三十九話 ワシの名はオグ・ベルナード、ただのお節介なジジイだ
わたしは、その視線を受けて答えました。
「……それはできません。わたしはカイトと合流しなければなりません」
「今の話を聞いても去る気はないと」
「……オグ爺さんは、恐れているのですよね。その力をもった人が不要な混乱をもたらすと。けれど、全てがそうとは限らないと思います」
「ワシの見た限りではそうだった。なぜそうでないと言える?」
オグ爺さんは、右肩から腕にかけて魔力の乱れが見えます。おそらく何かしらの傷を負ったのでしょう。他にも色々ありますけど本当に……身体中が悲鳴を上げているように見えます。先ほどのボロボロという言葉が、本当に偽りのない言葉だと分かります。
大きな力は別に悪い事ではありません。
守るにしても力は必要です。方向を間違えなければ、毒も薬になるのです。
わたしは立ち上がって、オグ爺さんの前に立ちます。
「どうした? ワシを力ずくで押さえるつもりか?」
周りの冒険者の人達も軽く見ただけでも、怪我をしている人が多いです。表情からは疲労や不安、焦りのようなものを感じます。
「確かに、大きな力は不要な混乱をもたらすかもしれません。けれど、その力は抑止力にもなるのです。人を救う事にも力は必要だと、わたしはそう思っています」
オグ爺さんの額に手を当てると、ビクッとしました。
わたしは安心させるために言いました。
「……大丈夫です。楽にしてください」
「楽にだと」
手を当てた額から、より詳しいオグ爺さんの状態が分かります。
後頭部に打撲、腰や左足に裂傷……思った以上に酷いですね。
「……彼の者の傷を癒し、その光であるべき姿に戻せ……リカバー!」
柔らかい薄く広がる光がオグ爺さんを包み込みます。
回復魔術は単純にかければ相手の傷は回復します。
でも、それは効率の悪いやり方です。
回復する個所を見定めてから、魔術を使う事が効率よく回復する方法なのです。無駄も無く、かつ素早く回復できます。
オグ爺さんを包む光は一瞬で消ました。
回復が失敗したのかと思いましたが、確認すると成功しています。
わたしの予想を超える速さで回復しています……これは受けた加護のおかげでしょうか。
「お、おおっ……何だこれは……。こんな事、こんな事がっ」
オグ爺さんの閉じられていた左目が開いていました。
全身が震えているのが見て分かります。
特に手が力が入っているようで、力強く震えています。
回復の力が足りなかったからでしょうか。
わたしは心配になってオグ爺さんに声をかけます。
「……回復は成功していると思います。その震えは……まだどこかおかしなところがあるのですか?」
「全部がおかしい。たったの一瞬で見えなかった目が見える。右肩や足の腱まで力が入る。神官とかのレベルじゃない」
ウォルフさんがオグ爺さんの肩を叩きながら言いました。
「ルリの回復魔術はすげぇだろ? 俺も死にかけたけどよ、元気になったぜ!」
オグ爺さんはキリリさんを見ました。
「あ、あたしも詳しくは分からないのよ。ウォルフの時は助かって安心して気にならなかったけど……こんな回復って」
「ルリよ、図々しいのは重々承知の上で頼む。このギルド内にいる皆にも回復できんか? ワシと同じとは言わん、骨折程度くらいの回復をしてやってほしいのだ」
その表情には変化はありません。
けれど、目は懇願するように訴えています。
「……オグ爺さんは皆が心配なのですね」
「オグ爺はよ、心配性だからな。俺達が入りたての新人の頃から世話になっているからよ。俺からも頼むわ、ルリ!」
「あたしからもお願い。だって、こんな覇気のかけらもないジメっとした雰囲気じゃ成功する依頼だって失敗するわよ」
ウォルフさんとキリリさんも後押しするように言います。
回復魔術を必要としているこの状況は……。
冷静に考えると魔術で回復する人員がいないことになります。
そして、神官に依頼をしても金額の問題で回復が依頼できない。
冒険者ギルドであれば回復の人員は確保しておくと思うのですが……。
「……回復する事に問題はありません。ただ一つだけ聞かせてください。この冒険者ギルドには回復できる人はいないのでしょうか」
するとオグ爺さんが答えます。
「ギルドマスターが変わってから、この有り様だ。回復できるやつはおらんし、神官との契約は多額の寄付金が必要だ。それに依頼の半分近い失敗、重傷者の増加、回復の手段は薬草くらいしかないのだが……」
