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48 執務室

「お兄様、もう一人で歩けますから下ろしていただけますか?」


 エイブラムさんならともかく、実の兄にお姫様抱っこされているなんて、いくらキラキラのイケメンでもお断りしたい。


 それなのにお兄様は一向に私を下ろしてくれるつもりはなさそうだ。


「駄目だよ、アリス。結界を強行突破したりしたから、足元が危ないんだ。もう少し我慢しておくれ」 


 フッと甘い笑顔を私に向けてくるけど、そういうのはご自分の恋人に向けるべきでしょ。


 だけど、お兄様に抱っこされたまま廊下に出てみると、確かに壁に穴が開いていてそこら中に瓦礫が散乱していた。


 お兄様は難なくそれを避けて壁の穴をくぐった。


 そこは野中の一軒家らしく、周りは荒れ地が広がっていて他に家は見当たらなかった。


「お兄様、ここは何処ですか?」


「ここは王都を抜けた先の未開地だ。こんな所に潜んでいたなんてな。アリス、少し目を瞑っていろ」


 お兄様に言われて目を瞑ると、フワリとした浮遊感が私を包んだ。


 どうやら魔法陣に乗ったようだ。


 浮遊感が収まったので目を開けるとそこは王宮魔術師の団長室だった。


 どうしてこんな所に?


 そう思っていると、お兄様は私を抱っこしたまま、団長室を出ようとする。


 流石に王宮の中にいる人達にこの姿を晒したくはないわ。


「お兄様、流石に他の方に見られるのは恥ずかしいですわ。下ろしていただけますか?」


 お兄様は残念がりながらも渋々と私を卸してくれた。


「そんなに照れなくてもいいのに…。さあ、父上が待っているよ」


 お兄様に連れられてお父様の執務室へと向かうと、扉の前で待機している騎士がすかさず中へと通してくれた。


「おお! アリス、無事だったか! まさかこんなにも早く奴が接触して来るとは! 私も一緒に救出に行きたかったが、宰相が許可してくれなくてな」


 執務机から立ち上がり私に駆け寄って来たお父様は後ろに控える宰相をジロリと見やったが、当の宰相はそんな視線など何処吹く風だ。


「日頃からアリス様を優先にして仕事を溜め込むからですよ。アンドリュー様にしても危険を伴う場面にわざわざ行かれなくても。ご自身が次の国王だと言う自覚がお有りですか?」


 宰相サマのお小言はお父様のみならずお兄様にまで飛び火してしまったわ。


 元はと言えば私が攫われたり戻ってきたりしたからこういう展開になってしまったのよね。


「ごめんなさい、ダグラス様。私のせいで随分と迷惑をかけているわね」


 シュンと落ち込むと宰相はツカツカと私の所にやって来て恭しく私の手を取った。


「とんでもありません。アリス様には何の落ち度もございません。すべてはアリス様にかこつけて仕事をしない陛下とアンドリュー様が悪いのです。どうかアリス様は王妃様の分まで笑ってお過ごしください」


 宰相がキラキラとした目で私を見つめている。


 あら?


 もしかして宰相もお母様のシンパだったのかしら?


「ダグラス! 何をドサクサに紛れてアリスの手を握っているのだ! クリスティンに相手にされなかったからと言って、アリスにあまり近寄るな!」


「クリスティン様はちゃんと節度を持って私に接してくれていましたよ。みっともない男の嫉妬で嘘をアリス様に教えないでいただきたい!」


 何だか二人の空気が不穏になっていくんだけど、注意した方がいいかしら?


 おまけにお兄様はこっそりとこの場を逃げ出そうとしているし…。


「あら、お兄様? どちらにいらっしゃるの?」


 わざと大きな声で扉に向かおうとしたお兄様に声をかけると、お兄様は「しっ」と言うように口に人差し指を当てたが、既に遅かったようだ。


「アンドリュー様! 逃がしはしませんよ!」


 宰相はお兄様の腕を掴むとお父様の執務机に座らせた。


「アンドリュー様はこちらの続きをお願いします。陛下はそろそろ会議の時間ですので会議室に移動をお願いします」


 宰相の合図で侍従が入って来てお父様を会議室へと連れ去った。


 お兄様は涙目で机に積まれた書類に目を通している。


 所在無げに佇んでいる私にお父様の後を追って会議室に向かおうとした宰相がとある方向を指差した。


「アリス様。ご無事で何よりです。セアラが心配しておりましたので安心させてやってください」


 宰相が指差した方向に目をやると、そこには泣き腫らした目をしたセアラが立っていた。


 二度も目の前で私が消えたのだ。


 セアラの心中を察すると胸が痛む。


 私はセアラに近付くと思いっきりその身体を抱きしめた。


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