第14話「牛鬼と機巧兵団」
「ただいま戻りました」
言いながら猿爪が小鬼田宅の玄関の引き戸を開けて入り、続いて雉子。
始鬼によく似た2人にだいぶ慣れてきた様子で、
「お帰りなさい」
耕が出迎えに出て来たのが見えた。
同じく始鬼似の犬吠埼も、2人の後から、眠っている小鬼田を背負って玄関をくぐる。最後に桃太郎が入り、戸を閉めた。
「田さん! 」
犬吠埼の背中の小鬼田に気が付き、土間を、草履を履くのもそこそこに駆け寄る耕。
猿爪、桃太郎さんの術で眠っているところです、と現在の状況のみを簡潔に伝えてから、
「外傷も、体が大きくなった状態で受けた攻撃だったためか……」
と説明を始めかけて、止め、
「…あの、小鬼田さん、さっき一時的に体が大きくなったんですけど……? 」
耕は目を丸くし、
「大ぎく、なれただかっ? 」
猿爪が頷くと、
「…そうが……。なれただな……」
その目を優しく細め、小鬼田へと向けてから、
「小鬼族の長は代々、皆、体が大きかっただ」
(うん、小鬼田さんも、そう言ってたよね)
「長の家系で体の大ぎい男子が長さ継ぐ習わしだったと言っだほうが正しいけんど……。
だのに田さんが継ぐこどさなったんは、大きぐて長さ継ぐ予定だった兄さまさ戦で亡ぐなっで、もう田さんしか居らんぐなっで……
先代の長……田さんの父さまは、『戦さするごとのねぐなっだ、この時代は、体さ小さぐどもお前さんみてえな優しい男が長さやるんに相応しいだ』っで言っでくれてたけんど、田さんは、ずっと気にしてただよ。
一度大ぎくなっだんが元の大ぎさに戻るんは、無い話じゃねえ。田さんの曾爺さまさそうだっだっで聞いたこつあるだ」
「そうだったんですね」
相槌を打ち、説明を始める猿爪。
小鬼田の外傷が体が大きくなった状態で受けたためか浅いこと。小鬼田が本人の意に反して多くの鴉鬼を殺害してしまったこと。それについて自身のやったことと認識しているものの何をどうしたのか分からない、つまり制御出来ず周囲に危険を及ぼす恐れのあること。しかしその恐れは今に限っては桃太郎が端境の応用で小鬼田の体をピッタリと包んでいるため初の試みで分からないが多分大丈夫であること。
説明の途中から耕の表情は険しくなっていた。
(…小鬼田さんのこと、心配でたまらないんだ……。そりゃ、そうか……)
と、耕が呟く。
「…まずいこどさなっちまっただ……」
(…まずいこと……。うん、そうだよね……。あれだけ避けてきた鴉鬼への攻撃……。小鬼田さんの心が心配だし、小鬼田さん自身にも何をどうしたのか分からないとか、今後色々、不安しかないよね……)
「…事も有ろうに、鴉鬼さ……」
(……? )
鴉鬼への攻撃や殺してしまうに至ったことについて、自身の思った小鬼田の心の心配とは、また違った何かを犬吠埼は感じる。
猿爪も気になったようで、
