第12話「もし生まれ変わったら」
収穫した野菜を種類ごとに背負い籠に入れた上で荷車へと積み引いて歩く小鬼田の後をついて、村の門と向かい合う位置にある木々の間の小道を行く犬吠埼、猿爪、雉子。
少し行くと、昨晩に黒霧の晴れた時にいた開けた場所に出た。
そこを真っ直ぐに突っ切り、ほぼ向かい側に位置する、たった今とおって来たのと比べ少し広めの道へ。
高くなってきた陽の光が、微かな風に揺れる緑の葉の隙間からこぼれる。
隣の牛鬼族の村へ野菜を届けに行く道中。爽やかな良い天気だ。
(この地へ来ちゃった経緯を話してる時、桃太郎さん、アンちゃんについて、姪を「連れて行かれた」って言ってたな……)
自身は食べないが同じく食べない猿爪・雉子と共に同席した朝食時の会話を、犬吠埼は思い返す。
(僕も、「連れて行かれた」んだって思ってる……。
確かにアンちゃんは自分から、お父さん……始鬼遥と一緒に行こうとしてたけど、先生から「アンチャンと出会えて幸せ」って言われて、驚いて振り返った時、迷ったように見えた。
でも、ちゃんと考える間を与えられないままだったから……)
その「連れて行かれた」によって、小鬼田たちが始鬼を恐れ嫌う、また鴉鬼たちもそうであるらしい具体的な理由を聞くことが出来た。
「…そうだっただな……。オラたちも以前、娘さ連れて行かれただよ……。
オラたちだけじゃねえ、他の種族も若い娘さ連れて行かれるんが続いただ。そんで誰ひとり帰って来ねえ。
10年くれえ前にパタッと無くなったけんど…」
と。
それを聞いて犬吠埼は、小鬼田が自分や猿爪や雉子が現れたことを喜んだのは、自分たち言い伝えの「くき」に期待されているのは、連れて行かれた娘たちを連れ返しに行くことなのでは、と。
自分たちについて「同じように身内を連れて行かれるという目に遭った上に、その移動に巻き込まれて、この地へ来てしまった。しかも帰り方が分からない」のだと知った小鬼田が、ちょっとガッカリした表情を見せたから。
恐らく似たようなことを察したようで、猿爪が、
「すみません……。言い伝えのような強い存在ではなくて……」
と謝ると、小鬼田、
「いんや、こっちこそすまねえ。気にしねえでくんろ」
そして、
「大変だっただな……。お前さんがたの暮らす土地へ帰れる日まで、この村で暮らすとええ。出来るだけ協力もするがら」
その協力、として早速、今、牛鬼の村へ行くのに同行させてくれているところだ。
犬吠埼たちの暮らす土地は野生の人間が幅を利かせている地であるとの説明を受け、牛鬼は畜産を生業としており山羊や鶏も育てているが主には先祖代々人間を飼育しているので何か知らないか聞いたらいい、と。
桃太郎が同行していないのは、自分の暮らす地との人間の扱いの差に桃太郎が気分を害するのではと、小鬼田が案じたためだ。
月の晩に捩じれた地よりきたる躯鬼
己が半身と出逢ひて世を救わん
・
・
・
これが躯鬼の言い伝えの全文。
短い、詩的な文章。
「くき」は「躯鬼」と書くのだと、朝食後に小鬼田が犬吠埼たち4人に見せた本、というよりは書物、と呼びたくなるような、紙に毛筆で記された古く簡素だが明らかに大切にされている冊子によって、犬吠埼は初めて知った。
「躯」つまり死体。月の晩という条件まで満たしていたこともあり、小鬼田は犬吠埼たちを躯鬼だと思ったのだろう。
(…牛鬼族の村、遠いな……)
隣の村というので、せいぜいあの霧が晴れた時の開けた場所から小鬼田の村までの倍程度かと思い気軽について来たのだが、もうかれこれ体感だが30分は歩いている。
そのため回想も考え事もし放題。
(小鬼田さん、気にしないでくれって言ってたけど、きっと、まだ僕たちのことを諦めれてないんだよな……。
