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第七話 好きだと言ってくれるから、言いなりになる(後編)


「どうした? 詩織」


 詩織が唇を離すと、五味は驚いた顔を見せた。自分が拒絶されるなんて、おかしい。そう信じて疑わない表情。


「五味君。さっきの話の続きだけど」

「……? ああ、ゾンビの話か」


 五味は、あまり興味がなさそうだった。


 でも、聞いてもらう必要がある。聞いてもらわないといけない。詩織の心臓は、危機感で動きを速くしていた。


 唇を通して、五味がゾンビ化したはずだ。


「大事なことなの。下手をすれば、五味君の命に関わること」

「!?」


 命に関わると聞いて、五味の顔つきが変わった。


「さっきの続きから──前提から話すね」


 吸血鬼の体は自身の身体能力に耐えられるようにできていて、密度が高く、そのぶん重いという話。その、続き。


「さっきも言った通り、吸血鬼の体は特殊なの。自分の身体能力に耐えられるようにできてるの」

「ああ」

「それで、吸血鬼に血を吸われた人を、どうしてゾンビって呼ぶかというと──」


 詩織はそこで、一旦言葉を切った。イメージしやすい例えを頭に浮かべた。


「例えば、一流のアスリートなんかは、よく怪我をするでしょ? それは、人間の体で耐えられるレベル以上の身体能力があるからなの。鍛えて、身体能力を向上させて、でも人間であることに変わりはない。だから、鍛えた身体能力を発揮することで、人間の限界を超えた負担が体にかかる」

「だから、よく怪我をする?」

「そう。鍛えることで身体能力は高くなっても、人間の限界を超えた耐久性までは身につかないから」


 だからトップアスリートは、試合ごとに限界を超えた負担を体にかけてしまう。年齢を重ねるごとに体は負担に耐えられなくなっていき、故障しやすくなる。手術等が必要になってくる。


「これは、あくまで映画とかのイメージだけど──ゾンビって、凶暴で人を簡単に殺すけど、簡単に殺されもするでしょ? 同じように、吸血鬼によってゾンビ化した人間も、簡単に死ぬかも知れないの」


 五味の表情が変わった。理解した、という顔になった。


「つまり、ゾンビは、吸血鬼の身体能力を得ても体は人間のままだから、下手に動くと簡単に壊れるってことか」

「うん、そう。力を使い過ぎると、骨や関節だけじゃなく、心臓や血管にまで負担がかかるの。圧倒的な身体能力を発揮するために、体は大量の酸素や栄養を必要とする。心臓は、大量の血を一気に体に送り出そうとする。血管には、大量の血が一気に流れる」


 その結果として、心臓の急停止や血管の破裂などが発生する。結果、死に繋がる。


 吸血鬼が受ける義務教育。その教科書に載っていた内容を、詩織はそのまま五味に伝えた。


 ここまでが前提。大事なのは、これからだ。


「それでね、五味君」

「何だ?」

「さっき殴られたとき、口の中が切れたよね?」

「ああ。血が出てる」

「今、その……キス、したでしょ?」

「そうだな」

「だから、五味君、今、ゾンビ化してると思う──ううん、間違いなくしてる」


 五味は目を見開いた。驚きで言葉が出ない。そんな様子だった。


「……なんだよ、それ」


 絞り出すように、五味が聞いてきた。


「じゃあ、俺、ヤバいのか?」


 五味の肩が震えている。こんなところにも、彼の本性が出ている。自分の保身しか考えていない。


「大丈夫だから。落ち着いて聞いて。ね、五味君」


 最初に危険性について説明したのは、五味に警戒心を持ってもらうためだ。向上した身体能力に浮かれて、彼が、人間の限界を超えた動きをしないように。


「さっきも言った通り、ゾンビ化が危険なのは、考えなしに動いた場合なの。普通に動く程度なら何も起きないし、多少のことをしても筋肉痛程度で済むから」

「本当か!?」


 詩織は頷いた。


「本当だから。大丈夫。ただ、今は、軽く動いた程度で、世界レベルのトップアスリートくらいに動けちゃうと思う。効果は一時間くらいだけど。だから、あと一時間くらいは、できるだけ大人しくしてほしいの」

