七十二話 何故そこまで過去の言葉に縛られる
「おとなしくだと? 世間知らずな神官様は、あの世で後悔するがいい」
ハーシルドが腕を振りかざすと、黒い槍が無数に浮かび上がる。
「この闇に飲まれて消えるといい! ブラックランス!」
いくつもの黒い槍がルリに対して襲い掛かった。
動く素振りもしないから、俺は思わず声を上げた。
「避けるんだ、ルリ!」
無慈悲にも衝撃音と共に黒煙が上がり、ルリが見えなくなった。
まさか、直撃したのか?
軽く魔眼で確認しても、黒煙が邪魔して確認できない。
どうやら黒煙にも使った魔力に応じた魔力が存在するみたいだ。
深く視るにしても、まだハーシルドとバルムもいる状態でやると他が見えなくなって危険だ。
「念には念を入れておこう。ダークグラビティ!」
それは巨大な鉄球のような黒い球体がルリのいる場所に落ちた。
何かの鳴き声の様な低い唸る音を響かせながら巨大な魔術に飲まれていくルリを見ているしかなかった。
□□□□ ダナグアス視点
この我が施した術式が一瞬で破壊された。
いくら封印されている身とはいえ、そんな事が四大古竜以外であり得るものなのか。順調に魔力が集まりつつあったというのに、あの二人は何をしている。
それに種まで消えている……どういうことだ。
「どうした。ダナグアスよ」
この魔王城の城主である魔王ラズラド。
死ぬ事すら許されぬただの傀儡と我は名付けている。
竜を恐れるあまり城に閉じこもり、この魔族のみが生息するゾマルド大陸から勢力を広げようとしない。奴の狙い通りになって満足だろうが、おかげで誰にも気付かれずに我は身を潜めている。
傀儡が魔王であること自体、魔族からすれば認める事は出来ずに反発ばかり起こるがそれを実力で捻じ伏せて続けている。
ゾマラルド大陸自体に強力な魔力を発生する地盤があるため、他の大陸に比べると魔力濃度は約十倍は違う。おかげで魔力の収集は順調ではあるが、濃度が濃すぎるせいで魔道具による取集率が低い。よって、他の大陸での魔力の収集が必要になる。
おかげでガルン大陸への遠征が難航した。
何もかもが不自由だ。
四大古竜に見つかれば、今までの苦労が無駄になる。
封印されていなければ、こんな事には……。
「どうやら、術式が破壊されたようだ。人が破壊できるものではないのだが」
「まさか『竜』ではあるまいな!! だから言ったのだ! 竜に逆らってはならぬ! そしてこの魔王に逆らうことは許されぬぞ!!」
激しい黒雷が辺りに落ちる。
この我に直撃するものは全て掻き消した。
傀儡めが……せいぜい今のうちにその力を誇示しているがいい。
「魔王よ、落ち着くといい。竜が関わっていれば、もっと早くに事は終わっているはずだ。それに忘れてもらっては困るぞ……この大陸の魔力を維持できているのは誰のおかげなのか」
このゾマルド大陸の魔力が維持されているのは、この島にある火山の元となっている魔核を魔道具が活性しているためだ。そのおかげで常に高濃度の魔力が大陸全体を覆い、魔族たちが不自由なく暮らせているのだ。
「それに関しては感謝している。だがこちらも実験に協力し、駒まで貸出しているのだ。ダナグアスよ、貴様も忘れるなよ。竜に関わる事があれば、すぐに撤退してもらうという話をな!」
「フッ、魔王ラズラドともあろう者が何を恐れるのだ。何故そこまで過去の言葉に縛られる」
吹けば飛びそうな弱々しい外見とは異なり、その苛烈な怒りを纏う魔力のおかげで魔王という体裁を保っている。もはや寿命などとうに過ぎているはずがまだ生きている。恐怖という呪縛によって生きながらえているのかは知らぬが。
朽ち果てそうな顔をした傀儡が喚く。
「貴様には分からぬのだ! 幾千と死と生を繰り返し、魔法の実験台にされたのだ! その記憶がまるで今起こっているかのように、何度も蘇るのだ! あの笑い声が、あの眩い竜の輝きが!!」
傀儡の中で記憶が蘇っているのだろう。
「そして竜は言った……全ての『竜』に関わるなとな!! 関わる事があれば……ああああ!!! やめろ、やめてくれえええ!!!」
腐っても魔王と呼ばれている存在に、ここまでの恐怖を与える竜……。
憎いぞ……何故、我等を見捨てたのだ。
我等六竜が世界を一つにするのではなかったのか。
光竜ラグナノードよ。
□□□□ レノ視点
朝早くに目が覚めました。
身体を動かそうとすると全身に痛みが走る。
「……ッ! しばらくは慣れない痛み付き合わないと」
でも、魔力の流れを完全に掌握できるようになりました。
これまでの私は魔力が胸の中心で詰まっているおかげで魔術を使うのが難しい状態でした。でもそれを逆手に取り魔力が集まる胸を中心にして、強引に魔術を使う方法を選択していました。
この全身を流れる魔力で魔術を制御する感覚に慣れないと。
全身の感覚を研ぎ澄ましてマナサーチを使う。
「やっぱりみんな寝ていますよね。……え?」
あの怪盗と同じくらいの魔力を感じる反応がすぐ近くまで来ています。
まさか、ここを狙っているのでしょうか。
私は今の状態で使えるくらいの魔力量で、固有結界を展開しました。
景色は変化する。
色とりどりの花に包まれた小高い丘の上から私はその人物を確認します。
その女性は、私と同じくらいの身長で肩まで伸びた美しい髪。
ほぼ黒に近い蒼色の髪が目を引きました。
そして、同様に深い蒼色が瞳が私を見つめていました。
何だか全てを見透かされているようで少し怖くなります。
その可愛らしい顔は表情は穏やかなのに、近寄りがたい神聖な雰囲気を感じました。
「……こうして会話をするのは初めましてですね。わたしの名前はルリ。あなたはレノさんですね」
キリリ姉から聞いてた、私の命の恩人が目の前に立っています。
私の固有結界に驚きも無い様子で、周囲を確認している姿はどことなく私自身に似ているように見えました。




