二十四話 我が記憶に刻もう。フォーレリア、その名を友として
「ああっ! 神様……そんな畏れ多い!」
もう二度と聞くことはできないと思われた声に、私は感動してしまいました。
私は両手を重ねて祈ります。
そのお言葉を一片も逃さないように集中します。
「そう畏まらぬともよい。今、話しかけておるが……さて、何から話せば良いかの」
「……何なりと、お申しつけ下さい!!」
「まず、一つ言っておかねばならぬ。フォーレリアよ、お主はこれから死ぬ事となる。これはもはや避ける事ができぬ……すまぬな」
「あ、あの……私が死ぬとは、どういう事なのでしょうか」
突然、神様から死ぬ事になると言われても、あまり現実感がありません。
確かに海竜様の口が見えて、真っ暗になりましたけど痛みも感じていません。
「フォーレリアは今どこにおるのか分かるかの?」
「……おそらくですけど、海竜様の口の中でしょうか」
「うむ、正解じゃ。その海竜の口の中におるが死んではおらぬ。何故なら……我が時間を止めておるからじゃ」
「時間を止める!? そんな事が可能なのですか?」
「ま、まあ……その……正確に言うとじゃな、時間の流れを限りなくゼロに近づけてな、一秒が何年だろうが引き延ばす事もできるのじゃ」
時間を止める……時間の流れを遅らせる事で、止めている状態を作り出す。
人間ではできるはずもありません。なぜなら、時間を制御する時空の魔術もありますけど、魔力の消費が大きすぎるからです。
そのせいで時空の魔術は使い物にならないと聞きます。
「こんな事ができるのも、神である我だけよな! はっはっは!」
神様が声を高らかにして笑っておられます。
私は素晴らしい魔法の恩恵を受けている現状に、改めて神様に頭を下げます。
「神様。一つだけお聞きしたい事があります。ロザリアさんとは何者なのでしょうか。……あの海竜様を圧倒するあの力……、今まで見てきたどのものとも比べようがありません」
「ふむ。ロザリア……あ奴は、そうさな……。もう分かっているだろうが、火竜イルグスが人間に変化した姿じゃ。竜の姿で行動すれば、人間は混乱に陥るだろうからの」
「やはり、火竜イルグス様だったのですね。世界を守護する四大古竜の力は圧倒的でした」
「当然の事じゃ。海竜サーレスがいかに人間に畏れられようとも、古竜の力と比べれば大人と子供くらい差があるのじゃ。今回、こんなにも対応が遅れたのはダナグアスのせいじゃ」
「王国や冒険者ギルドが来るのが遅かったのは……まさか」
「うむ。奴は陰でこそこそ準備をしていたようでの。各地で同時に魔物の暴走を引き起こしたおかげで、火竜イルグスも向かうのに手間取ったのじゃ。おまけにこの大陸半分に結界を張っていたようでな。被害の状況が分からなかったのじゃ」
「そういえば……ダナグアスが私は神様を呼び寄せる餌だと……」
「我を呼び出す? 奴め……何を考えておる。フォーレリアよ、火竜イルグス……いや、ロザリアに言伝を頼むのじゃ。『封縛柱の確認をするように』と」
「はい! 必ずお伝え致します!」
私には封縛柱が何かは分かりませんけど、これは神様からの言伝なのです。
詮索することはできません。私は与えられた使命を果たすのみです。
「言伝を頼む……んん? しまったのじゃ! お主にそれを頼んだところでどうにもならぬ事を忘れておったのじゃ!」
「あの、言伝くらいは必ず……」
「いや、違うのじゃ。そうではない……よく聞くがよい。さっきも話したが、お主はここで死ぬ事となる。もう海竜サーレスの口の中なのじゃ、それは避けられぬ」
「私は……本当に死ぬのですか?」
「すまぬな……今、時間を止めているのは、お主に選択肢を与える事にしたからじゃ。これから話すからよく考えるがよい」
急に死ぬと神様から言われて、私は恐怖も何も感じません。
そもそも、実感がないので恐怖も感じようがないのです。
「一つ。何もせずに死を受け入れる。
二つ。苦痛のない死の魔法を受け入れる。
三つ。苦しみを受け、転生を受け入れる。
どれを選んでも良い。どれを選ぼうとも、その瞬間死ぬであろう。転生は人間とは限らぬ。さあ、どれでもよいのじゃ」
一つ目は海竜様に食べられて死ぬしかありません。
二つ目も三つ目も、私は何もせずに終わってしまいます。
ならばせめて……。
「神様、お願いがあります。この選択肢以外を……」
「生きたいのは分かるが、それは無理じゃ。時間を止めている今でさえ、我は決まり事を破っておる。こうして話をしたのも、お主の今までの貢献によるものじゃ。ほんっとーーーーに仕方なくじゃ。本当に特別なことなのじゃぞ?」
