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第10話「黒霧の向こう」


(…ここ、どこ……? )

 黒霧が晴れた時、犬吠埼は、木々に囲まれた開けた場所にいた。

 大きな月に照らされ明るい。

 桃太郎宅の敷地ではない。立ち並ぶ木々に奥行きがあるし、だいたい家屋が無い。

 目の前に桃太郎、少し離れて雉子と、それぞれ犬吠埼を基準として呑み込まれる前の位置関係でいるのを認め、何かが頭の中を過ぎって何の気なく足下に目をやる。

 そこには、自身の右腕も混ざっているはずの肉片の山。

(…会長……っ! )

 焦って身を屈め声を掛けようとした時、

「ここは、どこなんだろうね? 」

 肉片の一部がモゾモゾ動き、猿爪の声が、いつもと全く変わらない調子で言った。

 ひとまずホッとする犬吠埼。

 続けて喋ろうとしたふうの猿爪を、

「シッ! 」

桃太郎は潜めた声で制し、

「静かに。何かいる」

辺りを窺う。

 雉子も、他3名のほうへ。

 ややして、グル……と地を這うような唸り声とともに、長毛の大きな犬が20頭ほど、殺気立った様子で木々の間からゆっくりと姿を現した。

 背中定位置から大幣を取り、略拝詞を唱える桃太郎。

 そうしている間に、

(っ! )

 犬たちは飛びかかってきた。

 雉子が緩く握った左拳を縦にして前へ突き出すと、ポウッと鈍く光って弓が出現。

 続いて矢を番えるポーズをすると、実体のあるようにも無いようにも見える光り輝く矢。そのまま真上を向き、

「ゴメンね……」

小さく呟いてから矢を放つ。

 矢は無数に分かれて夜空に光の放物線を描き、ドスドスドスドスドスドスッ! 犬たちを射抜いた。

(…スゴい……! 先生は弓か……! )

 その正確さに美しさまで備わった攻撃に感嘆する犬吠埼。

 直後、略拝詞を唱え終えた桃太郎が、大幣を左・右・中央と振った後、右手のみに持ち替え、空いている左手のひらは開いた状態で、左右同時に真横へバッと勢いよく腕を伸ばした。そしてすぐに引っ込め、上体を素早く90度捻って再度伸ばし、

「障壁生成! 」

 一同の周囲の四方を、無色透明の大きく分厚いガラス板のようなものが囲った。

 矢に射られずに向かって来ていた犬たちが、それにぶち当たり怯む。

 向かって来る存在が無くなり静かになって気持ちがやや落ち着いたことで、

(…僕、生きてる犬たちが目の前で射抜かれるとこを見て、ただ、先生のことをスゴいって思っちゃってた……! )

 犬吠埼は、今し方の自身の感情にショックを受けていた。

(前にも思ったことあったけど、僕、時々、感覚がおかしくなってる……? )

 攻撃したこと自体は、自身と猿爪、雉子はともかく、桃太郎を守るためには仕方の無かったことと分かっているが、と。

 そこへ、

「ポチ―! おーい! ポチやー! ポチどもー! 」

 男性の声。

 声は初め遠く、次第に近く。

 少しして、ポチ―、ポチ―、と呼びながらやって来たのは、明るいと言っても夜であり薄暗いためか灰色がかった血色の悪い肌色をしているように見える、ずんぐりむっくりな体に丈の短い和服を緩く着た、頭髪の無い中年男性。

 力は入っていないながらも4本の脚で立ち犬吠埼たちに警戒したような視線を向けている犬たちに、まずは目が行った様子で、

「ポチどもー、こんな所におっただかぁー。捜したぞー。心配させてー、いけない子らだなあー」

ニコニコ歩み寄って来る途中、地面に臥している犬たちを見つけたと思われるところで、一度、表情も動きも凍りつかせ、声になりきらない叫びを上げ、足をもつれさせ転びそうになりながら、うち1頭へと駆け寄り、膝をついて抱き起こし胸へと包んだ。

 犬たちの飼い主だろうか? 長い毛に頬を埋め、肩をうち震わせる。

 桃太郎、障壁はそのままで中年男性に、

「襲いかかって来たので……ごめんなさい。

 息があるようなので治せます。私たちの安全を約束していただけるなら」

(治せる…んだ……。よかった……! )