「鴉鬼が、どうかされたんですか? 」
耕、小さく頷いて、そのまま俯き、
「昔、まだ父さまさ時代に牛鬼・工鬼と、こん村……小鬼との間で三つ巴の戦さあっで、それぞれが大層な犠牲さ出してやっと終わっだ時、約束しただ。これからは争わず手を携えで生ぎで行ごうっで……。
そんで、戦の巻き添えさ喰っで住むとこさ失くしちまった鴉鬼たちさ未来永劫守っで行ごうっで……。だのに……」
(…それは……。確かにまずいかも……)
日本人は平和ボケと揶揄されるが、さすがにそれは分かると、意見を求めて桃太郎、猿爪、雉子、と視線を送る犬吠埼。
桃太郎は頷き、
「小鬼田さんを起こして急いで相談したほうが良さそうだね。
本来、催眠はかけたら自然に目覚めるのを待つもので、解くものじゃないんだけど……」
言って、犬吠埼へ小鬼田を下ろすよう指示し、玄関を上がってすぐの床の上へ寝かされるのを待って略拝詞を唱え大幣を振り、
「催眠解除! 」
小鬼田にかけてある術のうち催眠だけを解いた。
初め小鬼田は、うっすらと目を開け彷徨わせていた。かと思えば、突然ハッと見開き、勢いよく上体を起こして、
「皆、オラから離れるだっ! 」
叫ぶ。
逆に寄って行き、真正面至近から小鬼田を見つめる耕。
「それは大丈夫らしいだ。…それより……。
…田さん、鴉鬼さ……」
小さく息を吐き落ち着いてから、小鬼田、
「……んだ。それもあっで、もう、ここさ帰るつもりさ無かっただ……」
(…小鬼田さん……)
小鬼田は耕の両二の腕を掴み、真っ直ぐに見つめ返す。
「翔の……オラたちの息子のこつ、頼むだ。まだ子供だで暫くは手さ掛かると思うけんど、オラさ似で気持ちさ優しい男だ。数年もしだら、耕も村も守っでくれる、ええ長になるだよ。オラの父ちゃんも、これからの時代は優しい男さ長をやるんに相応しいっで言っでたしな。
鴉鬼の件は、オラが全部何とかするがら何も心配しなぐでええ」
そこで一旦、言葉を切り、小鬼田は耕をそっと胸へ包んだ。
「オラ、耕さ嫁さんに貰っでめちゃくちゃ幸せだっただ……。ありがとう……。
…達者で、暮らしてくろ……」
名残を惜しむようにゆっくりと、小鬼田は耕を離して立ち上がり、玄関の戸のほうへ。
そこへ、
「父、ちゃん……! 」
廊下の奥のほうから声。
見れば、廊下の突き当たり、昨晩犬吠埼たちの泊めてもらった部屋の戸の隙間の、床にごく近い位置に、小さな手。
ややして、戸が開き、翔が這い出て来た。
(翔君……っ? 最低限必要な治療が終わってるだけだから、まだ動いたりしちゃダメなんじゃ……っ? )
「父…ちゃん……っ! オイラ、話、全部聞いてたよ……っ! どこに、行く気だよ……っ? …何を、する気、だよ……っ? 」
小鬼田は既に玄関の戸に手をかけている。その背中へと、声を絞り出す翔。
「父ちゃんの子供、に、してくれるって……! 言ったじゃ、ねえか……っ!
