察のような捜査などできない。自分の力だけで犯人を突き止めることなどできない。そんな状況で、犯人から呼び出してくれたのだから。


 飯田先生は、犯人の吸血鬼の動きも掴んでいるだろう。彼は、吸血鬼を盗聴、もしくは盗撮している。犯人の吸血鬼が陽向を呼び出した場所に、必ず現れるはずだ。


 つまり、一気に全てを収束させて、吸血鬼達を助けるチャンス。


 ただ、問題がひとつ。この吸血鬼は、どれだけの力があるのか。吸血鬼濃度はどれくらいなのか。


「翔太」


 翔太の方に手紙を見せながら、陽向が口を開いた。


「私、行ってみるね。私に何ができるか分からないけど、見過ごせないし、黙っていられない」


 陽向らしい発想だと思った。彼女は正義感が強く、情が深く、直情的だ。美智を殺した犯人を、憎いと思っているだろう。同時に、同じ吸血鬼である犯人に対して、同情的な感情も抱えているのだろう。


 陽向を一人で行かせるつもりはない。翔太も同行するつもりだ。だが、その前に、できるだけ情報が欲しい。


「陽向。知ってる限りで聞かせてくれ」

「何?」

「国内には、今、何人くらいの吸血鬼がいるんだ?」


 陽向は首を横に振った。


「分からない。義務教育で習ったかも知れないけど、覚えてない」

「そうか。じゃあ、国内にいる吸血鬼の濃度の平均値は分かるか」

「ごめん。それも分からない」

「そうか」


 犯人の目的が罪の告白なら、陽向が危険な目に遭う可能性は低い。


 だが、犯人が陽向を殺すつもりなら、当然だが危険が伴う。


 犯人が陽向を殺すつもりで呼び出したとする。その場合、犯人には自信があるということを意味する。陽向よりも強いという自信。問題は、その自信の根拠だ。陽向の吸血鬼濃度が自分よりも低いと、知っているからか。それとも、自分ほど濃度の高い吸血鬼は(まれ)だと思っているからか。


 翔太は、頭の中で、思考を枝葉のように広げた。吸血鬼の誕生から、現代に至るまでの流れを思い浮かべる。


 吸血鬼は、第二次世界大戦中に生まれた。オリジナルの、一〇〇パーセントの吸血鬼。それが、七十人ほど日本に帰還した。


 国連の方針により人権を与えられた吸血鬼は、人間として生き、生活した。結婚し、子供をもうけた者もいる。


 吸血鬼の数は、緩やかに減っているという。現在生存する数が七十人を上回ることはないはずだ。さらに、普通の人間との交配を経て、血は確実に薄まっている。


 吸血鬼の数は少ない。吸血鬼同士が出会い、子供をつくる確率は、宝くじの高額当選よりも低い。


 終戦から約八十年。戦後の出産平均年齢を二十五歳前後とした場合、現在生きている吸血鬼は、オリジナルの吸血鬼から数えて三、四世代後ということになる。


 吸血鬼同士で子供を作る可能性は低いから、全て人間と交配して子供を作ったとする。その場合、吸血鬼濃度の平均値は十~三十パーセント程度。


 もし、犯人が陽向の吸血鬼濃度を知らなかった場合。犯人の自信の根拠は、ひどく単純だ。現代の吸血鬼の平均濃度より、自分の濃度が高いから。このケースで考えれば、陽向が殺されるリスクはそれほど高くない。陽向だって、平均以上の濃度の吸血鬼なのだから。


 しかし、もし犯人が、陽向の吸血鬼濃度を知った上で呼び出したのなら。その場合のリスクは、あまりに大きい。


 飯田先生の――公安側の思惑を考慮してみた。彼等の思惑を前提にすると、犯人の吸血鬼濃度は、陽向より上だと考えるのが妥当だ。


 とはいえ、リスクを完全回避できる方法はある。


 灯に事情を話して、同行してもらえばいい。


 灯は、現代ではほとんど存在しない、濃度一〇〇パーセントの吸血鬼だ。オリジナルレベルの吸血鬼が生き残っていることなど、それこそ奇跡に等しい。彼女は間違いなく、世界中の陸上生物の中で五本の指に入るほど強いだろう。