 桃太郎の能力と、それ以上に犬たちの生命力に感謝する犬吠埼。

 中年男性は、ゆっくりと顔を上げる。

「…治せる、だか……? 」

 頷く桃太郎。

 犬を抱えたまま中年男性は膝で歩いて、障壁に顔をくっつけんばかりに近づき、

「襲っちまったことは、すまんかっただ! けんど、ポチどもに悪気は無かっただ! 怪しいもんを見つけたら襲えって、オラの言いつけを守っただけで! 」

そこまでで「あっ! 」と口を押さえてから大慌て、

「べ、別に、お前さんがたを怪しいもんって言ってるわけじゃあねぐて……! 」

(…いや、言ってるよ……)

 でも、この人は、すごくいい人なんだろうな……と犬吠埼は思った。

 中年男性は続ける。

「悪いのはポチどもでねぐてオラだ! 安全なんて、もちろん約束するだ! どうか治してやってほしい! 」

 桃太郎、頷いて障壁を解く。

 と、

「先生」

 猿爪が小声で雉子を呼び、更に小さな小さな声で、

「いつでも攻撃出来るつもりでいて下さい」

(…会長、ほんといつでも冷静だな……。この男性は、いい人そうに見えるけど、本当のところは分からないもんね……)

 感心しているところへ、犬吠埼にも、

「犬吠埼君、申し訳ないんだけど、シャツを脱いでボクを包んで持っててくれる? 何かの時にすぐに動けるように。

 キミの腕も混ざってるし」

 確かに、とシャツを脱ぎ地面へ広げて、

(もし、また犬たちをけしかけてきた時に、この場所から逃げる必要があるかもしれないからか……)

しゃがみ込み、ひとつひとつ拾っては乗せていく犬吠埼。

 ふと視線を感じ、そちらを向くと、既に治療に取り掛かっている桃太郎の隣、驚いた様子の中年男性と目が合った。

「…それ、生き物だか……? 」

(…それ……? ああ、会長のこと? 生き…てはないけど……)

 普通に「僕の先輩です」と返そうとして、犬吠埼はハッとする。

(こんなバラバラになっても動いて喋る会長って、他の人に見られちゃいけなかったのかも! )

 そう、今の自分や猿爪や雉子は、一般的には化け物なのだ、と。

(どうしよう……っ! )

 返答に困っていると、桃太郎、

「アクシデントによって本来の形を失ってしまっている彼も、片腕の彼と、そちらの女性も、私の力によって動いているだけで生きてはいません」

 治療の手を止めることなく、さらりと言った。

(桃太郎さん……っ? )

 犬吠埼は、わけが分からない。

(どうしてっ? 要らないよね、そのカミングアウト! 

 不思議な力で傷を治す奇跡に驚かないのと、化け物が平気なのは、イコールじゃないよっ? )

 中年男性は絶句している。どのような意味合いであれ当然だ。

 ふざけたことをと全く本気にせずに呆れているほうであってくれと、固唾を呑んで中年男性の反応を待つ犬吠埼。

「す……」

 中年男性から擦れた声が漏れた。

(す? )

 続いて出た言葉は、

「すっげえだな! そんならお前さんがた躯鬼くきだかっ? 」

(くき? )

「言い伝えでしか聞いたことねえけんど! 」

(言い伝え? )

「あの言い伝えは本当だかっ? 」

 つぶらな瞳をキラキラ輝かせて、1語発する毎に1歩、犬吠埼へと寄って来、最後は額と額がくっつきそうな至近から真っ直ぐに覗き込む。

(……? 言ってることが何ひとつ分からない……)

 歓喜が極まって大興奮の中年男性に、犬吠埼は困惑。

 中年男性はテンションそのまま喋り続ける。

「あの何故か着物さ着せられで偉そうに言葉ぁ話す人間の力によっでってのは、意味がよぐ分かんねえけんど、傷さ治す能力なんかもあっで、やっぱ、躯鬼殿の食糧ともなると特別ってことだな! 匂いもめちゃめちゃ美味そうだしな! 」

(…食糧……って、なんか桃太郎さんのこと指して言ってない……? )

