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第二十二話 幼馴染み兼親友のことを、どう思っているのか


 飯田先生との面談の後。

 警察署から出て、陽向は、ようやく緊張から解放された。


 時刻は、もう昼近くになっていた。午前十一時五十分。


 空は、警察署に来たときと同じように晴れていた。


 晴天の帰り道を、翔太と並んで歩く。


 しばらく、無言の時間が続いた。周囲の音がやけに大きく聞こえた。車が通り過ぎる音。母親に連れられた子供の声。自分達の足音。


 秋の晴天の、緩やかな風。少し冷たい風が、むしろ心地いい。


 二人で歩く、帰り道。

 最初に口を開いたのは、翔太だった。


「ごめんな、陽向」


 翔太を見上げて、陽向は首を傾げた。


「何が?」

「まさか、あんなに面倒臭いとは思わなかった」

「だから、何が?」

「いや、だから、その……飯田先生との面談が増えたり、裸にされたり」


 言われて、陽向の頬がかすかに熱くなった。翔太は誠実な人だ。陽向の裸を見てはいないだろう。けれど、彼のすぐ側で全裸になったということが、今さらながらに恥ずかしくなった。


 陽向が全裸になって。そのすぐ後ろで、翔太も全裸になって。


 陽向が翔太と親しくなったのは、小学校六年の頃からだ。一緒に風呂に入るような年頃でもない。つまり陽向は、初めて、翔太の目の前で全裸になったのだ。


 恥ずかしさを誤魔化すように、陽向は軽口を返した。


「見てないなら別に気にしないって。まあ、もし私のFカップを見てたら、手加減なしに目潰しするけど」


 冗談ぽさを演出するために、両手で胸を揺すって見せた。


 翔太は苦笑した。


「見てねーよ。後頭部に目はないしな」

「それならよし」


 ニッと、口を横に広げた。表情とは裏腹に、陽向の頬は熱くなっていた。心臓が高鳴っていた。


 翔太のすぐ側で全裸になったことは、確かに恥ずかしい。けれど、それとは別の気持ちが、陽向の心に芽生えていた。


 互いに裸のままで、もう少し、翔太の側にいたかった。


 どうしてそんなことを思ってしまうのか。あんなに恥ずかしかったのに。見られたいわけではないのに。


 陽向の頭の中に、着替えていたときのことが思い浮かんだ。自分が全裸になって。翔太も全裸になって。


 少し動けば、互いの肌と肌が触れ合ったはずだ。自分の肌で、翔太の体温を感じられたはずだ。その感触を想像すると、心臓の鼓動がさらに早くなった。頬がもっと熱くなった。


 こんな恥ずかしいことを想像している理由が、自分でも分からない。でも、頭から離れない。


 扱いに困る、自分の気持ち。それを振り払うように、陽向は話を続けた。


「それにしても、翔太は凄いね」

「何がだ?」

「飯田先生と真っ向からやり合って。私なんて、恐くてたまらなかったのに」


 翔太の表情が変わった。目が優しくなった。


「俺は、飯田先生に対してトラウマみたいなのがないからな。だからだよ」


 それにしても、と思う。翔太はただの人間だ。しかも、いくらボクシングの強豪選手といっても、かなり小柄だ。それなのに、大柄で訓練まで受けている飯田先生に対して、一切物怖じしていなかった。


「それでも、だよ。昔から翔太は勇気があると思ってたけど、今日は改めて思った」


 陽向が、初めて翔太と話したとき。彼は、自分よりも遙かに大柄な高校生に立ち向かっていた。殴られても倒されても、心は折れていなかった。


 翔太は陽向を尊敬しているという。でも、陽向の方が、翔太を尊敬している。今日は、改めて凄いと思った。飯田先生に物怖じすることなく、難しい話をしていたのだから。


 そういえば、と陽向は思い起こした。どうして翔太は、吸血鬼の存在を知っていると飯田先生に報告したのか。その理由は聞けていない。彼自身が、まだ言えないと言っていた。


「ねえ、翔太」

「何だ?」

「どうして、吸血鬼のことを知ってるって飯田先生に報告したの? 美智の事件に関わることなんだよね?」

「……まあ、な」

「どうしてかは、まだ言えない?」


 少しだけ沈黙。


 陽向達の横を、車が通り過ぎてゆく。


 小さな子供とその母親らしき女性が、近くを通りかかった。はしゃぐ子供の声が、いやに大きく聞こえた。


「悪いな」


 妙に長く感じた沈黙を、翔太が破った。


「まだ言えないんだ。でも、以前(まえ)も言ったけど、陽向に迷惑をかけるつもりはない。それでも何かあった場合は、俺が必ず守るよ」

「そっか」


 答えてもらえなかったことに、落胆はしなかった。翔太は、陽向のことをしっかりと考えてくれている。しっかりと考えたうえで、美智の事件の真相を明らかにしようとしている。


