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第28話「君と空へ」


「…ん、なるほどね……」

 肘掛けに凭れ寛いだ姿勢で犬吠埼の話を聞いているのかいないのか、遠くを見るような表情でいた始鬼遥は、犬吠埼が話し終えると、息をひとつ吐き、視線は遠く寛いだ姿勢のまま、一言。

(あ、聞いてくれてたのか……)

 御殿の奥まった場所に位置する杜若の間。始鬼遥の書斎であるという、立派な書院まで備えた如何にも格式高そうな部屋に通され、岩に隣に付き添われ話し始めた犬吠埼。

 鷲獅子の子は、心配だったが岩に言われ紫陽花の間に置いてきた。心配の理由は紫陽花の間に1名、誰とは言わないが鷲獅子の子を捕食しそうな者が紛れていたため。しかし雉子が見ていてくれると言ったので。

 初めは始鬼遥について、実際に目にしていた自身の右腕と猿爪の全身を一瞬でバラバラにした強さと、話に聞いていた関係を持ったことのある女性を実の子に食べさせるなど目的のためには手段を選ばない残虐性から、一見穏やかそうだが実は怖い相手なのではと、緊張でいっぱいの状態で話していた。だが、話の内容に対してまったりの過ぎる、その態度に、次第に気持ちが緊張から、

(え? この人、ちゃんと聞いてくれてる……? )

という不安にすり替わっていたのだった。

「先ずは報告感謝しよう。日空人て者たちについて、実は、それらしい見慣れない者の目撃談が幾つか上がってきていてね、既に牛鬼・工鬼・小鬼の3鬼族相手に一悶着あったとか無かったとか……。信憑性の高い情報として参考にさせてもらうよ。

 具体的には、まだ爆発の範囲外にいるうちに見つけ出して消えてもらおうかなって」

「…消えて、もらう……」

 犬吠埼の復唱に始鬼遥は、遠くを見る目に微かに憂いを宿し、

「鴉鬼葉の望みは、結論から言って無理だよ。

 リテュシって子、視界を塞がれてる以前に片翼で自力で飛べないとなると、同行してる日空人が支えながら飛行してるわけでしょ? その状況で目隠しを外すだけのものを阻止するなんて……って、そうか……! 」

 始鬼遥の双眸は突然憂いを消し代わりに強い光を湛え、距離はいっきに近く。肘掛けから身を起こし、真っ直ぐに犬吠埼を見つめる。

「保護しよう、リテュシって子。地上にいる間なら空の上ほど傍にはいないかも知れない。そこを分断出来れば……」

 それを受け、岩、

「では早速、捜索を始めるっすか? 」

「うん、お願い。ただし本当に捜索だけで。安全第一。俺とバアさんと唯と安寿は、ここで待機しておくから、発見したら知らせに来て」

「了解っす! 昨晩から今朝方までの姫様方の捜索の班分け区域分けで取り掛かるっす! 」

 岩は早歩きで部屋を出て行く。

(っ? へっ? )

 急な展開に、

(……え? )

 驚きながら岩を見送った犬吠埼。

 始鬼遥、

「鴉鬼葉の気持ちは分かる気がするからね。…俺にも妃たちと子供たちっていう、それこそ、この世界を守る理由が変わっちゃうほど大切な存在がいるからさ……」

(…守る……か……。なんか、その言葉について、こっちの世界に来てから色々考えさせられるな……)



        *



(…あ、ここか……。やっと戻って来れた……)

 始鬼遥との話を終え、皆のいる紫陽花の間へ戻るのに、行きに一緒だった岩が中座したことでひとりになったため迷ってしまっていた犬吠埼は、何とか辿り着いた襖の前、大きく、無い息を吐く。

(鴉鬼葉さんの治療、どんな感じかな……。終わり次第、魔法使いのバアさん……? 岩さんの言うところのおばば様? アンちゃんのおばあちゃんかな……? その人に言って元いた世界へ送ってやるから知らせてくれって言われてるけど……)

 その時、襖の向こうでドタドタッと足音。続いて、ヴィーッ! ヴィーッ! と、鷲獅子の子のものと思われる尋常でない鳴き声。

(えっ? 何っ? どうしたのっ? )

 驚き慌てて襖を開ける犬吠埼。

 と、目の前、

「ダメ! ユイちゃん! ウィーちゃんは食べ物じゃないの! ワンちゃんのお友達なのっ! 」

 鷲獅子の子と鷲獅子の子に襲いかかろうとしていたふうの唯の間に安寿が割って入ったところだった。

 安寿より少し後れて動こうとしていた雉子が犬吠埼の存在に気づき、

「あ、犬吠埼クン! ごめんなさい、鴉鬼葉サンの治療が終わって目を覚ましたのに、ちょっと気を取られていたら……」

 雉子のチラッと動いた視線につられて見れば、鴉鬼葉が入口正面部屋の中央辺りの、運び込まれて寝かされた位置で半身起き上がっている。

 青味を増してしまっていた顔色は、ほぼ元通りに、裂けて血に塗れていた衣服も元の通りになっているということは、見えないが、その下にあったはずの傷も治っているのだろう。

(鴉鬼葉さん……! よかった……! )