「特別な事は、重々承知しております! ですが、この選択肢では私は……私は何もしないまま終わってしまいます。このまま海竜様と戦えば、ロザリアさんが勝つでしょう。けれど、私たちの住むガルンの大地が破壊されてしまいます。ですから……ですから、『この身、この魂』を全て費やしても構いません……海竜様を封印させてください!」
「ほう……よいのか? 我の与えた選択を蹴り、海竜サーレスを封印したいと……全てを費やすということは、『フォーレリア』の存在は無かった事になるのじゃが、後悔はないのじゃな?」
存在が消える……そうだとしても、私は海竜様もロザリアさんも放っておけません。ダナグアスの魔法である『記憶の封印』によって、おかしくなっている海竜様……このまま倒されてしまっては、いけないような気もするのです。
私には何もありません……もうカイおじさんもいません。生活してきた今までが全部偽物に感じてしまっています。せめて、この争いだけ終わってほしい……ただそれだけです。
「後悔はありません。お願いします!」
「そこまで言うのならば、聞き入れよう。本来であれば、邪悪なる存在を討ち滅ぼす魔法なのじゃが……封印用に変えておる」
「はい! 神様、ありがとうございます!」
「『ホーリー』と唱えるがよい。さすれば時は再び動き出し、その魔法が海竜サーレスを封印するじゃろう」
ホーリーの魔法を唱えれば、この止まった時間も終わって私は死んでしまう。目の前に死があるのに不思議と怖くはありません。何もかもが偽りだったからなのでしょうか。
……いいえ、違います。私は、『神託の巫女』です。
せめて、神託の巫女として海竜様を封印するという、目的を果たしましょう。
「神様……私は神託の巫女として、海竜様を封印します!」
「さらばじゃ、フォーレリアよ」
私は唱えます。海竜サーレス様を封印する魔法を。
――― ホーリー
私が発した言葉で、時間が音が動き出しました。
そして、辺り一面が白い光に包まれています。
海竜様の唸るような声が、空気を振動させて私に届いてきます。
『グググッ! この光は何だ! 防げぬ……グアァァァァ!』
海竜様の口の中にいた私は、ホーリーの魔法を発動したことによって飲み込まれずにすみました。ほんの少しでも遅れていたら確実に飲まれていました。
海竜様は天からの聖なる光の柱に包まれて、身悶えるように身体をくねらさせて暴れています。
すると、その行動を阻害するように光の中から……数えきれないほどの金色の十字型をした墓標が浮かび上がりました。
光の墓標は海竜様に次々と突き刺さっていきます。
あれだけ暴れていた巨体も動が止まったままで、静かになりました。
『我は……死ぬのか……』
海竜様の落ち着いた声が私に届きます。
私の中の魔力も、身体も……。何だか力が入りません。
「いいえ……海竜様は封印されるのです……」
『我は……『清浄の巫女』に……封印されるのか……』
「はい……争いを止めるには、こうするしかありませんでした」
『我は……操られていたということか……』
「はい……ダナグアスによって」
『我は……ダナグアスを知っている……奴は……。いや……もうよいか……』
ダナグアスについて海竜様が話をしようとしてますが、目を閉じるて口を閉ざしてしまいました。
「海竜サーレス様、先にお眠りください。それまで、私は見守ります」
『そうか……貴様もか……いいだろう、しばしの眠りに入ろう……』
光の墓標が海竜様を埋め尽くすように覆い尽くすと、静かに海の中に沈んでいきました。
ホーリーは光属性の破邪の魔法……でも、これは神様が封印用として私に与えて下さいました。 この魔法の前ではどんな抵抗も意味をなさないでしょう……海竜様も最後は受け入れてくれました。
「はぁっ。これで本当に終わりさね」
ロザリアさんがため息をつくように言いました。
「はい。私も……もうそんなに保てそうにありません」
「まったく、無茶したもんだね。あの魔法は神から授かったものかい?」
「はい……それと、神様から言伝です。『封縛柱の確認をするように』と」
「確かに承った。安心して逝くがよい」
「ロザリアさん……いえ火竜…」
「いや、ロザリアでいいさね」
「はい。ロザリアさん、ありがとうございました」
もう何も感じません。
私はお礼が言えたでしょうか。
少しずつ体が崩れていくのを感じます。
「我が記憶に刻もう。フォーレリア……その名を友として!」
ロザリアさんの友という言葉に、涙が流れました。
ずっと泣いてばかりでしたけど、これほど嬉しい言葉はありません。
古竜である火竜イルグス様……いえ、ロザリアさんに覚えていただけるなんて。
最後に私は笑えたでしょうか。
この嬉しさが伝わったのでしょうか。
思い残すことは、何もありません。
視界は白に包まれ、私の意識は無くなりました。




