七十五話 俺はただの人間だってね
魔力の密度が濃くなると上空に巨大な門が形成される。
見る人を圧倒するような存在感がそこにあった。
「これってもしかして門が開いたら……」
「……カイトの想像している通りだと思います。あの魔力の門は向こう側に繋がっている場所の魔族を呼び出すためのものです」
「今ならまだ貴様らを奴隷として生かしてやってもいい。それでも我らと戦うつもりか?」
バルムはルリに問いかけるように言う。
ここで奴隷になったとしても最悪な未来しか見えない。
でも、あの門の向こう側の魔族が来たらどうなるんだろうか。
「……つい先程も言いました。ここでおとなしくしてもらいます、と」
門が現れたせいで、町全体が濃密な魔力に覆われている。
これじゃ簡単に視る事が難しいし、やりづらい事この上ない。
バルムとハーシルドの魔力の質が変わっているのがすぐに分かる。
内側に押し留めていた魔力が表に現れ始めている。
「バルム様の慈悲すら分からぬとは……愚かとしか言いようがありません」
ハーシルドは斬られた部分に腕を押し付けると腕を含めた身体全体が赤墨色に変色していく。それに合わせて二本の羊の角のようなものが生えてきた。
手を握り締めて腕を回すと、繋がった腕の調子を試しているように見える。
「まったく人の姿は窮屈なものですね、バルム様」
バルムも赤墨色に変わると太い角が三本角が生えてくる。
ハーシルドと同じ生え方だが、三本目は額の少し上の部分に生えていた。
人間の姿から更に一回り大きな体躯に変貌している。
あんなのに掴まれたら、ひとたまりもなさそうだ。
「そうだな、人間とは窮屈な奴隷レベルということだ」
バルムの拳が俺に向かって飛んで来る。
一瞬だ、さっきルリに見せた比じゃない。
気付いたら俺は随分と後ろのほうに飛ばされていた。
顔面がヒリヒリして痛むけど、その程度で済んでよかったよ。
ルリはハーシルドに行く手を阻まれて、俺のほうに来る事ができない。
バルムは魔術でルリを攻撃しているけど、剣で切り裂いたり身を躱したりしている。
その間に上空の魔力の門が少しずつ開いている。
もう半分くらい開いたところで、翼を持った石像のようなものが大量に飛んで来ている。あれってガーゴイルってやつじゃないか。
それに混じってハーシルドに似た魔族っぽい奴らも数人見えてきた。
バルムとハーシルドの相手をしながらルリは飛んでるガーゴイルをファイアボールで撃ち落としているけど、キリがない。
「ハハハハ! その程度ですか、竜を倒す神官が! ブラックレイ!」
ハーシルドから数十発の光線みたいな黒いレーザーがルリに向かって飛来する。
それを難なく剣で弾くと、飛んで来ているガーゴイルに当たって爆発が起きた。
ルリは全部飛んでるガーゴイルに狙って弾き返しているようだった。
俺なら回避するだけで精一杯かもしれない。
ハーシルドは気にも留めない感じでひたすらブラックレイを撃ってるな。
「これでも逃れる事ができますか! ブラックメテオ!」
魔力の門の周辺から巨大な黒い隕石がルリに向かって落ちていく。
ルリは黒い隕石のほうに吸い寄せられるように引きずられ、動く事が出来ずにいるようだった。
ルリを助けようと立ち上がると、手にしている剣には風の魔力が付与されていた。
その剣を振るうと刃のような風の魔力が黒い隕石が次々と粉々に砕け散っている。
ルリの所に行こうとすると、そこにはバルムが立っていた。
「そうか、それは擬態というものだな。神官戦士がそんな弱いはずがない。何とも小賢しいものだ」
これは逃れられないと俺は覚悟を決めた。
濃密な魔力で見えにくいのは承知の上でバルムをしっかりと視た。
一面の真っ暗闇の世界の中でも特に濃い色のバルムがいた。
その周辺から息を吸い込む流れまで見える。
俺に近づいてくるその動きの中で大量の大気の魔力が取り込まれて、その身体全体が活発に動いているのが分かった。
俺は手を前に出すと、その場所にバルムの拳が放たれる寸前で止めた。
「やはりな。この俺の拳をただの人間が止められるはずがない」
「アンタがどう思おうと、俺はただの人間だよっと!」
殴られた腹いせじゃないけど、その拳を勢いをつけて押し返してやると軽く数メートルほどバルムが後ろに飛ばされる。
俺の予想よりも吹っ飛んだのは少し驚いたけど、完全に魔力を纏っておかないと当たったら即死するね。
「楽に死ねると思うなよ。この無数のブラックファイアに焼かれて死ね!」
バルムの周囲には三十を超える数の黒い炎が現れ、俺に向かって飛んできた。
俺は同じ数のマナ・ボールを即席で作って、相殺する。
今のはどうやったのか流石に分からないだろう。
案の定、バルムは驚いた表情を隠しきれずにいた。
「複数の魔術を同時に行使することは、人間も変わらず難易度の高いもののはずだ。この俺が放った後でどうやって消した! 貴様、神官戦士ではないな!?」
「だから、さっきも言ったじゃないか。俺はただの人間だってね」
魔眼で魔力しか見えていない状態でよかったよ。
相手の表情を見ていたら絶対に気後れしていたはずだ。
俺の言葉がよっぽど癇に障ったのだろうな。
バルムは怒りに全身が震えているように見えた。




