三十五話 この件は少し荷が重いかもしれないよ
「君達の話は聞かせてもらっていたよ」
「はぁ? 盗み聞きする義賊が世界を憂うだ? どれだけ上からなんだよ」
ガレイムが文句を言いながら掴まれた手を外そうとしているけど、まったく動く様子が見られない。普通に握っているように見えるけど、手に相当魔力が集まっているよ。あれだと外すのは難しいだろうなぁ。
「はははっ、これは手厳しい。だが、少なくとも私に救われている人々は喜んでいるんだがね」
「はっ! 結局盗んだ金だろうが」
「盗んだとは人聞きの悪い。私はね、あるべき場所にお金を戻したに過ぎない。バレなければ何をしてもいいという悪党がいるのでね」
言っている事は分かる。
だけどそれは本来なら、証拠を提示して法に任せるべきだと思うけど……、この世界には法律があるかも分からない。
「よく分からねえけど、まるで自分が正しいみたいじゃないか」
「正しいと思っていなければ、こんな事をしたりはしないよ」
ガレイムが掴まれていないほうの手で、バロンに攻撃するけど簡単に取られてしまう。
まあ、当たる訳がないよね。
それにしても、この人は自分の正義のために行動しているのは分かったけど、それってどうなんだろう。
悪いとも言い切れないと思っている自分もいる。
「だからって、そんな勝手に盗むのは良くないと思いますよ」
「ああ、それは分かっているよ。だから、できる限り証拠をそろえて身ぐるみ剥ぐくらいにしている。あとは衛兵なりそれなりの身分がある秩序を守る者に引き渡している」
証拠も押さえているのか。
間違いなく事を起こしている……自分は正しいと。
それがこの世界で問題がないかどうかなんだけど……。
「くそっ! おい、手を離せって!!」
言われてあっさりと、バロンはガレイムの両手を離す。
そして自分の肩に手をおいて服を脱ぎ捨てるように腕を振ると、一人の怪盗の姿があった。
そこには黒のシルクハットにタキシードと片メガネをした緑色の髪の男がいた。
爽やかな顔を顔した歳は三十くらい。
手にはステッキのような黒い棒状のものを手にしている。
この世界ってイケメンしかいないんですか。
「殺されないだけ、ありがたく思って欲しいくらいなのだが?」
急に姿ががらりと変わって、ものすごい威圧がバロンから飛んで来た。
ガレイムが一瞬だけ怯んだけど、歯を食いしばって耐えていた。
これはバロンの挑発だ。威圧は変に魔力が込められている。
少しでも気を抜けば、意識が持っていかれてしまうやつだ。
俺は循環魔力で全身に魔力を行き渡らせていたおかげで、ちょっと押されるような感じだけで済んだけれど、ガレイムは苦しそうだった。
「殺されないだけって、この世界には法律はないんですか?」
「貴族に有利な腐った審問官しか私は見た事がないな。とても機能しているとは言い難い。君はカイトと言ったか。何がそんなに不満なのかね?」
「どんな理由があっても、機関があるのならそれに任せるべきだと思ったんですけど……今の話だとあまり意味がないようですね」
バロンの魔力による威圧が止まった。
何か考えるように俺をじっと見ている。
「ふむ。私を非難しないのかね?」
「機能しないものに頼っても、仕方ないですからね。機関が正常でない時点で相当根が腐っていそうだし、バロンさんが弱い人のために動いているならそれでいいと思いました」
「私が嘘を言っているかもしれないよ?」
「威圧までして嘘を付く意味は無いと思いますよ」
バロンは口の端を吊り上げるようにして笑う。
「私に似た者が捕まり、誤って牢に入ったものだから助けに来たのだが……どうやら正解だったようだ。驚くべき事に君は、私の威圧にも耐える魔力もある。ならば、ここは任せたほうがよさそうだが……」
「ま、任せるってバロンさんは、俺に何をさせようとしているんですか?」
「バロンで良いよ。ここでは、正体がバレないようにおっさんに変装していたのだがね。カイトと……そこのガレイムにも頼みたいことがある」
ガレイムは気絶しないで耐えきったようだったけど、バロンの事をまだ睨んでいた。突然あんな魔力の威圧を当てられて、はいそうですかとはいかないか。
「怪盗バロンがどういうヤツなのかは、今の話を聞いて大体わかった。だが、一つ納得いかねえ事がある。連れ去った子供達はどこにいる! どうして俺の妹を何度も連れ去ろうとする!」
「その質問に答えても良いが、それを聞いたら、君達でこの件は解決してもらう事になるけど、それでも良いのかね?」
「頼み事のほうだとどうなるんですか?」
「無論、頼み事だからね。主に私が動くことになるだろうね」
「それはどういう頼み事ですか?」
「頼みごとのほうは簡単だよ。ガレイムの妹のレノをある場所に連れて行ってもらいたい。私では彼女を連れ去ることができないんだ。私の魔力に敏感に反応して、近寄らせてもらえない。連れ去るために本気を出せば、ギルドマスターにバレてしまうからね。あの年で信じられないくらいに大きな魔力と、上級魔術をいとも簡単に扱う熟練した魔術……確かに彼女は大魔術使いだよ」
何故かガレイムは気を良くしたような表情をしている。
妹のレノが大魔術使いだとバロンが言ったからだと思うけど、チョロすぎじゃないの。
「そうだよ、レノは大魔術使いだ。分かってるじゃねーかよ。で、連れ去った子供達の居場所はどこだ?」
「いいのかね? この件は少し荷が重いかもしれないよ。私としては君達に頑張ってもらいたいところだけどね」
「どこぞの怪盗に任せておけるかよ! なあ、おっさん?」
俺のほうを見てガレイムは言うけど、絶対に反対したい。
だって、バロンが荷が重いとわざわざ忠告してくれているのに、わざわざ自分たちでやる必要は無いと思うんだけど。
「ちょっと待ってよ、バロンだって荷が重いって言ってるんだし……」
「自分の住んでいる町くらい自分で守りたいんだよ、おっさんも手伝ってくれよ」
ガレイムの言いたいことは分かる。
自分の住んでいる町を他人であるバロンに任せるのが嫌だって事は。
俺の視た感じではバロンは相当強い。
任せておけば安心だとは思うけど、バロンも言っていたけど出来れば俺達に頑張ってもらいたいと。
ルリがここにいたら、すぐに頷いて引き受けるんだろうな……。
後で話した時に「どうして引き受けなかったのですか」って聞かれて、理由を話せば納得してくれるんだろうけど……本当にそれでいいのか?
「なあ、おっさんどうしたんだよ?」
「分かりました。俺達でこの件は引き受けます」
自然と口から、引き受けるという単語が出てきていた。
いつもだったら絶対に引き受けないであろう依頼を。
自分でもよく分からないけど、引き受けるという選択をしていた。
「分かった。君達になら、この件を任せても大丈夫だろう」
薄暗い地下牢の中、小さな光球の明かりに怪盗バロンの巨大な影が大きく揺らいだ。まるで依頼を受けた二人を誉め称えるように。