傍に、いてよ……っ! 置いてか、ないで……っ! 」
小鬼田は後ろ姿のまま、
「…翔……。すまねえだな……」
ボソッと言い、出て行った。
「…父、ちゃん……っ! 父ちゃ…ん……っ! 父…ちゃ…ん……っ! 」
床にしがみつく格好で閉まった玄関に向かって泣きじゃくる翔に、
「…翔……っ! 」
耕は駆け寄り、傍らに膝をついて抱き起こし、強く強く抱きしめる。
「翔……っ! お前さんのこつは、オラが…母ちゃんが、守っでやるがら……っ! 何も心配さいらねえ……! 大丈夫! 大丈夫だがら……っ! 」
まるで、自身に言い聞かせるように……。
(…翔君……。耕さん……)
犬吠埼には、いまひとつ状況が呑み込めない。
(まずいことが起きたんだってことは、理解したつもりになってたけど……。…やっぱり、僕が平和ボケしてるからかな……? まあ、平和ボケ出来るって、間違いなく幸せなことではあるんだけど……)
小鬼田が何をしようとしているのか、翔や耕が何故ここまで嘆き悲しんでいるのか。
分からないが、何だか可哀想で、
(僕にしてあげられることって、無いのかな……)
力になりたい。そう思った。
桃太郎が懐から人の形の和紙を取り出し宙へ。略拝詞を唱え大幣を振って、
「未遊姫! 」
ポンッ! 和紙が変化。未遊姫となって宙をプカプカ桃太郎の指示を待つ。
「小鬼田さんに付いてって様子をオレに教えて。必要に応じて守ってあげてもらえるかな? 」
コクンと頷き、出て行く未遊姫。
見送ってから桃太郎は翔を振り返る。
「翔君、治療の続きをしよう。部屋へ戻って。小鬼田さんのためにも、今、君が一番しなきゃいけないことは、それだよ」
(あ……)
犬吠埼は小さなことだが自分がしてあげられることを見つけ、他の誰かに取られないよう急いで玄関を上がり、しかし翔の手前まで来てからは怪我人相手なので傷に障らないよう意識的に静かに、布団へ運ぶべく抱き上げた。
*
翔の治療は、かなりの時間を要していた。西側の窓からの陽光が室内を赤く染める中、
「治癒」
ようやく最後の箇所である腕の擦り傷に取り掛かる。
犬吠埼・猿爪・雉子に見守られ、真向かいの位置で翔の手を握る耕の祈るような視線を受けながら。
傷が完全に消えても大幣は向けたまま。他のどの箇所の治療においてもそうだった。
思い起こせば昨日の晩に犬たちの治療をした時もそうだったような気がし、犬吠埼、
(同じ治すのでも、死体と生体で違うのかな……)
そう考え、桃太郎に聞いてみると、やはり、
「うん、君たちの場合は表面を治すだけでいいんだけど、翔君や昨日の犬たちだと、内部の傷ついた機能も回復させてあげる必要があるからね」
とのことだった。
(そっか、やっぱそうなんだ……)
納得した犬吠埼に、
「ただね……」
と桃太郎は付け加える。
「君たちの傷は確かに他の人や動物たちのものと比べると簡単に治せるけど、実は、1度治したことのある箇所……犬吠埼君の知る限りのことで言うと猿爪君の右肩なんかは、治りにくく感じてて、そういう箇所じゃなくても、治療が必要になる度にいつも、今回もちゃんと治せるかな、って不安なんだ。君たちのことについては初めてのことばかりで常に手探りだから。
だから、出来るだけ怪我とかしないように気をつけて欲しくて……」
それを聞き、犬吠埼は反省。治してもらえることを当たり前とは思っていないつもりだが、そう見えてしまっているのだとしたら、と。
桃太郎が、翔の腕に向けていた大幣を下げ、
「はい、治療終わり。よく頑張ったね」
翔の目を優しく覗いて、
「でも、まだダメージは残ってるはずだから、暫くは安静にしてて」
「…ありがと……」
朝に翼を治してもらった時と同じく、翔は、ちょっと照れたように小さく。
笑顔で「ん」と返す桃太郎。
耕も、何度も何度も繰り返し礼を言う。
その最中、
(…桃太郎さん……? )
桃太郎が不意に真顔になってスッと立ち上がり、部屋を出て行った。
(……? )
顔を見合わせ、後を追う犬吠埼・猿爪・雉子。
早歩きの背中に追いついたのは玄関を出てから。
猿爪が、
「桃太郎さん、どうかしたんですか? 」
声を掛ける。
桃太郎は村の門の方向へと足を止めないまま、
「たった今、未遊姫からオレの脳内へ送られてきた映像で、頭に角の生えた武装した高身長の男女10名くらいと、その半分くらいの背の高さのロボットのようなもの30体……くらい? あと、それをものすごく大きくしたみたいなもの1体が横並びになって歩いてるのを、小鬼田さんが後ろから追いかけてるんだけど、その彼らの向こうに見えた景色……彼らの向かってる先が、この村を塀の外側から見たのに似てる気がして、心配だから障壁をと。相手の出方を見てからにはなっちゃうんだけど……」
そこへ、桃太郎の台詞を遮るようにして、カンカンカンカン!
