七十三話 レノのほうが適任のようです
「レノとお呼び下さい。ルリさんは命の恩人なのですから」
「……では、わたしもルリでかまいません」
「分かりました。それで、キリリ姉から話は聞いています。こうして立っていられるのは、ルリのおかげです」
「……正直、驚きました。あれだけ魔動脈が酷い状態からここまで回復するとは思いませんでした」
「教えていただいた正しい循環魔力の方法で短期間で回復することができました。ただ、完治するのはまだ先になると思いますけど」
「……焦らずに確実に治してください。気になったのですが、レノは固有結界を使っていても大丈夫なのですか?」
「これは、ごく少量の魔力で使えるので大丈夫です。主に相手を逃がさないために使っていますが」
そう伝えると、ルリは周囲を気にしているようでした。
「……カイトから聞きました。確かに凄いものです……が、その反面危険なのもレノは承知の上なのでしょう」
「その通りです。この結界内ですぐ気付ける人は、そういません。ところでルリはどうしてここに?」
カイトとは、私の胸を見てきた変態おじさんの事ですね。
何の特徴のないひ弱そうな男でしたが、結界内で攻撃が通用しなかった。
あの男がルリの夫……どういう事でしょうか。
弱みを握られている訳でもなさそうです。
「……そうでした。実はお願いがあって来ました。本当はキリリさんに会いに来たのですが……レノのほうが適任のようです」
「ご存じの通り、この身体の状態でどこまで出来るか分かりませんが……それでよろしければ」
「……できるだけ誰にも知られずに、町の人たちを外に移動させてほしいのです」
「理由を聞いてもいいでしょうか」
「……他言無用でお願いします。ゾマルド大陸にいるはずの魔族がいます。闇の魔術を操り、人間を破滅へと追い込んだとされる魔族です」
「人を、破滅に……」
「……その魔族が町にいました」
小さい頃から体の弱かった私は多くの本を読み漁る時間が多く、その時に強く印象に残る本があった。一冊の古い表紙は黄ばみ痛みの酷い本に書かれていた内容。
それには、魔族の特徴は頭に角が生えている事だという。その角さえ隠すことができれば、人間と変わらない姿で上位種ともなれば空も飛べるとも書かれていた。
そして、その最大の違いが圧倒的な魔力を保有している事だった。
その力で向かって来る者には死を、服従する者は奴隷として扱われる。それは地獄のような世界だったと書かれていて、それを見た日は怖くて眠れませんでした。
「今になってどうして魔族がこの町に?」
「……それは分かりません。ですが、闇の魔術を使っていましたのは確認しました。その人物はハーシルドさんです」
「そうなるとギルドマスターのバルムも魔族という事になりますね」
「……はい。魔族が何かの目的を持っているようです」
「私は本で書かれた内容でしか魔族を知りません。ルリが本当の事を言っているのも分かります。それでも、まだ少し混乱しています。魔族が人間を支配しに……」
知らないうちに身体が震えていました。
本はギルドの書庫に保管されているとはいえ、今は魔族を知っている人がほとんどいないのが実情です。あの昔の出来事が本当だと広まれば、皆が混乱するのは目に見えます。
「……大丈夫です。わたしが必ず追い返してみせます。レノは町の人たちを全員外に連れて行って下さい」
この場にいるだけなのにルリからは神聖さを感じます。
それは神託の巫女を連想させ、神様のお言葉を授かる巫女の言葉はいつも正しい。
だから私はルリの言葉を聞いて安心できました。
「分かりました。それでは、この固有結界を使って町の人たちを南門の外に送り出します」
「……わたしとカイトがいる宿は一番最後にお願いします。それでは、後はレノにお任せします」
固有結界を解く時にルリを宿のほうに戻します。
それから私は、とウォルフ兄、キリリ姉と兄様にも事情を説明して協力してもらいました。
固有結界を使って全員を一度に送り出すのは無理なので、なるべく誰にも気付かれないように移動しながら少しずつ町の人たちを外に送り出します。
最後にルリとカイトが宿に出たのを見計らって、宿の人たちも全員外に送り出しました。 そして、しばらくして町から大きな爆発音と黒煙が上がるのが見えたのでした。