 起き上がっているもののボー……ッとしている鴉鬼葉を、密が覗き込んでいた。

 犬吠埼へヨチヨチ歩み寄って来た鷲獅子の子。

(…アンちゃんから「ウィーちゃん」って呼ばれてたな……鳴き声から取ったのか……新しいパターンだな……。名前、それでいいかも。可愛すぎなくて大きくなってからも良さそう……)

 犬吠埼は抱き上げ、ウィー? と見つめてくるのを見つめ返し、心の中で、

(うん、今から君の名前は「ウィー」だ)

 その柔らかな温もりに、

(…あったかい……)

 何だか安らぎのようなものを感じた。

 犬吠埼、ウィーを抱いたまま鴉鬼葉のもとへ。

 密の隣に膝をつき、

「鴉鬼葉さん」

 声を掛ける。

「始鬼遥と話をしてきました。リテュシさんを保護する方向で動いてくださるそうです」

 鴉鬼葉は驚いたように目を見開き、

「そう、か……」

 声を擦れさせ、それから、フゥ……と長く息を吐いて目を優しくし、

「感謝する」

「いえ、僕はただ、鴉鬼葉さんの仰られたことをそのまま伝えただけなので……。

 始鬼遥にも、妃の方々とかお子さんたちとか大切な方々がいらっしゃるので鴉鬼葉さんの気持ちは分かる気がするから、と。リテュシさんと他の日空人の方々を、空を飛んでいる状態の時では距離が近いだろうということで、地上にいる時に分断する作戦らしいです」

 猿爪と雉子から、説明を求める視線。

「おばば様の予言の『危機』について、鴉鬼葉さんに心当たりがあって……」

 先程、岩相手に話した、恐らく桃太郎は聞いていて把握しているであろう、心当たりの内容と鴉鬼葉のリテュシを救いたい願望を、犬吠埼は話した。

 話し終え、立ち上がり、

「僕、鴉鬼葉さんの治療が終わったこと、始鬼遥に知らせて来ます。そう言われているので」

 だったら、と雉子、

「その子、また私が預かっておくわ。

 大丈夫、今度こそちゃんと見ているから」

 犬吠埼に向けて両手を差し出した。

(…うん、まぁ大丈夫か……)

「あ、はい、お願いします」

 そうして犬吠埼が雉子にウィーを手渡した、瞬間、バンッ!

 部屋の奥のほうで大きな音。

(っ? )

 反射的に目をやると、一見何事も無い。ただ、窓の白濁した薄いガラスのようなものが微かに震えている。

 そこへ再び、バンッ!

 音と共に、その窓に黒い何かがぶつかった。

 それまで、まだ少しボーッとした感じの残っていた鴉鬼葉がハッと反応し、窓へ駆け寄って開けようとする。

 しかし開け方が分からないようで手こずり、見かねたらしい密が横から手を伸ばし開けた。

 そこには、1羽の鴉。

 翼を動かし窓の高さに保っている鴉に2回ほど頷き、

「了解した。感謝する」

 室内を振り返るや否や、鴉鬼葉は足早に部屋の入口へ。

(鴉鬼葉さん……っ? )

 驚き追って、追いつき、犬吠埼、

「どうされたんですかっ? 」

「見張りを頼んでいた鴉が日空人を目撃したらしい。既に海の上だ」

(…そんな……! )

 鴉鬼葉は入口を出、足を一瞬止めて周囲に視線を走らせ、すぐにまた早歩き。玄関間を突っ切り、外へ出るなりバササッ! 大空へ舞い上がった。

(鴉鬼葉さんっ……! )

 鴉鬼葉を頭上に、地上を駆け出す犬吠埼。

(せっかく始鬼遥がリテュシさんを保護しようって言ってくれたのに……! 地上で分断出来なくなった以上…きっと……

 いや、既にリテュシさんをどうこうっていう段階じゃないか……天守3つ分の高さから見渡せる範囲がどのくらいなのか、今ひとつ掴めないけど、鬼ヶ島に着いた時、地上からでも海の向こうの陸が遠くに見えた……それがもう、海の上ってことは……陸からの距離は一定じゃないはずだけど、鴉鬼葉さんが、僕たちの通って来た門の方向へ、これだけ迷いなく飛んでくってことは、多分こっちが、おおまかにでも日空人のいる方角なんだろうから……)




(鴉鬼葉さん……)

 鷲獅子の縄張りから帰還薬で鬼ヶ島へ移動した際に到着した大きな門の前の、海ギリギリのところに立ち、鴉鬼葉を見送る犬吠埼。

 追いたくても、これ以上追えない。

 もどかしさを抱え佇んでいた、そこへ背後で、

「ワンちゃん! 」

 安寿の声と共に強風が発生。

 振り向くと、ウィーの両親ほどではないが大きく立派な鷲獅子に跨った安寿。

「乗って! 」

(鷲獅子っ? どうしてっ? )

 鷲獅子は小首を傾げ真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 その眼差しには憶えがあり……

「…ウィー……? 」

「うん。ウィーちゃんだよ。

 ウィーちゃんが、こうしたいって言ったから、少しの間だけ大人になれるように力を分けてあげてるの。

 アッキーのこと助けたいんだよね? 」

(…アッキー……? …ああ、鴉鬼葉さんのことか……)

 ありがとう、と、犬吠埼はウィーである鷲獅子の背、安寿の後ろに跨る。

 ウィーは、高く高く空へ。

(追ったところで何が出来るかわからないけど、ただ遠くで見てるよりは、ずっと……)

 


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