(っ! )
見張り台の鐘がけたたましく鳴った。
(本当に、この村だったっ? )
歩調を更に速める桃太郎。ついて行く3人。
門へ到着。「塀の切れ目」と言いたくなる程度の幅しか無く様子が分からないため、一同は外へ出た。
瞬間、目の前に小鬼田の後ろ姿が滑り込む。
その向こうに、本当にこの村へ向かって来ていたのだった一団。
他より1歩前を、大きくなった時の小鬼田と同じくらいの身長で引き締まった筋肉質の体に露出の多い衣服の上から部分鎧を装着した、頭部に2本の角のある女性が歩く。
女性の斜め上には、翔の姉・鴉鬼葉。
(…鴉鬼葉さん……! 無事だったんだ……! )
小鬼田は、その場に正座し、視線は女性へ向けつつ、深く頭を下げた。
「牛鬼牧、お願えだ! 村には手さ出さねえでくろ! 工鬼んとこの機巧兵団の衆も頼むだ! 」
女性は牛鬼牧という名らしい。
(…牛鬼……。昼間、行こうとしてた村の人か……。そして、小鬼の村とのあの約束の……。工鬼も……)
「鴉鬼たちのこつはオラが1人でやっちまっだこどで、村は一切関係ねえだ!
死なせちまっだ鴉鬼の数さ考えだらオラの命だけで償えるもんじゃあねえっでこども分かっでるけんど! 何だっでするがら! 村だけは……! 」
牛鬼牧が足を止めた。それに伴い、1歩後ろの牛鬼牧と同じく長身筋肉質で2本の角を持つ牛鬼族であろう男女・彼らの半分くらい、つまりは少し大きめの人間ほどの高さの、木の箱を組み合わせたような形のロボット……機巧兵たち・機巧兵たちを10倍の高さにし縦横の比率も変えず横にも大きくした巨大機巧兵1体の前進も止まる。
しかし小鬼田の存在や言動によって止まったわけではないのか、聞こえていないはずもないのに、
「アンタの言ったこと、本当だったみたいだねぇ」
牛鬼牧は小鬼田を完全無視、鴉鬼葉を仰ぐ。そして、犬吠埼のほうをチラッ。
(…「本当だった」って……。僕……? 何が……? …いや全く心当たり無いわけじゃないけど……。
もしかして、この状況って僕や会長や先生のせい……? )
鴉鬼葉へ視線を戻し、続ける牛鬼牧。
「念のため完全武装はして来たけどさ、正直、嘘つきカラスの言うことだから9割がた信用しちゃいなかったんだが。……またアタシらを騙くらかして仲違いでもさせて楽しもうって腹なんじゃないか、ってね」
牛鬼牧から目を逸らす鴉鬼葉。
フッと笑みを溢し、牛鬼牧は鴉鬼葉の頭を優しくポンポンとやって、
「あそこまでのことになっちまった仲間を利用してそんなこと、さすがのアンタだってしないか……。
悪かったよ」
「何だ、馬鹿にしているのか」
むくれ、鴉鬼葉は牛鬼牧の手を乱暴に払う。
「…まあ、とにかくだ……」
牛鬼牧はひと呼吸。わずかに残っていた笑いを消化し、背中に差してあった自身の身長ほどもある大剣をスラッと抜き、片手で高く掲げ、
「発射用意」
ギギギギ……と音をたて、巨大機巧兵の背の四角柱がせり上がり、上がりきったと思われるところで角度を変え、先端が村へと向けられた。
四角柱の先端は開いており、中が空洞になっているのが見える。
牛鬼牧は掲げていた剣を勢いよく振り下ろして村を指し、
「テ! 」




