美月前日譚
※閲覧注意※
本話は軽度の鬱展開かもしれません。(作者的にはオールグリーン)
読む場合は自己責任でお願いします。
読み飛ばす方の為の3行まとめは次回更新の前書きに記載します。
私は、恵まれた環境で育ってきた。
優しい両親の元に生まれて、近所の人達に見守られながら育ち、素敵な学友と出会えた。
都会で一人暮らしを始めてからも、順調そのもの。良い職場に勤めて、仕事にも慣れてきた。
新しい環境に馴染み、そろそろ結婚相手も探そうかなと思っていたある日のこと。
残業を終えた私は薄暗い通りを1人で歩いていた。
シャッターの下りた商店街は、駅を利用する会社員の通勤経路となっている。
「はぁ……」
小さなため息が漏れる。
夜道が怖いなんてことはない。夜の田んぼ道の方がよほど暗い。
ただ、仕事で小さな失敗をしてしまっただけ。明日からもう一度頑張ろう。
決意を胸に歩みを進めていると、背中に違和感を覚える。
「……?」
私は不意に立ち止まり、後ろを振り向く。
けれど、そこには誰もいない。
私は首を傾げ、再び歩き出す。
数ヶ月前から、誰かの視線を感じるようになった。
気のせいかもしれないけれど、こうも頻繁に後ろが気になるようになったのも事実。
夜闇ではなく、別の恐怖が迫っているような、そんな気がする。
「気のせい、よね」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
もしもここで、自分の勘を信じられたなら、未来は変わっていたことでしょう。
周囲から人の気配が消え、曲がり角を曲がる、その時だった。
「来い!」
「えっ、何。痛っ!」
突然声が聞こえたかと思えば、物陰から伸びる手が私の腕を掴んできた。
そして私は、そのまま強い力で暗がりへ引きずり込まれてしまう。
「ずっと待ってた。この日が来るのを楽しみにしてたよ」
見知らぬ男が私を抱きしめ、猫撫で声でそう囁いてきた。
これと言って特徴のない顔が視界いっぱいに映り込んでくる。マジマジと見てもその顔に覚えはなく、目は血走っていて、とても正気には見えない。
突然の出来事に驚いた私は、至近距離で囁かれた言葉の意味を遅れて理解した。
「あなたは誰ですか。待ってたって、どういうことですか」
今思えば、このとき私は大声を出して助けを求めるべきだった。
比較的人通りが少ない場所とはいえ、帰宅途中の会社員は常に歩いている。
私が悲鳴を上げれば、誰かの耳には届いたはず。
でも、私は咄嗟に悲鳴が出るタイプの人間ではないのだと、この時初めて知った。
「僕達は愛し合っている。そうだろう。待たせてごめんね。これからはずっと一緒だから」
それは私の問いに対する答えではなかった。
掠れた声で一方的に話しており、会話が成立しない。
この人が何を言っているのか、私には理解できない。
「あぁ、君も我慢できないんだね。僕もだよ」
「何を言ってるんですか、離してくださ……〜〜!」
私は急に強まった拘束に抗おうとして……唇にヌメっとしたものを押しつけられた。
理解したくない。
今私が何をされているのか、見たくない。
しかし、現実は無常でした。
私は今、見知らぬ男性に唇を押し付けられている。
目を背けたい事実で頭を埋め尽くされる。
――初めてのキスだったのに!
「むぅ〜〜〜 うっ! 離して!」
永遠にも感じられる時間を経て、男は満足気に唇を離した。
私は男の顔を押しのけて、なんとか両腕の拘束からも逃れる。
自由になった両手でいくら口を拭っても、気持ち悪い感触が消えない。
逃げないと!
私は事ここに至ってようやく正しい選択をできた。
正常であれば真っ先に思いつくべき選択肢だけれど、なぜか頭に浮かばなかった。
後から聞いた話では、これも妖怪の影響なのだそう。
「お前も俺を捨てるのか? 嫌だ! お前は俺のものだ!」
訳のわからない叫びと共に、男は私のスカートを掴んできた。
その力は見かけによらず強い。
走り出した勢いそのままに、私は倒れ込んでしまった。
「痛っ」
「大人しくしろ。もう逃さない。俺のものだ。俺の、俺の!」
男はずっと同じ言葉を繰り返している。
その姿はどう見ても正気じゃない。
「誰か、助け――むぐ」
口を塞がれ、助けを呼ぶこともできなくなった。
男にのし掛かられて、押しのけることもできない。
男の空いている手は私の服を剥ぎ取ろうとしている。
弾けたボタンがゆっくりと飛んでいくのを見て、この先に待ち受けている陵辱が脳裏をよぎる。
何か、何か、逃げる方法は――
藁にもすがる思いで伸ばした手が何かを掴んだ。
私は無我夢中でそれを男に叩きつける。
「未来の夫に向かって何を――ぎゃー!」
2度3度と叩きつけているうちに、男が悲鳴を上げはじめた。
私の上から転がり落ち、必死に目を押さえている。
「よくも、よくもやったな! 愛していたのに! 殺してやる!」
眼から血を流す男が、鬼の形相でこちらを睨んできた。
その姿は、私と同じ人間とは思えない恐ろしいものだった。
まるで、悪霊にでも取り憑かれたかのように。
身体の自由を取り戻した私は、慌ててその場を逃げ出し、近くにいた女性に助けを求めた。
私が逃げ出してすぐに男は気絶したらしく、警察の到着と共に身柄を拘束された。
それから時が経ち、裁判も終わり、事件は解決したけれど……私はいまだに、あの時の男の顔が忘れられない。
~~~
「美月! 心配したんだよ!」
「ハナ、来てくれてありがとう」
事件から数週間の時が流れたある日。
地元の同級生であるハナがお見舞いに来てくれた。
事件のすぐ後に上京してくれたお母さんが呼んでくれたみたい。
「娘の為にこんな遠くまで来てくれて、本当にありがとう。これ、良かったら食べて。有名なお店のタルト」
「わぁ、美味しそ! いただきます!」
「お母さん買い物してくるから、美月はハナちゃんとお留守番しててね」
「もう、子供じゃないんだから」
なんて、友達の前だとどうにも強がってしまう。
お母さんに支えてもらっているおかげで、こうして生活できているのに。
家が近所で、小学生時代から仲の良かったハナとの再会は、私の沈んでいた心を癒してくれる。
「お母さんが帰ってくるまで、私が美月を守ってあげるよ」
「もう、ハナまでそんなこと言って」
なんて、学生時代に戻ったかのような時間を過ごした。
この時だけは、事件のことも忘れられた気がする。
そう、この時だけは……。
あれ、私、寝てた?
