怨嗟の変化
夏休み初日だからか、学園内の図書館は利用者が少ない。
勉強スペースに俺と源さんしかいないくらいには。
多少話をしたところで、小声なら迷惑にはならないだろう。
「源さんは夏休みにしたいことないんですか?」
「したいことはありません。やらなければならないことなら、たくさんあります」
中学生なのに夢のないこと。
前世の俺はアニメやゲーム三昧で放蕩の限りを尽くしたというのに。
忙しそうな源さんも、小声で質問を返す。
「峡部さんの夏のご予定は?」
これも、同行できる時間がないか、という質問だろう。
だとすれば、外出予定も含めた方がいいか。
「そうですね……秘術の復習と、実験と、召喚と、東部家での治療と、あとは神社巡りもしたいですね」
「峡部さんが来年に回した秘術の授業、私が教えるのはいかがでしょうか? それと、秘術研究室へ伺う際は、私にもお声がけください。可能なら東部家にも伺いたいです。神社巡りも同行してよろしいでしょうか?」
全部同行して、早く秘術を習得したいという熱意を感じる。
勉強熱心なことだ。
しかし、百合華ちゃんに却下されたこれもついてくる気か?
「本当に神社巡りにもついてくるんですか? 退屈しません?」
「神社への参拝は陰陽師にとって必要なことです。楽しむものではありません」
デートではなく、仕事なら別にいいのか。
しかし、もったいない。縁起を担ぐためにも、ご挨拶という意味でも必須業務ではあるが、楽しまないのは損だろう。
「源さんも、あわよくば神様に気に入られたいって思ってますよね。なら、その態度はまずくないですか?」
「可愛げがないのは理解しています」
いやいや、そういうことじゃなく。
愛想笑いもできるようになった源さんは、子供の頃よりは人付き合いが上手くなっている。
しかし、神様相手に愛想笑いなんて意味がないだろう。
「そうではなく、相手に興味を持った方がいいということですよ。義務だから会いにきた人間よりも、あなたに興味があります、好きですって思っている人間の方が、神様も好感を抱きやすいとは思いませんか?」
もちろん、神様が人間と同じ感性を持っているかどうかは不明だ。
だが、人間の味方をしてくれる神様なら、懐いてくる人間を依怙贔屓してもおかしくない。
無愛想な犬よりも、自分に懐いてくる犬を可愛がるのと同じだ。
「……好きかどうかは分かりませんが、興味なら」
「相手のことを調べてから参拝した方が、御利益あるかもしれませんね」
知ることで世界は広がる。つまらないと思っていた世界も、知ってみれば興味が出たり、新しい気づきを得られたりする。
効率を突き詰めすぎて趣味がない彼女にも、良い出会いがあればいいなぁ。
「……なるほど」
源さんは常に落ち着いているせいか、初対面だと堅物なイメージを抱かれやすい。
だが、付き合いが長くなると結構素直であるとわかる。
より良い提案があれば、すぐに取り入れるのだ。
俺より後に来たのに、源さんは先に宿題を終わらせた。そして、少し席を外した彼女が持ってきたのは、タイトルからして神社に関する本だった。
さすが、行動が早い。
しばし静かな時間が流れる。
源さんは速読したのか、早々に一冊読み終えて提案してきた。
「どこか難しい問題がありましたか? よければ教えます」
「いえ、内容自体は簡単なので大丈夫です」
単純に貴女ほど情報処理能力が高くないだけでして。
源さんの倍の時間をかけて、俺は夏休みの宿題を片付けた。
よし、残りの夏休みは全部遊ぶぞ!
