六十話 今、誰が女の子って言った
ハーシルドが手のひらサイズの筒の先端を開けると、部屋に少し白い煙がこもった。
「何だ、この煙っ! ……ぐっ、これは!?」
「か、体が痺れてっ。ウォルフ、何とかしてよっ!」
あたしは立っていられずに片膝をついて、何とか倒れないように耐えた。
ウォルフですら立っていられないとか、ちょっとこれはまずいわね。
「ぐっ、無茶言うんじゃねえ!」
土下座でもしそうな態勢のウォルフにハーシルドが足で頭を踏むと、声高らかに笑った。
「はっはっは! どうしたウォルフ、いつもの威勢のよさはどこに行った?」
何度もウォルフの頭を踏みつけるハーシルドに、あたしは逆に冷静になった。ウォルフの顔は、笑っていたからだ。
あたしは、どうにかこの状況を打開する方法を考えなければいけない。
でも、魔力もほとんど残っていない。
身体が痺れていて動けない。
どうすれば……。
「動けねえヤツにしか威張れねえとか、ただのひょろガキじゃねえか! かーっ、なっさけねえ!」
「この私がガキだと? 貴様たちはもうここで死ぬんだよ!」
そう言うと、ウォルフの頭を踏むのをやめて、横から腹を蹴った。
ハーシルド程度の体型の男がウォルフを蹴った所で効くはずがないわ。
そう思っているとウォルフから押し殺すような呻き声が聞こえる。
「っぐ! うぐっ、ぐぐぐ!」
「どうした、ウォルフ! 私をガキと言っておいてそのザマか!」
あの蹴り、見た目以上に強力だってこと?
ウォルフがあの程度の蹴りで呻くはずがない。
だとすると、早く何とかしてやらないと。
「ハーシルド! あんたはそうやって身動き取れない相手にしか強く出られないの? はっ、まるで子供ね!」
「何だと? この私が子供?」
ハーシルドの蹴りが止まると、あたしを蔑む視線で見てくる。
「そうよ、それにどうしてあたしたちにいつも嫌がらせするの? 恨まれるような事をした記憶はないわ!」
「それは知るはずないだろう。元々、貴様たちは生きているはずがなかった。何度も刺客は送ったが失敗に終わったからな!」
「それって、まさか護衛の事? それとも監視の事?」
「S級レルグルを監視役に置いて、貴様たちの護衛している馬車を襲ったのさ。A級のワルデを盗賊どもの中に紛れ込ませてな!」
「くそっ、通りで盗賊の奴らが多すぎるはずだぜ! ワルデの幻術で数を増やしたんだな!」
「だが、どれも失敗した! 仕方ないから、このボクが直に手を下すことになった!」
声を荒げて強く蹴り上げるとウォルフがあたしの目の前まで転がってきて止まった。
「ぐはっ! くそっ、動けねえっ!!」
「動けるはずがないだろう。これは、『あのお方』特製の魔道具だ。貴様らのS級昇格試験を失敗させておいて正解だ。S級になれば、ギルドの保護対象になって下手に手は出せないからな。さて、最後に言いたい事はあるかい?」
昇級試験からおかしいと思ったら、そういう事だったのね。
あのギルドで厄介なあたしたちを初めから狙って、ここまでするなんて許せない。この状況を何とかしないと、本当に終わってしまう。
さっきから煽るような事をハーシルドに言ってたけど、子供とか見た目で反応しているわね。もしかしたら……何とかいけるかも。
「ハーシルドォォ! てめぇは絶対に地獄に送ってやる!」
「ハーシルド、あなた本当に最後まで情けないヤツね。そんな、女の子みたいな綺麗な顔しているのに、やることは最低最悪ね! まだウォルフのほうが男らしいわ!」
「このボクが女の子みたいだと? はっはっは! これは面白い! そこに這いつくばっているウォルフが男らしいだと? こいつのほうがよっぽど女の子じゃないか!」
やった、思った通りハーシルドは引っかかった。
すると、ウォルフが静かに問いかける。
「おい。今、誰が女の子って言った」
「聞こえなかったのか? 女の子とはウォルフ、貴様の事だ」
ウォルフの身体からミシミシと音が聞こえてた。
さっきまでとは違って表情が消えている。
ハーシルドはウォルフの逆鱗に触れてしまったのだ。
「俺は……俺はっ!! 女の子じゃねえええええ!!」
ウォルフが叫んだ瞬間、あたしの身体の痺れが吹き飛んだ。
当然、ウォルフは最初から痺れがなかったかのように立ち上がった。
「な、何だコイツは!? 魔道具を使ったんだぞ? 動けるはずがないだろう!」
「ゴチャゴチャとうるせぇ野郎だ!」
ウォルフは一歩足を踏み出すと、ハーシルドに向き合い巨体を大きく捻った。
ミシミシと筋肉が擦れ合うような音が、あたしの耳にまで聞こえてくる。
握りしめた拳からも音が聞こえて、これが当たったら一体どうなるんだろう。
「そんな溜めた攻撃が当たる訳が……」
ハーシルドが動こうとしているのか、止まったままだった。
まさか、さっきの麻痺がハーシルドに?
「う、動けない? お、おい、やめろっ! やめれば今なら……」
「今なら何だ? 俺はもう許せねえんだよ!!」
―――ドガッッッッッッ!!
巨大な拳がうなりを上げて、ハーシルドの顔面に当たった瞬間勢いよく飛んで行った。
「ぐああああああ!!」
何度も地面に叩き付けられるような音だけが遠ざかっていく。
あんなのでも、さすがはS級ね。あれでまだ声を上げていらるのが凄いわ。
「くそっ、手ごたえはあったんだけどな。いくぞ、キリリ」
「うん。手加減したんじゃないの?」
「するワケねえだろ。殺すつもりで殴ったぜ。S級だからとかじゃねえ、何か変なんだ。キリリも気を付けろよ」
壊れた柵や抉ったような跡の残る道を見ながら、あたしたちはハーシルドを追いかけたのだった。
病に倒れた作中の神様が「もう六十話じゃ、そろそろ……」と
部屋の片隅で丸まっていて大変なので、面白かったら評価をお願いします。




