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第25話「金の斧と銀の斧」


 森を抜け、ここからは、細く浅い流れの合流した川沿いを下流へ。

 犬吠埼の背を降り、翼を広げる鴉鬼葉。斜め前方の宙を行く。

(…前に翔君の言ってた感じだと、鴉鬼葉さん、始鬼遥のことを随分と嫌ってたみたいだったけど……。だから名前の読みも「あきは」なんだし……。それを、話したい、って……。

 誤解をしてたのかもっていうのもそうだけど、鴉鬼葉さん自身が変わったのかもな……。さっき話してくれたのは、そうなっても全くおかしくないくらいの話だった……)

 暫く薄暗い中にいたので太陽が眩しい。

 静かだ。

 まだ森を出る前から会話が途切れ、そのまま互いに無言。

 話すことが全く無いわけではないのだが、どうしても話さなければならないことも特に無く、そもそも距離が会話に適さない。加えて鴉鬼葉が黙っていても平気そうなので、余計に話しかけづらくなっていた。

 聞こえるのは川のせせらぎと森の木の葉の風に触れ合う音。それから……

 突如静けさを切り裂いて、ギャアギャアギャアギャア。

(…ギャアギャア……? )

 記憶に新し過ぎる鳴き声。

 声は森の上あたりから。

 足を止め、見れば、やはり鳥女。最初に現れた時と同数程度が群れを成して、明らかに、こちらへ向かって飛んで来ている。

 同じ鳥女たちなのだろうか?

(岩さんに半分くらいに減らされてたはずだけど……)

 近くで見ても全員似たような顔をしていたので、遠目で分かるわけがない。

 同じだとしたら、先程、戦ってみた感じ、それほど動きは速くはないが力が強い。そして、圧倒的な数の差。

(…戦っても勝てない……)

 鴉鬼葉、

「今頃になって追って来たのか

 …まぁ馬鹿だからな、犬吠埼を攫われたと気づくのに時間がかかったのだろう……それにしてもかかりすぎだが」

犬吠埼を振り返り、

「三十六計逃げるに如かずだ。犬吠埼は足は速いか? 」

(…捕まって連れられて飛んでる時の体感……)

「鳥女の飛ぶ速さと同じくらいです」

「そうか。なら、行くぞ」

 頷き合い、行こうとする2名。

 瞬間、ベチャッ!

 斜め後方から勢いよく、犬吠埼の踏み出した足の前に、白いゲルを纏った拳大の黒い塊が飛んで来、落ちた。

 犬吠埼は急ブレーキ。

(…これは、まさか……! )

 鳥女のフン。

(あっぶな……。踏んづけるとこだった……)

(…フンだけに……)

 犬吠埼がそんなふうに、余裕など無いがフンは避けて再び駆け出しつつ思わず、くだらないことを心の中で呟いたところへ、バチャンッ!

 2発目が鴉鬼葉の後頭部に着弾した。

 移動を止め、自身の後頭部に手で触れて、その手に付着した黒い塊の破片の混ざった白いゲルを眺める鴉鬼葉。無表情だが怒っているのが伝わってくる。

(だけど止まっちゃダメだ……っ! )

 少し先へ行っていた所から鴉鬼葉のもとまで戻ろうとした犬吠埼だったが、

(あ、でも多分、狙いは僕か)

 案の定、立ち止まってしまっていた間に追いついた鳥女たちは、犬吠埼だけを囲んだ。

(…どうしよう…逃げれそうな隙間が無い……)

 斧を出して構え、どこからどう来るかと神経を尖らせる犬吠埼。

(攻撃を受け流して出来た隙を上手く抜けて逃げれたら……)

 と、鳥女たちの向こうから、

「馬鹿のわりには、なかなかに良い作戦だったな。不細工共」

鴉鬼葉の声。バササッと羽音と共に鳥女たちの頭の高さより更に身長1個体分の高さまで浮上し、派手な音で拍手しながら目だけで高圧的に見下ろす。

 鳥女たちが鴉鬼葉に注目。

 刹那、鴉鬼葉は素早く両腕を胸の前で交差させてから大きく開いた。

 ギュアッ! ギュッ! ギュグッ!