〜〜〜
遊びまくると意気込んでいたが、翌日はお仕事なのを忘れていた。
大蛇エアラインで東部家のお屋敷に直行し、患者の部屋へお邪魔する。
「詩織ちゃん、こんにちは。元気だった?」
「こんにちは!」
元気よく挨拶を返してくれた。
今日は東部家で詩織ちゃんと満様の治療をする日である。
この数年で教えた言葉を使いこなせるようになり、挨拶も様になっている。
そして、同じだけ交流することとなるお世話係さんともだいぶ仲良くなった。
「峡部様、本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそお世話になります。詩織ちゃんが元気そうで何よりです」
意識を奪われる時間が延びていると聞いていたから心配していたが、ここしばらく俺は目撃していない。
詩織ちゃんの回復を喜んでいると、お世話係さんはなんとも言えない表情を浮かべる。
「最近も意識を奪われる時間が僅かに延びているのですが……」
「えっ、延びてるんですか?」
勝手知ったる他家の座布団に座り、俺は本腰を入れて話を聞く。
怨嗟之声拡散法で詩織ちゃんは体調が良くなり、栄養状態も改善され、身長体重も増加している。これはお世話係さんに聞いた話だから間違いない。
なのに、時間が増えているということは、力の継承で負荷が増えているということ。
怨嗟之声拡散法でも追いつかないとなると、今後二度と目が覚めなくなる可能性も……。
そんな心配をしていた俺は、続くお世話係さんの言葉に首を傾げることとなる。
「時間自体は延びているのですが、遊ぶ時間と、食事の時間と、峡部様がいらっしゃる日だけは、必ず意識があるのです」
何その都合のいい意識の奪われ方。
いや、意識を奪われるのは良くないが、必要なところだけ啄むように起きてるのか?
「詩織ちゃんが、怨嗟術の副作用をコントロールしているってことですか?」
「コントロールしているのであれば、意識を奪われる時間が短くなっても良いと思うのです……。それに、満様には見られなかった変化です。どのような影響があるか……」
それは確かに、心配にもなる。
怨嗟之声は詩織ちゃんに悪意ある言葉だけ教えるような悪辣さがある。
何か悪意ある罠を仕掛けていて、それを悟らせないようにしているとか?
その真相を確かめる術は、俺達にはない。
「様子を見るしかありませんね」
「はい……」
気落ちした様子のお世話係さんに、詩織ちゃんが立ち上がった。
お世話係さんの手を包み込むように握り、ハッキリした口調で言う。
「だいじょーぶ」
本当に詩織ちゃんが大丈夫なのか、無理をしていないか、俺たちにはわからない。
しかし、お世話係さんを気遣って言葉を紡いだその姿に、俺たちは小さく安堵した。
「ありがとうございます。詩織様」
「だいじょーぶ」
思わず涙が溢れたお世話係さんを、詩織ちゃんはしばらく慰めていた。
子供の成長は早いね。
俺も仕事を頑張らないと。
いつも通り山で親子のリサイタルを開催して、グロッキーな気分で東部家に戻る。
しばらく休憩して、そろそろ帰ろうとしたところで詩織ちゃんに袖を掴まれた。
「……」
「今日も帰りは遅くなりそうだね」
仕方ない、夜まで付き合うとしよう。
その後、日曜日の朝にやってそうなアニメを鑑賞し始めた詩織ちゃんは、ノリノリで踊りを披露してくれた。
「はじめて、うー、こーとーばー」
ここ最近、歌とダンスにハマっているらしい。
言葉を教えている八千代先生が、これまでに教えてきた言葉を繋げて歌えるように指導したとか。
接続詞がフワッとしているのはご愛嬌。
それでも、テレビの音が聞こえないはずなのにリズムぴったりな辺り、才能があるんじゃないだろうか。
「おー、上手上手」
「よくできてますよ」
お世話係さんと一緒に手拍子をしながら見守る。
楽しそうに一生懸命踊る少女の姿は微笑ましい。
孫のお遊戯会を見ているような気持ちになった。
さて、そんな少女を元気にしてあげるためにも、俺が頑張らないと。
「今、学園の教授と一緒にいろいろ研究してまして。声帯の改造にも着手しています。成果が出たら試してみましょう」
「いつもありがとうございます。本当に……ありがとうございます……」
あの、泣かないでくださいね。俺じゃ慰められないから。
すっかり懐に入られてしまった2人を笑顔にするためにも、いい成果を出さないとな。
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