「見ての通り、依頼の失敗が多くて回復薬も薬草も在庫が尽きてしまったのよ。だから、みんな自力で回復をしないといけない。ウォルフくらいの体力バカならそれでも大丈夫だけど、そんなヤツはほとんどいないの」
「そうなんだよな。どういうワケか良くない事ばかりあってよ。八方塞がりってやつなんだよな」
ウォルフさんとキリリさんも困った表情で答えます。
それぞれの話を聞いた中で、疑問に思ったのは依頼の失敗です。
そもそも依頼さえ失敗していなければ怪我人がここまで増える事もなかったはずです。
そして、回復薬や薬草の在庫も尽きる事もなかった。
わたしはオグ爺さんに聞きました。
「依頼の失敗の原因とは何だったのでしょうか?」
「行動中の動きが止まってしまうのだ」
「……それはどんな時でしょうか?」
「主に戦闘の時が多い。攻撃を回避する時だけではなく、通常の攻撃や魔術を使う寸前で止められたりな。運が悪いヤツは全滅とかザラだ。ここの全員がそれで疲弊している」
「……それでは討伐系はやりにくいですね」
「採取にしても慎重にならなければならん」
「……本当に不意に動きが止まってしまうのですか? 今の話だと見える範囲で何者かが魔術を使ったように思えます」
「いや、少なくとも人は確認できていない。わざわざ冒険者ギルドに敵対する奴などおらんだろう。うーむ……そういえば、かすかにだが何かの遠吠えが聞こえたような気が……」
遠吠え……これに該当するのは狼。
カイトが言っていたグレイウルフ……もちろん通常のであれば取るに足らない存在でしょう。でも、あのカイトの怯え方は普通のグレイウルフではないというのはわたしの中では確信しています。
ともすれば、変異種。
母様が可能であれば討伐するようにとおっしゃいました。
この近辺にいるのでしょうか……だとしても、この情報だけでは場所は分かりません。
「……わたしの推測では原因はグレイウルフ変異種にあると思います」
「グレイウルフ変異種だと? そんな姿すら見かけておらんが」
「……相当賢い変異種です。方法は分かりませんが、冒険者を狙って動きを止める何かをしているのでしょう」
ウォルフさんが納得したように頷いてました。
「そういや、確かにおっさん……、あ、いや悪い。カイトがワンコロに殺されそうになったとか言ってたよな。それが変異種って話なら納得だな」
「変異種ならありえるかもね。そうは言っても、あたしも変異種にお目にかかった事はないのよね。話で聞くくらいで」
キリリさんも知らないと頭を振った。
「ここだけの話だぞ。変異種はお前たちがお目にかかる前にS級の冒険者に倒される。その前に目撃情報は必ずあるはずだがな。そう考えるとルリの言う通り、未だに生きているというのは賢い変異種なんだろう」
オグ爺さんはそう言うとわたしを見て頷きます。
変異種と考えて問題ないという事でしょう。
「……ウォルフさん達の件が終わったら、変異種を探してみます。……その前にここのギルド内にいる全員を回復します」
ここに怪我をしている人は全て集まっていません。
ギルドにいる人達だけ回復しても、他の方も治す事になるでしょう。
それならば……。
わたしは胸の前に手を組み、母様に言葉を送ります。
『……母様、回復魔法の使用許可をお願い致します』
『許可するのじゃ。これ以降、魔法使う場合はルリ自身が良く考えた上で使用するが良い。魔法が何故使われなくなったのか、その身を以って理解するのじゃ』
『……母様、ありがとうございます』
母様からいただいた知識の中から最適な魔法を選択します。
適度な回復で広域のもの……それに加えていくつかの効果を追加。
「……大いなる癒しの光よ、この町を包み留まれ! イドグラン・ヒール!」
突然、全身から魔力を吸い取られるような感覚。
これでは私の中にある魔力が全て消えてしまいます。
吸い取られる魔力を一点に集中させて、必要な量を細く少しずつ流すように調整する。
魔術は決められた量の魔力が適切に消費されるため、意識する必要がありませんが……魔法は思った以上に減っていく魔力の量を調節しないと全て持っていかれてしまいます。
魔法による魔力の確保が終わりました。
次に回復を行うための範囲の固定化を行います。
安定しない範囲を徐々に引き延ばしていき、町全体を包むように広げました。
そして、対象をどのくらい回復させるかを決めます。