美味しいタルトを食べて、それで……。
やだ、ハナが来てるのに、いけないいけない。
寝ぼけた頭が次第に覚醒していく。
寝冷えしちゃったのかな。
なんだかスースーするような……。
「起きた?」
目を開けると、ハナが目と鼻の先にいた。
そんなマジマジと寝顔を見なくても。恥ずかしいでしょう。
あの、ちょっと、本当に、近すぎない?
「食べてすぐに寝たら、牛になっちゃうよ」
悪戯っぽい笑みは、私の知っている顔。
冗談めかした注意も、いつも通り。
なのに、なんだか艶っぽく見えるのはなんでだろう。
それに加えて、ハナが服を着ていないように見えるのは、私が寝ぼけているから?
「嫌がらないってことは、美月も私と同じ気持ちだってことだよね」
え?
待って、どういうこと?
「ねぇ、いいでしょ?」
何が?
え?
どうして私の体を触るの?
どうして私の服がはだけているの?
「どこをどんなふうに触られた? 私が上書きしてあげる」
ハナの指先が私の頬をなぞり、顎を優しく上げてくる。
「男なんて忘れて、私といつまでも一緒にいましょ」
その言葉の意味を確かめる前に、ハナは動き出した。
目と鼻の先だった顔がさらに近づき、互いの唇が重なる。
そして思い出す、男の唇のヌメっとした感触。
あの時とは違って、リップの塗られた柔らかな唇だけど、その気持ち悪さに違いはない。
好意を持たない相手にされる口付けは、ただの暴力だ。
それを行ったのが、長年親友だと思っていたハナだなんて……。
私の心の中で、大切な何かが壊れた。
「あっ、そうだ、いいことを教えてあげる。美月のファーストキスはストーカーの男じゃないよ」
筆舌に尽くしがたい絶望の中にあっても、耳はしっかり音を拾う。
ファーストキスはあの男じゃないって、えっ、それはどういう――。
「高校生の時に私がもらったから、美月のファーストキスの相手は私だよ」
衝撃の事実に私は言葉を失った。
「2番目も3番目も私のもの。あっ、大丈夫、安心して、ハジメテは大切に取っておいたから」
何も安心できない。
今の言葉のどこに安心する要素があると思っているのだろう。
気付かぬ間に身体を穢されていた事実を知り、私は脱力してしまった。
そして、大切な何かと共に、楽しかった思い出もまた崩れ去っていく。
「でも、今回のことで気づいたの。待っているだけじゃ、いつか私の知らないところで美月を失ってしまうかもって」
嘘でしょう。
嘘だと言って。
「だから、早く私のものにするために、今日ここに来たの」
ハナ、貴女も私をそういう目で見ていたの?
笑顔の裏で、私のことをいつ襲うか考えていたの?
私達が今まで過ごした時間は、何だったの?
「じゃあ、お義母さんが帰ってくる前に、さっそくハジメテを交換しましょ♪」
ハ#ちゃんは用意していたディルドを手に、最悪な提案をする。
もう、終わりだ。
私達の関係は、もう2度と戻らない。
あるいは、初めからまやかしだったのかも。
「いやっ!」
「痛っ! ちょっと、何をするのキャッ!」
全力で髪を引っ張り、€×ちゃんを押し除ける。
自由を取り戻した私はとにかく部屋の外を目指した。
はだけた服もそのままに、ただひたすらこの場から離れることだけを考える。
たった数メートルが遠く感じる。
けれど、一度逃げ方を学んだ体はしっかりと動いてくれた。
リビングを出て、廊下を駆け抜け、靴も履かずに玄関から飛び出す。
幸運なことに、そこにはお母さんがいた。
「お母さん!」
「美月! 何が……っ! $*ちゃんアンタ……!」
お母さんは、私が何を言わずとも分かってくれた。
私を追いかけてきた÷%ちゃんは、すぐそこまで迫っていたみたい。
「待ってください。違うんです、お義母さん」
「やかましい!!!」
私が乱れた服を直している間に、お母さんは※※ちゃんを押さえ込んでいた。
「ちょっと、そこの人。警察呼んで!」
騒音の原因を確かめようと顔を出したお隣さんが110番してくれた。
「美月! お義母さんの誤解を解いて! 私達の関係を説明してあげて!」
お母さんに押さえ込まれている#○ちゃんが何か言っている。
でも、私には理解できなかった。
聞こえなかった。
聞きたくなかった……。





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