 それなら陽向は、翔太を信じるしかない。彼を信じている。もし、彼が大きな失敗をして陽向の身が破滅しても、後悔はない。


「でさ、陽向」


 翔太は、少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「聞かれたことに答えないくせに悪いんだけど、少し聞いていいか?」

「何?」

「覚えてる限りでいいんだけど、俺のことを自分の家で話すことはあるか? 俺のボクシングのこととか、勉強のこととか」


 ある。というより、陽向が家で一番よく話題にするのは、翔太のことだ。ボクシングで全国区の強豪であること。そのうえ、成績もいいこと。高熱を出していたのに、テストで学年三位までしか落ちなかったこと。そのとき以外は常に学年でトップであること。


 陽向にとって、翔太は自慢の親友だ。家で彼のことを話すとき、灯は、微笑ましい顔で聞いてくれる。父親は、少し複雑な表情になる。


「まあ、よく話すよ。ボクシングのこととか、勉強のこととか」

「そうか」


 翔太は口元に手を当てて、少し考え込んだ。再度、質問を口にする。


「俺が三田さんに惚れてるってことは、話したか?」


 ギクリ。そんな擬音が陽向の胸に響いた。話したことはない。ただ、昨晩、つい灯の前で口走ってしまった。


『そうだよ! 翔太には、好きな人がいるんだから!』


 翔太との仲を灯に勘ぐられて、つい出てしまった言葉。


「あのー、翔太?」


 陽向は、眉をハの字にしながら無理矢理笑顔を見せた。翔太のご機嫌取りをするように、彼を見る。


「なんだ?」

「もしかして、怒ってたりする? 昨日、お母さんの前で、つい言っちゃったこと」


 再度、翔太は少し考えるような仕草を見せた。思い出したように「ああ」と呟いた。


「そういえばお前、昨日、おばさんの前で口を滑らせてたな」

「えっと……そのー……謹んでお詫び申し上げます」

「いや、まあ、いいけど。その様子だと、三田さんだとは言ってないだろうし」

「うん、言ってないよ! 詩織の名前は出してない!」

「まあ、それなら、な」


 それっきり、翔太は黙り込んでしまった。歩きながら、色々と考えているようだ。


 翔太は頭がいい。彼が努力家なのは疑いようもない事実だが、それ以前に地頭がいいのだろう。


 飯田先生とのやり取りでも、それをはっきりと感じた。言葉のやり取りの中で、翔太と飯田先生が、何らかの駆け引きをしていると気付いていた。陽向はずっと顔を伏せていたが、二人の声を聞けば、それくらいの空気は感じられる。


 翔太が何を考え、何をしようとしているのか。それは陽向には分からない。飯田先生と話していた内容に、そのヒントがあるのだろうか。


 面談での、翔太の言葉を思い返してみた。


『吸血鬼の歴史を知りたい』

『戦勝国連合の言い分って、はっきり言って建前』

『敗戦国連合の国力を割く』

『単純なアプリだけど、最近、作成した』


 二人の会話を聞いて、陽向は初めて、戦勝国連合の本当の思惑を知った。吸血鬼は、人権尊重の観点から生かされたわけではない。


 でも、そんなことはどうでもよかった。


 翔太は今、何を考えて、何をするために行動しているのだろうか。吸血鬼が生きている理由なんかよりも、そちらの方が重要だった。


 翔太のことが、知りたかった。


 けれど、陽向の頭では、翔太の考えなど想像もつかなかった。それを教えてもらえないことに、落胆はしていない。ただ、少し寂しかった。


 ねえ、翔太。


 声に出さずに、陽向は翔太を呼んだ。じっと、隣を歩く彼を見た。


 翔太に、何かを告げたい気がした。今思っていることを、彼に告げたい。


 でも、陽向自身が、分からなかった。


 翔太に何を伝えたいのか。翔太に対して、どんな気持ちを抱いているのか……。


次回更新は2/2(木)を予定しています。


陽向は明るく、社交的で、いわばステレオタイプのような元気な女の子です。

が、その反面、吸血鬼として教育された爪痕も確実に心の中にあります。


だから、飯田先生を恐れている。

だから、手にした一番大切なもののために、自分を犠牲にできる。

だから、自分の想いから目を逸らすように、自分の気持ちを自覚できない。


翔太と陽向が幸運に恵まれた表面とするなら、詩織と五味は混ぜてはいけないモノ同士を混ぜてしまった裏面。


翔太と飯田先生の対面も終わり、もうすぐ、表面と裏面の遭遇に向けて動き出します。


もう少しでクライマックスに入っていくので、どうか、お付合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 飯田先生とのやり取りを拝読したあとだと、陽向が明るくまっすぐな性質でいられたことが、本当に奇跡のように思えます。 もちろん、その大部分は翔太の存在のおかげなのでしょうけれど、それでも、その…
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