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第19話「月はただ静かに」


「原状恢復、随意移動指定南七尺! 」

(…いつもと違う。何か、長い……)

 犬吠埼がそんなことを思った瞬間、耕の上の瓦礫がフッと消え、ほぼ同時、元の位置から村の門の方向へ2メートル程の地面の上へ現れた。

 自称大人少女が去った後、小鬼田宅前へ戻った犬吠埼・桃太郎・猿爪・雉子。

 耕を救出するべく桃太郎が耕のいる辺りの地面へ現状恢復を施したのだ。

 これまで折に触れ犬吠埼が桃太郎から聞いていたことをまとめると、原状恢復には大きく分けて3つのパターンがあり、1つは分離してしまった物の再結合。犬吠埼の知る、これまでの例の中では、雉子の車の恢復がこれに当たる。もう1つは異物の除去。雨に濡れた服を乾かしたのがこれ。今回の地面への恢復もそう。除いた異物は恢復対象の恢復させたい段階での所在へ帰することとなるが随意で指定することも可能である、とたった今聞いた。あと1つは恢復に必要な物が全て恢復対象から離れず存在し異物の混入も無い物の復元。犬吠埼の知る中に該当する例は無いが、仮に雉子の車に残されている野球部の打球の凹みを恢復するとしたら、これだ。

 流れで耕の治療に取り掛かろうとした桃太郎だったが、耕、

「オラの怪我さ大したこつねえがら、先に他の皆さ助けてやっでくろ」

 でも、と途惑った様子の桃太郎。

 力強く頷いて見せる耕に、猿爪が確かに、と、

「多くの方が瓦礫の下にいらっしゃいますからね。

 時間が経つほどクラッシュ症候群のリスクが高まりますが、今ならまだ岩が落ちて来た時から10分経つか経たないかなので急ぐべきだと思います。出血などされている方もいらっしゃるでしょうし、気温も低くなってきているので、時間の経過で他の危険も増しますから。

 あと、衝撃が大きかったので、現状崩れていない家の方々にも一旦避難していただいたほうがいいかも知れないです」

 分かった、と頷き、桃太郎、先程からずっと自身の左斜め上でプカプカと指示を待っていた未遊姫に、

「ここスタートで反時計回りに各戸を回って岩の下敷きになっていた場所以外の瓦礫のあるところの地面を原状恢復してくれる? 瓦礫の移動先は指定してね。誰かを巻き込むといけないから。

 オレは未遊姫とは逆回りでやっていくよ」

 コクリと頷き、未遊姫は小鬼田宅の向かって左側の家へ。

 少しだけ見送ってから、続いて犬吠埼・猿爪・雉子に、

「申し訳ないんだけど、岩の下敷きになってた家の瓦礫の撤去をお願い出来るかな? 地面がだいぶ大きく凹んでしまっているでしょ? 原状恢復で除けようとすると凹みも同時に恢復されて、生物は恢復の干渉を受けないから、そこに取り残されている方々が生き埋めになってしまうから」

(…そうなんだ……。便利なものだと思ってたけど、意外と色々難しいな。原状恢復……。

 再結合のパターンで予め元の形に近づけておかなきゃいけないっていうのもそうだし…欠けて無くなった部分があっても少しだけなら残った部分から再生は出来るらしいけど……。

 …さっき桃太郎さんは、あの岩を落とした人に『壊れた建物を直す』って言ってたけど、どうやってやるんだろ……? 昨日壊れた同じように大きな、高さに限定すればもっと大きな、村外側を囲う塀は直せたけど、あれは言ってしまえばただの板で平面的だから、寝かせた状態で元の形に組めたからで……)

 と、ふと、今は全く関係無いことだが、桃太郎が豪雨の後に落ちた枝葉を片付けようとしていた時のことを思い出し、

(あの時、僕が道路に放り出されたのは、生物じゃないから原状恢復に干渉されてだったのか……)

 当時も特にそこには何の疑問も持っていなかったが今更ちゃんと理解。

(…あと、僕や会長や先生を治療する時って、もしかして治癒より原状恢復のほうがいいんじゃ……? )