オグ爺さんにした回復まですると、今の魔力では足りないので骨折程度までは回復する量に調節します。
最後に持続する期間と、更に回復を受けた人に加護を付与します。
魔法は発動までの手順の経過時間がありません。
代わりに手続きの多さと、その工程で一つでも失敗すれば魔法は発動しないため難易度の次元が違うと言われる所以なのです。
少し手探りになりましたが、魔法が成功しました。
わたしを中心に魔方陣が徐々に広がり、町全体まで広がると消えました。
わたしの思うよりも魔法の魔力の消費量が大きくて、少しだけ頭がフラつきました。身体も重たく感じますが大丈夫みたいですね。
「今のは……成功したのか?」
オグ爺さんが心配そうに聞いてきました。
わたしは安心させるように答えます。
「……はい。皆さんを見てください」
気怠そうに座っていた人、依頼ボードに集まっていた人、気落ちした表情で事務をしていた人の顔が驚きの表情に変わっていきました。
「な、何だこれ!? 痛みが、痛みが消えていくぞ!」
「おいおい、俺なんか折れていた腕が痛くないぞ!」
「私は傷が消えてる! 何これ、どうなんってんの?」
急に回復した身体を確かめるように、皆が動かしたりして確認しています。
「……この町全体で、三日間は徐々に回復するようにしました。外で身体が動かなくなる事があると、そういう話でしたので無効にする加護も付与しましたのでもう大丈夫ですよ」
オグ爺さんは、注目を集めるために頭の上で手を叩きました。
「おい、ガキ共!! ここにいるルリが、魔術で全員を回復してくれた! 三日間、町に戻れば勝手に回復してくれる! おまけに、あの厄介な動きが止まるやつも無効にしてくれるそうだ! さっさとたまってる依頼をこなしてこい!!」
「「「おおおおおお!!!!」」」
オグ爺さんの声で、歓声が上がりました。
その内容に疑問を持つ人は一人もいませんでした。
一目散に外に駆け出して行く人。
喜び、飛び跳ねながらお礼を言いながら外に走る人。
雄たけびを上げて、お礼を言って外に行く人。
わたしの目の前で少し困った人達もいました。
土下座して額を床にこすりながらお礼を言う人と泣きながら拝む人です。
その人達は、オグ爺さんに蹴っ飛ばされて「いいからさっさと行け!」と言われていました。
皆がわたしにお礼を言いながら、外に出て行きます。
皆が皆「ルリ様、ありがとう!」と言いました。
どうしてルリ様だったのでしょうか。
「すげえ魔術を使ったな、ルリ! さすがにここまでとは思わなかったぜ!」
「すげえとかそんなレベルの話じゃないわ。こんな魔術は無いわよ。固有魔術としか考えられない」
ウォルフさんは興奮したように言い、キリリさんは驚いていました。
「……今のは魔法です。固有魔術とは元々魔法と言われていたのです」
「そうだったのね。でも、魔法って定義があったのにどうして固有魔術になったのかしらね」
キリリさんが考えているところにウォルフさんがその肩をポンと叩きました。
「そんなのよ、どっちでも同じだろ。ルリのおかげでジメジメした暗い雰囲気も吹っ飛んだんだしよ!」
「そうだけど! もーっ、アンタはどうして考える邪魔すんの!」
怒ったキリリさんにウォルフさんが蹴られていました。
二人は相変わらず仲が良いです。
わたしもあんな風にカイトと仲良くできるのでしょうか。
そこにオグ爺さんが、ウォルフさんとキリリさんの首をつかんで、わたしに向かってお辞儀させました。
オグ爺さん自身も頭を下げています。
「心から感謝する……ありがとうルリ。このウォルフとキリリまで命を救ってもらい、ギルド……いや、町全体を回復する『とんでもない』事までやってのけた」
わたしは頷くとオグ爺さんに答えます。
「……母様から授かったこの力は、人を助けるための力だと思っています。わたしはまだまだ未熟ですから、間違ったところがあれば教えていただけると助かります。頭を上げてください」
オグ爺さんは頭を上げると姿勢を正し、胸を張り言いました。
「そういえば、まだ言ってなかったな。ワシの名はオグ・ベルナード、ただのお節介なジジイだ。今はギルドのガキ共のケツを引っぱたいている。六十五でもまだ現役を退くつもりはない。オグでもオグ爺でも好きに呼ぶといい」
ベルナード……母様から頂いた知識の中に、その名がありました。
そして、どうしてここにいるのかという疑問を抱きました。