あの書き方だと、2行目の「半身」には、この地へ来てから出会うわけで……。半身と出会ってないから、まだ強さが覚醒してない、とか思いたいのかも……。
そうじゃなきゃ、あの言い伝えについて書かれたやつを見せたりしない気が……)
でもな……と犬吠埼は、まだ考え続ける。
(そもそも僕たちは都合が良いからそういうことにしちゃってるだけで、本物の躯鬼じゃない。多分……。
それに、言い伝え本文の次のページに「躯鬼」は古くは「玖姫」だったとか諸説アリみたいなこと書いてあったし……)
雉子によると「玖」の漢字の意味は「黒色の美しい石」らしい。
(さすが国語の先生、よく知ってる。僕は「玖」なんて漢字自体、初めて見たんだけど……。
黒色の美しい石だと、まあ喩えだろうけど、どんなふうに考えてみても僕たちには当てはまらないような……。更に2文字目の「姫」で先生はともかく僕と会長は確実に外れる……。僕たちの暮らしてるのとは違う土地の言葉だから、文字の形は同じでも意味が違うかも? 例えば中国語とか漢字の組み合わせだから何となく意味を分かった気になるけど、実際に調べてみると全然違う意味の場合とかあったりするから……)
と、不意に荷車が停まった。
(……? )
小鬼田が前方へと転がるように駆け出す。
見れば進行方向、それほど高さは無いがそこそこ長さのある黒く柔らかそうなものが横たわり道を塞いでいた。周囲に鮮やかな赤や緑の小さな何かが散らばっている。
黒く柔らかそうなものの前に膝をつく小鬼田。
犬吠埼・猿爪・雉子もそちらへ。
小鬼田は、恐る恐るといった感じで、その黒く柔らかそうなものへ向け声を発する。
「…翔……」
黒く柔らかそうなものは、自身の翼に包まるように背を丸め、ほぼ中身の無くなった5キロ米袋大の麻袋を大事そうに胸に抱いた鴉鬼の少年・翔。酷く傷つき、完全に力の抜けた様子で目を閉じ動かない。周囲に散乱していた赤や緑は潰れたトマトと砕けたキュウリだった。
(…翔、君……)
「…翔……起きるだ……。ええ子だから……」
遠慮がちに手を伸ばし、小鬼田は翔の髪に触れる。
「起きてくろ……。頼むがら……。
…姉ちゃんたちに、怒られただな……? …オラが、強引に野菜なんか持たせたせいで……。
…すまねえ……。…すまなかっだ……」
小鬼田の目から、パタパタと大粒の涙。
その時、…ん……と、声とも息ともつかない微かな音が翔から漏れた。
うっすらと目を開ける翔。
(…生きて、た……! )
小鬼田は一旦、弾かれたように顔をあげてから、再度、翔を窺う。
「…アンタのせいじゃ、ねえよ……」
途切れ途切れ、
「…オイラ、本当はすごく嬉しかった……。良い子なんて言われたのも、頭撫でられたのも、初めてだったから……」
注意深く聞かなければ聞き取れない小さな小さな声で翔は紡ぐ。
「…もし、生まれ変わったら……アンタの子供に、なりたい、な……」
誠実に聞き取ってから、
「…生まれ変わっだら、なんて……」
返す小鬼田の声は震えていた。懸命に捻じ伏せ、
「生まれ変わっだらなんて、言うでねえ」
力強く、しかし優しく続ける。
「オラの子供さなりたがったら、今、なったらええだ」
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに……。
「さあ、うちさ帰ろう。帰っで、先ずは耕の、母ちゃんの栄養たっぷりの飯さ食っで、ゆっくり眠っで、そんで元気になっだら、毎日一緒に、うめえ野菜さ育てるだ」
「…うん……。父ちゃん……」
消え入るように応え、翔はス……と目を閉じた。口元だけで幸せに笑んで……。