「アクシデントって言ってたけんど、ひょっとして、今、ここにいることもそうだかっ? 」

 勢いに圧されながら頷く犬吠埼。

「なら、今晩はオラの村さ泊まるといいだ! 話もいっぺえ聞きてえしっ! 」

 変わらず圧倒されつつ、チラッと桃太郎に視線を送って指示を仰ぎ、頷いたのを受けて、

「あ、はい。ありがとうございます……」




                  *




 怪我をした犬たちの治療を終え、小鬼田しょうきでんと名乗った中年男性に連れられて、シャツに包んだ猿爪を担いだ犬吠埼、桃太郎、雉子、犬たちは、ゾロゾロと歩く。

 木々の間の小道を入り、少し行くと、またすぐ視界が開け、木の板で造られた簡単な塀に囲われた集落が現れた。

「ここがオラの村だ」

 小鬼田の後について、門であるらしい塀の切れ目を入る。

 塀と同じく木の板で造られた簡素な家々の建ち並ぶ中を奥へと進み、他より3倍の大きさのある家の前へ。

「帰っただよー」

 言いながら玄関と思しき引き戸を開け、先に犬吠埼たちを通す小鬼田。

 犬たちを外に置いたまま自らが最後に入って戸を閉め振り返った小鬼田の、昼間に近い明るさの照明に照らし出された肌の色に、犬吠埼はギョッとし固まった。

(…灰…色……! )

 初めから灰色がかった血色の悪い肌色をしているように見えてはいたが、薄暗いためであると思い込んでいた。

 それほど濃くはないものの、ちゃんと灰色。

「お帰りなさい」

 玄関を入って正面の部屋から出て来た、小鬼田と同じずんぐりむっくり頭髪の無い中年女性も灰色の肌をしており、犬吠埼は繰り返しギョッ。

 中年女性のほうも、犬吠埼たちを見るなり固まる。

 犬吠埼たちに向け中年女性を、

「オラの嫁さんのこうっていうだ」

と紹介してから、小鬼田は耕へ穏やかに笑み、

「大丈夫。似てるけんど始鬼しきじゃあねえ。この方々は、かの有名な言い伝えの躯鬼殿だ。オラも初め、始鬼かと思って警戒しちまったけんどな。

 困ってるみてえだから、今夜、うちに泊めっから」

 言って、草履を脱いで玄関を上がる。

(…しき……? )

 桃太郎も雉子も、小鬼田と耕の肌色について特に驚いた様子は無い。先に立って廊下を奥へと案内してくれている後を、裏の汚れた足袋や靴下を各々脱いでから玄関を上がり、ついて行った。

 呆然と彼らの背中を見送ってしまっていて、犬吠埼、ハッとし、急いで靴下を脱ぎ続く。




「この部屋さ自由に使っでくれでええがら」

 廊下の突き当たりの戸を開け、その向こうの部屋へと犬吠埼たちを通して小鬼田、

「オラは反対側の端の部屋さいるで、何か用事さあっだら気軽に呼んでくろ」

口々にだが結果的に揃った犬吠埼たちの「ありがとうございます」を受け取り、戸を閉めた。

 その足音が遠ざかっていくのを聞きながら、犬吠埼は一応小声で、小鬼田の肌色について切り出そうとする。しかし、

「ねえ」

雉子が先に、

「2人とも全然驚いてなかったけど、何とも思わなかったの? 小鬼田サンと耕サンの肌の色」

(先生! 声、大きいって! )

 ごく普通の大きさの声だが、辺りが静かな上に内容が内容なので、小鬼田に聞こえやしなかったかと、出入口の戸を気にする犬吠埼。

 直後に、あれっ? となる。

(先生も驚いてたの? 全然そんなふうに見えなかったけど……)

 犬吠埼のシャツに包まれ担がれたままだった猿爪がモゾモゾ。

(…あ……)

 気付いて犬吠埼、包みをそっと床に下ろし、結び目を解いた。

 広げられたシャツの上、伸びをしているのと同じようなことなのか、一部の動く肉片を微かに膨らませ、縮ませ、また膨らませとやってから、猿爪、

「耕さんの肌色も小鬼田さんと同じだったんですか?

 …と言うか、小鬼田さんの肌色、暗さのせいではなくて、実際に変わった肌色をしていたんですね? 」

 雉子は頷き、

「しっかり灰色だったわ」

 そうなんですね、と返して、猿爪は比喩表現としてのひと呼吸を置いてから、

「桃太郎さん」

 ちょっと改まった感じ。

「あの方々……小鬼田さんや耕さんって、何者なんですか? 」

 いつもより低めのトーン。

 少しの沈黙の後、桃太郎は言い辛そうに、

「…ごめん、オレにも分からない……」

「…分からないんですね……」

 猿爪は低いまま続ける。

「障壁を解いたことは、あちらも犬を治してほしいでしょうし、万が一再び襲われたとしても、小鬼田さんに関しては分かりませんが、半数の犬たちより先生1人のほうが強いようなので、片腕が無くて斧は出せなくても動ける犬吠埼君もいますから、先生と犬吠埼君で時間を稼いでくれている間に、また障壁を作って下さればいいんでしょうけど、ボクたちが、生きていないのに動いている、つまり化け物であると明かしたことは、どういった考えからだったんですか?