 とりあえず今は急いでやらなければならないことがあるので、後で聞いてみよう、と、犬吠埼は猿爪と雉子が口々に返事をしたのに合わせて頷く。

 小鬼田が、

「んだらオラは皆に避難さ呼び掛けて歩くだ」

 言ってから翔に、

「裏の畑さ集まってもらうようにするで、翔は耕に付き添って先に行っててくろ」



                  *



(…これで最後……っ! )

 横長方向に両手で支えた木の板を穴の中から縁へと放り上げる犬吠埼。

 岩の下敷きになった家々の瓦礫を、除ける必要性を感じられない小さな物以外、これで全て穴の外へ出し終えた。

 岩による凹みは深さ2メートル程。

 撤去作業と並行して、自力で歩ける人を発見する度に穴の上まで連れて行き裏の畑へ避難するよう案内し、動けない人は予め穴内に用意しておいた安全な場所へ体に障らないよう注意を払いつつ運んで寝かし……。

 最終的に自力で歩いて避難した人は6名、動けない人が11名。幸い亡くなった人はいなかった。

「じゃあ、僕、桃太郎さんに知らせてきますね」

「ああ、ありがとう! 」

「お願いね! 」

 撤去の完了と、自力で動けない人を下手に動かすと良くないと考え穴の中に寝かしてあること、その人数を桃太郎に知らせに行くべく、犬吠埼は穴を出る。




(…小鬼田さんの家から時計回りに回ってるから……)

 と桃太郎の行ったであろう順を辿り、先に未遊姫の姿を見つけて駆け寄ると、そこに小鬼田もいた。

 地面に寝かされた高齢の小鬼の男性の出血している箇所へ両手を翳す未遊姫。補佐する小鬼田。高齢男性の出血が止まり傷が薄くなる。

(…治癒……未遊姫さんも出来るのか……。

 瓦礫の撤去と避難の呼び掛けは終わってるんだ……)

 その時、

「○△×□! ○△×□○△×□っ! 」

 村の門の方向から、内容は全く聞き取れないが大きな声。

(……? 何だろ……? )

 少し気にした犬吠埼の視界の隅で、気になって仕方ない様子の小鬼田が未遊姫を見、頷いたのを受けて駆け出す。

 ついて行く犬吠埼。


 断続的に聞こえてくる、変わらず内容の分からない大声。

 ややして見えてきた、その発生源は、門にほど近い半壊した家の前、昨日の朝に鴉鬼族が村を襲って来た際に小鬼田と共に対応した男衆のひとりだったように思う男性。他の小鬼族の人々と比べて痩せ型だったので何となく記憶に残っていた。

 発生源の男性の手前には、男性に背を向けてしゃがむ桃太郎。その更に手前に、地面に横たわる小鬼の女性。

 ようやく、

「離れろ! オラの女房がら! この○△×□人間っ! 」

 一部を除いて大声の内容が聞き取れた。

「離れろっで言っでるだ! 」

 言いながら腰を屈め、男性は足元の石を拾う。大声が途切れた。

 上体を起こしざま、桃太郎へと石を振り被る男性。

(っ? )

 犬吠埼は驚き慌てて、小鬼田を追い越し、桃太郎と男性の間に割り込んで、男性の手を離れそれなりの勢いで飛んでいる石を、桃太郎に当たる寸前でキャッチ。

 気持ちの上でのみの溜息をつく。

(…どうして、石を投げるなんてこと……)

 桃太郎は横たわっている女性に治癒を施している最中。見れば袴の腰部分に1つ、不自然に石が引っ掛かっており、こめかみ辺りに血が滲んでいた。足元にも数個の石が転がっている。

(…もしかして、大声が途切れる度に石を投げつけられてた……? )

