五十七話 もう安否の確認は終わっただろう
流れるような声の響きに気が付いたらエルの詠唱が終わっていた。
「今頃気づいてももう遅い! セフィロト・プリズン!」
ルリが寸前で後ろに飛び退くが、地面から膨大な数の木々が生える。
その範囲は広く、ルリがいる場所すべてを覆いつくす。
その生えてきた木々が一つの大樹となり、その中にルリが埋もれて見えなくなってしまった。
「な、何をするんだ! エル!」
「ルリを捕らえているだけだ。もう安否の確認は終わっただろう。ならば、ここを出ていく者はバロン様に認められた者だけだ」
「どうしてですか!」
「私が認めた者かバロン様が認めた者でない限りは、ここから出る事を認められない。この件に無関係である者がこの場所を口外しないと言い切れないだろう」
「ルリはそんな事はしないと約束できます!」
「ここは私がバロン様に任された場所だ。その判断は私にある。この魔法に捕らえられたまま、抜け出すこともできない者を信じることはできない」
「だ、だとしても、ルリをあの大樹の中に閉じ込めることするなんて!」
土から迫り上がって来た木々が絡まりあっただけなのに、ルリを捕らえて巨大な大樹が立っている。
樹木の神霊と同じくらいの大きな大樹に圧倒される。
「見た目は大樹だが中で過ごせるようにはなっている。カイトが手を出せば、その時点でここに残ってもらうことになる」
俺がマナ・ボールを二つ出したのを察してか、エルはそう言った。
「ぐっ、見ているしかないのか」
「出られなければ、それで仕方ない。ルリには……」
言葉を言い終わる前に、縦に赤い線が走り大樹が左右に裂けて消えていく。
裂け目から炎が燃え上がり、ルリがゆっくりと降りてきた。
それはまるで、炎の翼を広げた不死鳥のような光景だった。
「ルリ! 大丈夫だった?
「……大丈夫です。単純に閉じ込められていました。中は意外と快適で落ち着きますよ」
そう言うと俺に笑顔を向けた。
ルリなりの冗談に、俺も思わず笑みを返す。
「それなら良かったよ。ルリも一緒に出てもいいですよね?」
俺はエルに向き直って言う。
黙ったままルリを見ているけど独り言のように呟いた。
「その力は火竜イルグス様……か。古竜の加護を受けし者に、残れとは言えないだろう」
「……この力が分かるのですか?」
「バロン様の力の一端に触れているのだ。それくらいは分かる。加護を受けてはいるが、仕えている訳でもないのだな」
「……はい。授かったのは……彼女の過去を見たからでしょう」
「ルリは二つの魂の器か。本来であればあり得ない状態なのだが、それは大丈夫なのか?」
「……」
ルリは何も答えずに黙っていた。
表情を変えることもなく、ただじっとエルを見返していた。
「よい。それでは解くか」
そういうと、さっきの家があった場所に戻る。
「あれ、戻って来た。移動したのか」
「ただの『結界』だ。カイトはマナを扱える者なのに、そんな事でいちいち驚くな」
そんな事言われても、急に景色が変わったら驚くよなぁ。
魔法を使うのは何だか難しそうだ。
簡単な魔術も使えないんだからしょうがないか。
「お、戻って来たか。急にいなくなったからよ、念のためにみんな家に入れておいたぜ」
ガレイムがこっちに走ってくるとそう言った。
「ご苦労だったな。それを森の結界内でもできていればな」
「そりゃ、申し訳なかったな。エルドラ・エルフィード様」
このままだとまた喧嘩が始まりそうだったので、とりあえずはこの森を出ようか。皆の安全は確認できたからね。
「それじゃ、俺たちはこれで帰りますけど、いいですか?」
「いや、待て。そういえば、バロン様から受けた依頼があったのだが、結局何もわからなかったのでな」
「さすがのエルドラ・エルフィード様でも、分からない事があるなんてねー」
「貴様はいちいち気に障る。もう声を出すなガレイム」
そう言った途端にガレイムの声が消えた。
何か必死に叫んでいるようだけど、何も聞こえなくなった。
「ガレイムの声が聞こえなくなったのは、魔法ですか?」
「うるさいから黙ってもらった。それでだ、バロン様に『術式』について調べる様に承ったのだが、分からなかったのだ」
「それは、俺もバロンから聞きました。どこかに『術式』があるって話なんですけど……」
「町のどこかに必ずあるはずなのだが、見つけられなかったのだ。あの町全体に効果を及ぼす大規模な範囲ならば、術式もそれに相当する大きさが必要なのだ」
「だとしたら、土の中とか?」
「ありえなくはないが、おそらくは無理だ。それに土の中に術式を作るという事は、更に面倒な工程が必要になる。それには術式を作る者の血が必要なのだ。この街全体にかかるほどの術式を作るのにどれだけの大量の血が必要になるのか」
「な、なるほど。それだと確かに無理ですね」
「……血の他にも魔力を媒体とする魔石を使う事もできますが、かなり大きい魔石を使わなければなりません」
「それってどれくらいの大きさなの?」
「……そうですね。人の頭程度の大きさは必要です。それは、ドラゴンクラスの魔物でないと入手できないものです」
「術式ってもしかして円形の中央にその大きい魔石を使ったりする?」
「……はい。円の内周に沿って術式を刻み、魔石を中央に置くことでその術式の力を何倍にも高めることができます」
「そうだ、外壁だ! 俺、見たんだよ! この町を初めてみた時に、この外壁って強化の為に壁に特別な処理をしているんだなって、思ったんだ!」
「……わたしには、外壁に術式があるのは分かりませんでした」
「それは私も同じだ。それが分かっていれば、すぐに報告している。それにバロン様自身が見つけているだろう」
二人とも信じていないような口ぶりに、俺は少し声を落として言った。
「え、いや、本当に見たんだけど……」
「私は疑っていないぞ。カイトはバロン様に選ばれているのだ。そうムキになるな」
「……ごめんなさい。別に疑っている訳ではありません。カイトが言うのであれば本当なので納得しています。わたしでも認識できないような偽装を施す術式……」
ルリも申し訳なさそうに俺に頭を下げてから、少し考えるように言った。
「……私が思ったのは、お城でも城壁に対してそのような処理を施すのは稀です。何故なら外壁に加工を施すよりも魔法で全体を覆うほうが費用面で安価だからです」
「ルリの言う通りだ。費用の問題もあるが、加工も難しくそこまでできる技師は数少ない。つまりだ、私もルリもこう考えている。これほどの手間のかかる工程を行った実力者がいる事。そして、ここまでできる者がなぜコソコソと隠れて行っているのかという点だ」
「……その通りです。このような手間をかけるならば、いっそのこと町を制圧したほうが早いのです。そこだけが引っかかります」
「もしくは、その機会を狙っているか。いずれにしても、近い内に何かあるかもしれないな。まあ、私には関係ない事ではあるが……」
少しの間、俺とルリを見て黙っていると、エルはエルフ語でこう言った。
『困った事があれば、可能な支援ならば対応を約束しよう』
ガレイムは怒ったように何か言ってはいたけど、エルに魔法で声を消されて何を言ってるのか分からないままだった。