 あと、誘われるまま、ここにいることも」

 空気が重い。

(…なんか、ギスギスしてるな……)

 犬吠埼は、居心地の悪さを感じながら、ただ黙って見守る。

 いたたまれなくなったようで、雉子、

「あの、猿爪クン? 」

 取りなすように声を掛けた。

 猿爪は再度比喩的ひと呼吸。ややいつもの調子に戻って、

「責めてるわけではないです。分からないのはボクも同じで、正解なんて持ってないですから。純粋に聞いてみたかっただけで……。

 桃太郎さんのことだから何か考えがあってのことなんだろうな、って」

(…うん、頼りにしてるんだよね、自然と……。僕も……。日頃の面倒みる側みられる側そのまま……。あまり良いことじゃないと思うけど。桃太郎さんに全部背負わせちゃってるみたいで……。

 …でも多分、桃太郎さん自身も、自分が何とかしなきゃ、って思っちゃってるんだよな……)

「…不安な思いを、させちゃってごめんね……」

 桃太郎が、申し訳なさげにゆっくりと口を開く。

(ほら、やっぱり。桃太郎さんが謝ることじゃないのに……)

「…さっき安寿を連れて行った、安寿の実の父親……。あいつはね……」

(…「あいつ」……? 桃太郎さんが他の人を指してそんな言葉を使うのって、珍しい気が……)

「鬼、なんだ……」

(鬼……っ? …じゃあアンちゃんは…‥)

「安寿は、あいつとオレの姉との間に生まれた、半鬼はんき、とでも言うのかな……。

 安寿が普通の人間じゃないことは、君たちも気づいてたよね……? 」

(……うん。それは、そう)

「どうして姉があいつの子を孕んで出産にまで至ったのか、詳しい話は聞かされてないけど、出産直後に姉のところへ現れたあいつは、双子として生まれた安寿の片割れを連れ去って、その5年後には、姉と、あと父も、殺したんだ……」

(…アンちゃんの生まれた5年後だから……5年前……? 50代の神職の男性が何者かに惨殺されて同じく神職の娘が行方不明になってる、あの事件……? …桃太郎さんのお父さんとお姉さんだったんだ……。行方不明って話だったけど、娘さんのほうも亡くなってたんだな……)

「あいつの名前は、始鬼遥しきよう

(…「しき」って……)

 犬吠埼が思うと同時、

「しき、って、小鬼田サンと耕サンの会話の中に出てきたわよね? 」

 雉子が口に出す。

 頷く桃太郎。

「それで確信して、ひとまずだけど安心したんだ。オレの判断はとりあえずは間違ってなかった、って。理由としては単純だけど……。小鬼田さんと耕さんは始鬼について印象の良くない言い方をしてたでしょ? だから……。敵の敵は味方。それだけ。

 小鬼田さんたちにとって、始鬼が良い印象じゃないのは確かでも、敵と呼べるほどのものなのかは分からないけどね。

 で、ここからがやっと、猿爪君の質問の答えになる部分なんだけど、生前に姉から聞いた話に拠ると、あいつの暮らしている場所は、君たちやオレの暮らしてる場所と地続きじゃないらしいんだ。日本の本州じゃないって意味じゃなくて、所謂異世界らしい」

(異世界……っ? )

 アニメやラノベの中の話みたいだな、と犬吠埼は思った。

(…いや、今の僕の存在も、ホラー漫画の登場人物みたいではあるけど……)

「あいつが安寿を連れて行くのに巻き込まれて移動してしまったんだから、ここは、あいつの暮らす異世界なんだろう、って思ったところへ、小鬼田さんが現れて……ほら、あいつの肌の色も灰色がかって見えるから、灰色の肌をした小鬼田さんは、あいつと同じ世界で暮らす方のイメージとしてピッタリで、きっとそうだ、異世界なんだって思いを強くしたんだ。