 だが、翔太は、この安全策を取る気にはなれなかった。


 灯は、陽向の母親だ。当然だが、自分の娘の安全を第一に考えるはずだ。自分の娘にリスクを負わせないためなら、他の吸血鬼など切り捨てるだろう。


 もし、犯人の吸血鬼が詩織だとして。


 翔太は、陽向はもちろん、詩織も守りたい。そんな翔太にとって、灯はジョーカーと言える。基本的に味方。だが、詩織を守ることに関しては、敵となる可能性がある。


 灯の同行に関して、気が進まない。けれど、自分の独断とわがままで、陽向を危険な目に合わせるわけにもいかない。


「陽向」

「何?」

「このこと、おばさんには伝えるのか?」

「……」


 陽向だって分かっているはずだ。灯に事情を話して同行してもらうのが、一番の安全策だと。


 それでも陽向は、首を横に振った。


「伝えない。お母さんは、私が何かをしちゃったときに、絶対に、全ての罪を自分が被ろうとするだろうから。そんなことしたくないし、心配させたくない」


 陽向を見ていれば、よく分かる。彼女がどれだけ両親に大切にされ、愛されているか。彼女自身も、その自覚があるのだろう。だからこそ、灯には何も伝えない。


「わかった」


 頷いた後、翔太はじっと陽向を見つめた。


「陽向」

「何?」

「こんなことを頼むのは、多分これが最初で最後になると思う。何があっても、俺が陽向を守る。だから、頼まれてほしい」


 翔太の真剣な態度に驚いたのか、陽向は、少しだけ大きく目を開いた。少し頬が赤いように見えるのは、気のせいだろうか。


「えっと、何?」

「俺をゾンビ化して、同行させてくれ」

「!」


 今度は思い切り、陽向は目を見開いた。


 翔太は続けた。


「相手の吸血鬼濃度がどれくらいか分からない以上、陽向一人で行くのはリスクが高い。さらに、相手の吸血鬼に害意がある場合、ゾンビ化させた奴を連れている可能性もある。だったら、陽向には俺が同行する」

「でも……」

「大丈夫だ。ゾンビ化は禁忌だけど、俺が必ず陽向を守るから――」

「そうじゃなくて!」


 大きな声を出して、陽向は翔太の言葉を遮った。彼女は目を細めていた。心配そうな目。


「もしかしたら、翔太が危険な目に合うかも知れないんだよ?」

「……」


 やっぱり、陽向は優しいな。優しくて、正義感が強くて、格好いい。


 陽向を安心させるように、翔太は微笑んで見せた。


「大丈夫だ」


 昔、陽向に助けられた。あの格好いい姿に憧れた。あの姿を追い続けてきた。


 もし、この吸血鬼からの呼び出しが危険を伴うものなら。それなら今日は、自分が陽向を助ける。今日が、あのときの陽向に追いつく日だ。


「俺は、陽向に助けられたときとは違う。少しは強くなった。それに、もし相手と戦うことになっても、戦略がある」


 多人数対多人数で戦う場合、いかに相手の人数を減らすかが鍵となる。もちろん、自分達の人数は減らさずに、だ。


 それならば、陽向と翔太の二人がかりで、弱い奴から戦闘不能にしてゆく。最終的に、相手の吸血鬼に対して、翔太と陽向の二人がかりで戦える状況をつくる。


「だから、頼む」


 陽向は、複雑な顔で黙っていた。心配そうな、困ったような――そんな顔。じっと、翔太を見つめてくる。一度視線を外し、俯いた。また視線を戻してきた。


 しばらく後に、溜め息とともに頷いた。


「わかった。お願いね」

「ああ」


 翔太は、吸血鬼を助けることばかり考えていた。陽向も、もう一人の吸血鬼も助ける。そのために、思考の全てを傾けていた。


 だから、気付けなかった。


 もし本当に詩織が吸血鬼だった場合、陽向が、どんな行動に出るのか。


次回更新は2/9(木)を予定しています。


本日二回、更新しました。

ここまで、いかがでしたでしょうか。


陽向が呼び出され、翔太が同行する。


吸血鬼が詩織だと知らない陽向と、ほぼ確信している翔太。

彼等が、吸血鬼としての詩織と顔を合わせたとき。

詩織の目的を知ったとき。


そのときに、どんな結末が訪れるのか。


これから先も、お付合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[気になる点] えっ!!! 陽向がどう出るのか、全然予想がつかない……! 正義感強い子だからな、いい子だもんな、が、どちら方面に転ぶんだろうか……。 [一言] いよいよ、クライマックスですね。 ドキ…
[良い点] ついに物語が動き出しましたね……! どんな結末が待っているのかとても楽しみです! (でも色々と覚悟もしています……!) [一言] 続けての投稿、お疲れ様でした!
2023/02/05 23:50 退会済み
管理
[良い点] 本日の更新分、前編後編と読ませていただきました。 ラストに向けて、役者が揃ったなと、思った次第です。
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