 これまでよりだいぶ高めに鋭く、鳥女たちが口々に鳴く。

 鳥女たち全個体の片目に漏れなく投矢が刺さっていた。

(すごい! 正確! )

 その場に蹲ったり、はたまた転げ回ったり、翼を出鱈目にバタつかせたりして暴れる鳥女たち。

(…痛そう……)

「犬吠埼! 走れっ! 」

 鴉鬼葉に叫ばれハッとして、蹲っている個体に躓きそうになりながら、転げ回っている個体をうっかり踏みそうになりながら、その間を犬吠埼は駆け抜ける。

 鴉鬼葉がすぐ後ろの宙を続く。



        *



 夢中で走り、ほぼ並行の岐路を岨伝いの登り坂方向へ。

 さんざん登り、登りきったところで鴉鬼葉、

「このくらい離れれば、もう大丈夫だろう」

 言って息をひとつ吐き地面へ降りて、左手側が崖、2名の立つ道から一段高くなっている右手側に周囲に木など無いので誰かが何処からか運んで来たのか針葉樹の葉が奥行きは分からないが幅は広く堆くなっているのを見回し、

「……って、ここはどこだ? 」

(へっ? …いや、僕が知るわけないんだけど……)

 口に出すまでも無く、鴉鬼葉はバツが悪そうに目を逸らし、ボソボソと、

「……すまない、私だな。

 しかし私が犬吠埼を抱えて崖下へ飛ぶには地面までの距離がありすぎるし、かと言って戻ると奴等に遭遇するやも知れん。とにかく最終的に川沿いへ降りられればよいから、一旦このまま崖沿いを進もう」




 崖沿いを歩きながら、ところで、と鴉鬼葉が切り出す。

「何故、犬吠埼が鳥女に狙われる? 」

「僕は死体なんです。

 僕と一緒にいた知り合いたちの中に人間がいたの、分かりますか? 桃太郎さんという方なんですけど、僕は元・人間で、死後、彼の力によって動く死体になりました。

 日空人との一件での鴉鬼葉さんの怪我を治されたのも桃太郎さんですよ」

 ほぅ……感心したように息を漏らす鴉鬼葉。

「そうか。大したものだな桃太郎というのは。後で会ったら礼を言わねば。

 ……そう言えば、怪我をして倒れているところを助けてくれたことについては、まだ犬吠埼にもきちんと礼を言ってなかったな」

 そこまでで一度、言葉を切り、ふっと目を優しくして、

「感謝する」

(…鴉鬼葉さん……。やっぱ変わった……?

 いや、もともと僕が知ってたのは鴉鬼葉さんのほんの一面でしかないんだろうけど……)

「それにしても犬吠埼は、言い伝えのではないにしても躯鬼であることに変わりはないのだな。実に珍しい。実際に目にしたのは初めてだ。なるほど、これは確かに鳥女どもにとっては御馳走だな」

(躯鬼って言い伝え上の存在じゃなかったのか……。…で、僕は、なんか当たり前みたいに躯鬼なんだ……)

 その時、どこからか、アッアッアッアッと、いつか動物園で聞いた鷲の地鳴きのようなものが聞こえた。

 突然で、あまりにも大音量だったため、ビクッとなる犬吠埼。

 ややして崖側斜め頭上に気配。危険を察知し左右に分かれた犬吠埼・鴉鬼葉の間に、大きな鳥のような獣のような生物が滑り込むように割って入る。

 毛の色と尻尾の形状からして下半身はライオン、詳しくないので分からないが鷲か何か大型の猛禽類を思わせる上半身と翼をもつ、体長4メートル肩高2メートルほどもある生物。

「…鷲獅子……! ここは此奴の縄張りなのか……っ? 」

 鴉鬼葉が後退する形で距離を取りつつ呟いた。

(…鷲獅子……? )

 どこかで聞いたことがある、と犬吠埼は頭を巡らせ、

(ああ! 岩さんが家出した時に襲われたっていう……! )

思い出しながら同じく後退。結果的に鴉鬼葉の横に戻る。

 真っ直ぐに見据えてくる鷲獅子。

 迫力に圧される。

(…ここは、やっぱり三十六計……)

 犬吠埼と鴉鬼葉は、どちらからともなく視線を交わし頷き合い、鷲獅子を刺激しないよう、そろりそろりと、更に後ろ歩き。

 そこへ、背後頭上から、今度は気配どころではない……殺気。

 反射的に振り返りざま斜め上方へ向けて両手を構え斧を出す犬吠埼。

 同時、ガキンッ!

