五十四話 それはお前たちが勝手にこの森の結界に入って来たからだ
ガレイムの声が聞こえる。
近いのは分かるんだけど、どこにいるのか分からない。
魔眼では、この森自体の魔力によって先が見通せない。
うまい具合に妨害されているんだよなぁ。
深く視ないと駄目かと考えた時、ルリが俺に言う。
「……カイト、こっちです」
ルリが走ると木々で行き止まりの場所を迷いなく進み、すり抜けていった。
「こんな行き止まりなのに通れるのか」
続いて追いかけて行くと、そこには桁外れに巨大な樹木があった。
ガレイムが大木に向かって行くけど、樹木から伸びている枝に吹き飛ばされる。
両手には銀色に光る双剣を手にしていた。
「くっそおおおお!」
叫び声はガレイムのこの声だったのか。
巨大な樹木から伸びてくる大小様々な枝による攻撃を器用にかわしてはいるけど、何度か攻撃を受けてしまっている。力任せに枝を斬りつけて弾くのが精一杯のように見えた。
「そ、それにしても……この大木、でかすぎないか? 小さい山みたいなもんだよ」
攻撃してきている枝ばかりに気を取られていたけど、登頂付近に顔っぽいのが見えた。丸くくり抜いたような空洞に赤く光る眼と強引に剥がして裂けたような口があった。なるほど、一応こっちの様子は見えてる訳だ。
「……これは樹木の精霊ですが……こんなに大きな個体は知識にありません」
「だとすると、変異種ってやつなのかな。どう考えてもでかすぎるし」
「……変異種も考えられますね。本来であれば森を管理している『エルフの村の番人』なのです。けれど、森の結界の外にいる樹木の精霊は、枯れ木や腐葉土を食べる魔物です。人間の視点から見ればただの魔物でしかありません」
「エルフ側で見ると番人、人間側から見ると魔物か」
「……はい。そういう事になります」
「というか、エルフなんているんだね!」
「……エルフはあまり人間と関わる事はありません。残念ですが、人間を嫌っているのです。それにしても、この巨大な樹木の精霊はエルフが扱っているとしか思えません」
俺とルリが話している間にもガレイムは何度も大きな枝に払われて飛ばされている。威力重視で大振りで斬りつけに行っているみたいだけど、まったく効いていないし、それで枝に当たっている事が多い。
さすがに、まずいと思って魔眼で視ているけど、何だろうこれは。
樹木本体から巨大な枝まで、全体に魔力が一点に集まっている所が無数にあった。こんなに魔力の集約している場所があるって事は、これ自体はおそらく弱点なんだろうけど、全てを壊すのは難しい。
「魔力の集約している場所が沢山ありすぎて、どれに攻撃すればいいんだろ」
「……私も視ましたが、これでは一つ二つ狙ったところで意味がありません」
「それに何だろう。これを倒していいのかな?」
「……倒さないと先には進めそうにありません。カイトは違う様に感じるのですか?」
「説明しにくいんだけど、コイツはこの森と同じ魔力を感じるんだ。レノと戦った時もこんな感じだったから」
「……まったく別の場所で戦うことになった……そういう話でしたね。それが同じものだとすると、倒してしまった場合はどうなるのか分かりません。カイトは母様に助けられたおかげで何事もなかったのです」
ガレイムは攻撃してくる巨大な枝に乗りつつ、本体に攻撃している。だけど、枝に乗った時点で足元が不安定になって、別の枝に叩かれて落ちるのを何度か繰り返していた。
いくらガレイムでも、このままだと身が持たないだろう。
「無暗に突進してもダメだガレイム! その樹木の精霊は何かおかしい! 一旦引いて、対策を考えよう」
俺が話しかけている間もずっと叩き飛ばされていたのに、それでも止めないのは戦闘狂を超えてもはや狂気にしか見えない。
正直、怖いです。
「無暗だ、引けだぁ!? クックック……ハッハッハ! 楽しくて仕方がねえ! ここまできて、やめられっかよ!!」
ガレイムが狂ったように樹木の精霊に突進する。
また枝に叩かれて落とされるかと思いきや、何とか肩で受けたり踏みつけたりして回避している。
いや、回避しているというよりもこれは……。
「あれ、何か枝の攻撃が雑になってない?」
「……雑でしょうか? ガレイムさんの動きが良くなっているように見えます」
ルリは樹木の精霊の動きを見て確認しているようだけど、釈然としない様子だった。
動きが良くなったんじゃない。
ガレイムは樹木の精霊の攻撃がどこから来るのか把握して避けるように動けているんだよね。
それに、枝の攻撃の鋭さが途中で僅かに鈍くなっているように見える。
ルリにはそこが見えていないのか。
「こっちには全然こないね。眼中にないのかな」
「……こちらに攻撃が来ないのは、ガレイムさんの攻撃が止まらないおかげですね。……それに何だかとても楽しそうです」
楽しそう? 楽しそうな顔なのか?