 全く知らない世界だから、元いた世界へ帰るためには、この世界の人の協力が必要だと考えて、小鬼田さんは、いい人そうだったし……でも……」

 そこまでで一旦、言葉を切り、桃太郎は、犬吠埼を見、雉子を見、最後に視線を落として、床の上の猿爪を見、

「どんな可能性も逃さないように正確な情報をと君たちのことを明かしたのは、猿爪君から叱られて当然。軽率だったって反省してる。後々伝えるにしても、あの時じゃなかった……。ここへ身を寄せる判断も、簡単にしすぎた……。

 平静を保ってるつもりだったけど、出来てなかった……。ごめんなさい……。今のところ悪い方向へ転んでなくて、結果的に間違いじゃない選択をできてたんだろうな、ってホッとしてる……」

 噤む直前の語尾が震える。

(…平静……なんて保っていられるわけないよね……。だって、アンちゃんが……。

 知らなかったけど、アンちゃんを連れて行ったのは普通のお父さんじゃない。おじいちゃんとお母さんを殺したお父さんなんだ……。

 …アンちゃん……。無事、かな……)

 雉子の死んだ一件以前の子供らしく無邪気な安寿が、黒い安寿が、一件を経て膝を抱え消えてしまいそうに小さすぎる背中が、「桃太郎、今までごめんね」悲しい言葉が……様々な安寿が犬吠埼の脳裏に浮かんでは消えた。

 その足下で猿爪、

「ボクのほうこそ、ごめんなさい……。いつも桃太郎さんに頼りっぱなしで……。しかも、それを当然みたいに……」

 桃太郎は優しい笑みで首を横に振る。

 それから大きく1度、息を吸って吐き、

「さあ、猿爪君と犬吠埼君の治療をしようか」




                  *




「桃太郎さん、それ違いますね。そのカワイイのはボクの手です。犬吠埼君のは、ほら、そこ。桃太郎さんの左膝の前にある、デカくてゴツいやつです」

 使える手を増やすべく、先に犬吠埼の腕の治療に取り掛かり、あとは手首から先をくっつけるだけという段になったところで、猿爪がストップをかけた。

「あ、ごめんなさい」

 桃太郎は手にしていたカワイイ手を置き、左膝前のデカくてゴツいやつを取って、犬吠埼へ渡す。

 受け取り、犬吠埼は、くっつけるべき位置へ左手で支える。

 桃太郎、略拝詞を唱え、大幣を振り、

「治癒」

 始鬼遥のあの蜘蛛の巣は切れ味抜群だったらしく断面が非常にキレイであったため、くっつける所要時間は1ヵ所につき2~3分。それよりも、パズルのように各位置の正しいパーツを探すほうに時間がかかっていた。

 少し離れた所で、端切れのような状態になった服を元の形へと同じくパズルのように並べるのに、雉子も頭を抱えている。

 猿爪が、

「もう少し部屋が明るければ、もっと捗るかもしれないですね」

 それを受け、腕を治してもらい終えた犬吠埼、

「小鬼田さんに聞いてみます」


 部屋を出、廊下を真っ直ぐ。反対側端の部屋の前で足を止めると、

(……? )

 中から不穏な空気。

「まったく……! 」

 おそらく耕のものである声。

「田さんは、いつもいつも突然に客を連れて来すぎるだ! あの方々は、本当に躯鬼様だか? オラには始鬼にしか見えねえだよ!

 オラ、怖ぐて眠れねえっ! 」

 どうやら、小鬼田が耕に怒られている。

(…僕たちを泊めてくれたせいで……)

 申し訳なく思いながら、犬吠埼は戸の前で、声を掛けれるタイミングを待った。

 と、

「いげねえ! オラ、お隣に回覧板回すの忘れでただよ! 」

 小鬼田の声。

 戸が開き、小鬼田が出て来る。

「待つだ! まだ話さ終わっでねえだよっ! 」

 耕が声だけで追いかけて来たのを遮るように背中で戸を閉め、小鬼田はふうっと溜息。犬吠埼と目が合い、バツが悪そうに笑いつつ、

「どうしただ? 」

 部屋をもう少し明るく出来ないかと聞くと、小鬼田、すぐ横にあった和紙製の照明器具の中へ徐に手を突っ込み、スズランのような形をした強い光を放つ花を取り出して、

「この夜光花やこうかさ使うといいだ。廊下はちょっとくれえ暗ぐても平気だから」

 犬吠埼へ差し出し、

「また何か困っだこつあっだら、遠慮なぐ言うだよ」

(…僕たちのせいで怒られてたばっかなのに、本当にいい人だな……)



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