「そうか」


 五味はホッと息をついた。大丈夫という詩織の言葉に、安心したのだろう。


 安心した直後に、五味は、ゾンビ化した自分に興味が出始めたようだ。自分の体のあちこちに触れ始めた。


「でも、全然変化を感じないんだけどな。特に変わった様子もないし」

「でも、間違いなくゾンビ化してるはずだよ。私は、五味君の血で体が変化したの、感じるし」

「そうなのか?」

「うん。体が熱いの。普段よりも身体能力が高くなってるはずだよ」

「……」


 五味は、自分の体の所々に触れ続けた。しかし、やはり自分の変化が分からないらしい。少し考えるような顔を見せた後、詩織に聞いてきた。


「軽く動く程度なら大丈夫なんだよな?」


 詩織の吸血鬼濃度は、約七十五パーセント。約八十八パーセントの吸血鬼である父親と、約六十二パーセントの母親のハーフ。


 詩織にゾンビ化させられた五味は、詩織の四十パーセントの能力を持つことになる。約七十五パーセントの、四割。つまり、約三十パーセントの吸血鬼と同等の身体能力。


 五味に、先ほどまでの不安そうな様子はなかった。むしろ、好奇心が刺激されているようだ。


 嫌な予感がした。嫌な予感がしながらも、詩織は頷いた。


「……うん。軽く動く程度なら、ね」

「わかった」


 五味はその場で、軽くジャンプした。垂直跳びの要領で。


 次の瞬間、五味の足は、詩織の視線よりも高い位置に来た。


 垂直跳びの世界記録には、諸説ある。一二〇センチとも一三〇センチとも言われている。


 五味が跳んだ高さは、明らかにそれ以上だった。


 跳び上がった五味は、大きく目を見開いていた。想像以上の身体能力に驚いているのだろう。跳んだ際の上昇が止まり、重力に引かれて落下してくる。


 五味の両足が、地面に戻ってきた。


 途端に、彼の口から、驚きとも感動とも取れる声が漏れた。


「すげぇ」


 跳び上がってから着地するまで、ほんの数瞬だった。


 その数瞬で、五味の目の色が変わっていた。それは明らかに、自分の能力に酔っている目だった。少し血走っているように見えるのは、詩織の気のせいではない。過剰な身体能力を使ったことが原因で、充血しているわけでもない。


 五味は口の端を上げた。凄く嫌な表情に見えた。整った顔立ちなのに、禍々(まがまが)しい。


「なあ、詩織」

「な……に? 五味君」


 嫌な予感が、詩織の胸の中で大きくなった。これから五味は、よからぬことを詩織に頼んでくる。そんな、絶対的な確信があった。


 五味は、詩織の両肩を掴んできた。視線が絡んだ。彼の目が、怖かった。


 でも。怖くても。

 それでも、好き。


「俺さ。今日みたいに、詩織に守られてばかりの男でいたくないんだ」


 ああ、やっぱり。

 詩織の胸の中で、諦めのように言葉が出た。


「だから、定期的に俺をゾンビ化させてくれないか? もちろん、無理はしない。軽く動く程度に留める。俺だって、死にたくないしな」


 ゾンビ化して得られる、圧倒的身体能力。それを使って五味が何をしようとしているのかは、詩織には分からない。具体的に何をするのか、までは。


「ただ、自分の身くらい自分で守りたいんだ。だから、頼むよ」


 ただひとつ、詩織は確信していた。五味は決して、詩織に守られたくないからゾンビ化したいのではない。


 その力を使って、ろくでもないことをしようと考えている。


 それは分かっていた。


 分かっていながら、詩織は頷いた。


「うん。いいよ」


 五味が何を考えていても、彼が好き。

 嫌われたくない。彼の彼女でいたい。

 だから、断れない。


「でも、本当に力を抑えて使ってね。じゃないと、危険だから」


 それしか、詩織は言えなかった。


 ──それから、数日経って。あれから何度か、五味をゾンビ化させて。


 そして、今日になった。


 美智が、昨夜から行方不明だという話を聞いた。

 昨夜、五味をゾンビ化させたことを思い出した。


 詩織の胸の中には、嫌な予感しかなかった。

 それはもう、予感と言えるものではなかった。


 間違いないと断言できる想像。


 五味が、美智に何かをしたんだ。ゾンビ化によって得た力を使って。


次回更新は11/24(木)を予定しています。


自分には、この人しかいない。

自己肯定感の低い人は側にいてくれる人に縋り、依存します。


たとえ、自分がただの都合のいい存在だと分かっていても。

底なし沼のように抜けられなくなる。


そして発生した、美智の失踪事件。


美智の行方を知ったとき、詩織はどうするのか。


これから大きく事態が動いてきます。


ので、これからもお付合いいただけたらm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読みました(*´ω`*) めっちゃ面白いです。続きにワクワクします(*´∀`*)
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