 金属同士のぶつかるような音。

 犬吠埼の胴体を文字通り鷲掴みに出来るであろう非常に大きく逞しい鳥の片足を偶然受け止めていた。

 その向こうに、もともと目の前にいた、今は背後になっている鷲獅子とは別個体の鷲獅子。もう片方の足は、鴉鬼葉を捉えようとしてかわされ地面にめり込んでいる。

 退路は絶たれた。

 鴉鬼葉は2体の鷲獅子を交互に仰ぎ、

「鷲獅子、すまなかった。我々はすぐにこの場を立ち去るゆえ、容赦願えぬか? 」

 まるで対等な存在に話しかけるように。

 犬吠埼は驚いた。鷲獅子は、この世界に於いて文化的な生活を営んでいる者たちと、その者たちに飼われている生物や犬吠埼たち……正確には猿爪と雉子が食用に捕獲してきた野生生物、どちらに近いかといえば後者に見える。これも勝手なイメージだが、鴉鬼葉はそういった存在を軽んじそうに思えたので。

 言葉を選び、そう言ってみると、鴉鬼葉、鷲獅子2体に均等に視線を配り続けながら、

「ああ。鷲獅子は鳥獣の中では非常に賢い獣でな、喋りこそしないが、こちらの言っていることは解する……そうだな、小鬼のとこの犬や牛鬼のとこの人間に匹敵する賢さだと言われている、鳥女などに比べたら、よっぽど話の通じる相手なんだ。

 戦って勝てる相手ではないから、許しを乞うしかないしな」

(…今の、命乞いだったのか……! それにしては大きな態度だったけど……。

 …でも確かに、勝てるとは全然思えない……)

 鳥女たち相手にも勝てないとは思ったが、目の前にいられて、その絶望感は段違いだ。

 犬吠埼も、許してくださいと心の中で祈り鷲獅子たちを見つめる。

 瞬間、鷲獅子は2体揃って強靭な後足で地面を蹴り、宙へ。

 わかってくれたのかと期待したが、それぞれ犬吠埼・鴉鬼葉を目掛け、即座に、足から急降下。

「犬吠埼! 伏せろ! 」

 鴉鬼葉が叫ぶ。

 言下に伏せる犬吠埼。

 鷲獅子の足がもう鴉鬼葉に届こうというところ。鴉鬼葉は鷲獅子たちに翼を向け力強く一煽ぎしつつ迫る足をかわして体を傾け自身の脚を軸に回転。それにより発生した竜巻に、鷲獅子たちは呑み込まれた。

(すごい! )

 だが、ほんの一瞬。

(っ! )

 鷲獅子たちは竜巻を脱出。竜巻を作り出すために無防備になっていた鴉鬼葉を降下の勢いで地面へ仰向けに転がし、1体はその上に着地、もう1体もすぐ隣に降り立つ。

「…ぃ……っ! 」

 声になりきらない鴉鬼葉の悲鳴。

 鷲獅子の前足の鋭い爪が腹に刺さっているのだ。

(鴉鬼葉さん……っ! )

 鷲獅子のごく自然な身じろぎが、ズ……と腹を裂く。

「……! 」

 叫ぶ形に口を開け、悶える鴉鬼葉。

 噴き出す血と溢れる腸。

(……)

 何を思うでもない。いつもはお喋りな心の中が、やけに無口だ。

 犬吠埼は身を起こし、両手を前に。斧を出現させ、鴉鬼葉を押さえているほうの鷲獅子へと、

(っ! )

向かおうとして、気持ちばかりが先へ。つんのめった。

 拍子、斧は手を離れ、消えるはずが、色そのものはほぼ変わらないまま金属光沢を持ち銀色に、形も柄が少し短く刃が少し大きくと僅かな変化をしながら地面に対して水平に回転しつつ、血に染まった鷲獅子の両前脚へと飛んで行き、切断。ブーメランのように戻って来ている。

 前脚を斬られた鷲獅子は激昂。後脚だけで立ち上がり、ギロッと犬吠埼を睨めつけ体の向きを変え、大きく硬そうな尖った嘴を打ち下ろしてきた。

 隣のもう1体も犬吠埼を標的に。地面を蹴って飛んでからの降下。鋭い足爪が迫る。

 そのタイミングで、犬吠埼は戻って来た斧をキャッチ。

 途端、斧は眩い金色になった……かと思うと巨大化。柄の部分だけで犬吠埼の身長ほど。太さも片手では掴めなくなったため、両手で支える。先端にある刃も、縦横厚さの比は変わらず縦の長さで言うと犬吠埼の身長以上。

 鷲獅子たちと斧の刃の位置関係が丁度良い。

 重量に任せ、振り下ろした。

 赤い雨が降る。

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