 再び男性が石を拾い振り被った。

 そこへ、

「よすだ! かく! 」

 小鬼田が到着。穫、という名前らしい男性の背後へ回り込み羽交い絞めにして止める。

「放すてくろ! 長! 」

 足をバタつかせ、小鬼田の拘束を解こうと暴れる穫。

「オラ聞いただ! こいつと始鬼さ手下ん話! 村さこんなこつなっだんは、こいつのせいだあよ! そんなやつに触られたくねえだ! 」

「…桃太郎殿さ、せい……? 」

 小鬼田が擦れた声で呟く。

 羽交い絞めが緩んだか、穫、小鬼田の腕をバッと払い、

「んだ! 始鬼さ手下に、村さ襲わねえ約束させてたけんど始鬼なんて信用ならねえし、村のもんさ怪我あ治すとが要らねえがら、さっさと出てっで欲しいだ!

 大体その治す方法さ得体さ知れねぐて気味さ悪いだよ! 長んとこ犬っころさいじられでがら2日、鴉鬼ん小僧っ子さ1日しか経っでねぐて、こん先どうなるがも分がらねえ! どんな化けもんさなっちまうかも分がんねえし、病気さなっだり死んじまうかもしれねえ! 」

 叫んで、手にしたままだった石を投げつけた。

 キャッチする犬吠埼。

 穫はまた石を拾い、

「ほら! 」

 投げる。

「出てくだっ! 」

 避ける行動をとる気配の無い桃太郎。犬吠埼が、またキャッチ。

 連続して石を投げてこようとする穫を小鬼田は再度押さえ、静かに問う。

「…桃太郎殿……。こん村襲われたんが桃太郎殿させいっで、本当だか……? 」

 横たわっている女性以外のその場の一同に背を向けたまま、桃太郎、

「…はい……。すみません……」

 小さく返した。

 小鬼田は、

「…そうが……」

 頷き、

「こちらさ引き止めでおいて申し訳ねえけんど……」



                  *



 行く当ての無いまま小鬼族の村を後にした犬吠埼・桃太郎・猿爪・雉子。

 先程の自称大人少女がやって来る場合を考え、とにかく人里からは離れたほうがよいと、地理も何も分からないが、月夜にあって黒々とした翼を広げる山の連なるほうへと歩く。

「…なんか、ごめんなさい……」

 誰に言うでもない感じで前を向いたまま言う桃太郎。

 雉子が、

「謝らなくていいわ」

 同じく誰に言うでもない感じで返した。

 やはり誰に言うでもなく桃太郎、

「…うん……。ありがとう……」

(…まあ実際、桃太郎さんは何も悪くないし、こんな夜に出て行くことになって一番困るのも桃太郎さんだからな……。僕も会長も先生も睡眠や食事が必要無いし……。

 あの状況の小鬼の村に残ったところで寝る場所は暫くは土の上になりそうだけど……)

 桃太郎は大きく息を吐きつつ空を仰ぐ。

「…村の方々に対しても、治療や建物の復旧をしてあげられなかったことが心残りで……。…拒絶されてるんじゃ、仕方ないんだけどね……」

(…桃太郎さん……)

「特に、治療に関しては……。

 この世界の方々って、元いた世界の人たちに比べて潜在的な呪力量が多いから、効果が出づらくなってしまうんだ」

「じゅりょくりょう? 」

 って何だろう? と聞き返す犬吠埼。

「ゲームなんかのMPみたいなものだと思ってもらえたら分かり易いかな? 」

 と、その時、

「桃太郎殿! 躯鬼殿! 」

 上空から翔の声。バサッバササッと羽音。

 一同の前に、背負い籠を体の前面に背負った(?)翔が降り立ち、

「これ、父ちゃんから」

 背負い籠を下ろして桃太郎へ手渡す。

 中身は筵4枚と乾飯などの保存食。それから1枚の地図。

「行くとこが無いだろうから、ここに行けばいいって。

 ここなら誰かが管理してるわけじゃないし、近くに町や村も無いし、雨風しのげて傍に水場もあるから、って」

 犬吠埼の脳裏に、心から申し訳なさげだった別れ際の小鬼田の表情が浮かんだ。

(…小鬼田さん……。ほんと、いい人だな……)


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