その鬼気迫る表情に俺は少し恐怖を覚えた。
だって、こんなに何度も何度もやられて、速度も衰えずに何度も突っ込まれたら正直怖いよ。俺だったら腰が抜けるかもしれない。
全ての攻撃を引き受けるように、叩き落されようがお構いなしに突進するガレイム。確かにあんな無茶苦茶に攻撃をされていたら、こっちなんて構ってられないか。
「ハッハッハ! 残念だけどよ、もう終わりだぜ!」
樹木の精霊が巨大な枝でガレイムに向けて大振りな攻撃をすると地面が揺れるような衝撃が走った。それを難なく避けると弓が放たれたような勢いで枝に乗って、本体に向かってガレイムは駆けて行く。
「ルリ!」
俺の声でルリはガレイムの後を追う様に走ろうとするが、止まった。
見ればガレイムは襲い掛かってくる枝を全て斬り落としていた。
さっきまでは受けるのがやっとの様子だったのに、どうなっているんだ。
ルリを見ると、答えてくれた。
「……カイトが言ってた攻撃が雑になっている……そういう事だったのですね。ガレイムさんは、出鱈目な攻撃をしていたのでありません。そのように見せかけて枝の魔力が集約してる部分を斬っていたのです」
「それで攻撃を弱らせながら、狙っていたってことか」
あんな狂ったように適当に突っ込んでいるだけにしか見えなかったのに、計算ずくだったんだ。おまけに楽しそうにしているなんて戦闘狂って怖いな。
「オラオラ! 来られるのが嫌なんだろ! 必死すぎて、バレバレだぜ!」
ガレイムが乗っている巨大な枝が波打つ様に動いても、止まる事もなく走っている。襲い掛かってくる枝を斬り落としながら、ようやく登頂らしき部分まで飛び移ると樹木の精霊の顔の近くに降り立った。
ガレイムは双剣を逆手に持ち、振り上げて叫んだ。
「ここがよ! 一番臭ってたぜ!」
赤く光る樹木の精霊の目に向けて振り下ろされた双剣がピタッと止まる。
この場の全体に広がるような声が聞こえたからだ。
『人間よ、待ってくれ! その樹木の精霊を倒しては駄目だ!』
ガレイムが苛立った声で吐き捨てた。
「邪魔するんじゃねえ!」
『邪魔もするさ。それを倒せば、この森の結界がどうなるか保証はできない。無論、子供たちもな』
「いきなり攻撃してきて、何を言ってやがる! クソッ、シラけたぜ」
ガレイムは武器を収めると、俺たちのいる場所まで戻って来た。
樹木の精霊は完全に動きを止めて、沈黙している。
『それはお前たちが勝手にこの森の結界に入って来たからだ。入り口はバロン様が隠していたはずだ。どうやってここに入った?』
任せたと手をヒラヒラさせて、やる気なさそうにするガレイム。
俺に任せたって事だよね。
まあ、でもそうしたほうが早いか。
「バロンから依頼を受けました。俺はカイト、隣は妻のルリ。そして、今攻撃していたのがガレイムです」
『ただの粗暴な人間かと思ったのだが、会話ができる人間もいるようだな』
樹木の精霊が消えると、そこにはルリよりも背の丈が低い……小学生くらいの背丈のエルフが現れたのだった。




