32話 立つ鳥後濁さず
手当をして、一晩を館で明かした俺たちが朝館を出ると、謎の馬車が乗りつけていた。
「何者だ……?」
「ん、おうブレイズ。その様子なら、ちゃんと勝ったみたいだな」
「マーチャ」
御者席から、マーチャの顔が覗いた。俺はそれを見て、何だか気の抜けるような思いをする。
「ま、とりあえず乗れよ。街の中心部まで連れてってやる」
「ああ、乗せてもらおう」
俺はティル、ベティに助けられながら馬車に乗り込み、一息つく。
「ありがたい。ここから自力で下山と言うのは、辛いと思っていたところだ」
「ハハ、ブレイズが泣きごとを言うとは、相当だったんだろうな。魔法の名家ブラッドフォード。結局どうなったんだ?」
「義妹とベティ以外、皆殺しにした」
「おぉう……。流石、やるねぇ。じゃ、仕込みはちゃんと働きそうだな」
「マーチャ、仕込みって何?」
ティルが尋ねると、マーチャは笑いながら言う。
「俺は商人だぜ? 領主が消えるとなれば、その後釜周りの準備を整えて置けば、金かががっぽり手に入るって状況だ。動かない訳ないだろ?」
「え……、ま、マーチャ様。あなたは、恐ろしい人ですね」
「自他ともに認める金の亡者だ。でも、魔法名家の貴族を皆殺しにしたブレイズよりは、マシだな」
「お前の方がひどいぞ、マーチャ」
「いやいやいや! ブレイズのがヤバいって」
「いいや、お前だ」
馬車が揺れる。俺たちは冗談めかして相手の方がひどいといい合う。
「……それで、どんなことしたの」
ティルが尋ねて、マーチャは得意げに語る。
「貴族が消えるってことは、次の貴族が来るまで、ブラッドフォード領は無秩序状態になるってことだ。だからまず金持ち連中を集めて、今まで存在しなかった、町長の座をオークションした」
「オークション?」
「多く金を出したものに、町長の座を売った、という事だ、ティル」
「マーチャ様、本気で恐ろしい人ですね。何も関係ないあなたがそれを仕切りますか……」
事態を理解して、全員で引く。マーチャはカラカラと笑っている。
「オレが完全に仕切ると『お前誰だよ』ってなるからな。流石にこの街の人間を入れたぜ。つーかブラッディ・スカーを噛ませた。儲けた大金貨2枚は折半だ」
この数日で、ブラッディ・スカーを抱き込んだらしい。俺とてその手腕には脱帽だ。
「んで、そこからはオレの独壇場だな。この話を持ちだす前に、街の武器を買い占めた。で、町長の座を買った金持ちに『自警団を組織しないと、実行権力は握れないぜ』って囁いた」
「で、買い占めた武器を高値で売りつけた、ということか」
「最初は渋ったけどな。どの武器屋に行っても売り切れじゃあ、オレの武器を買うしかねぇ。それでさらに金貨3枚。いやぁ~ウハウハだぜ」
街に残って何をしているのかと思えば、しっかりと商機をモノにしていたらしい。俺とブラッディ・カッツたちの殺し合いを、見世物にして稼いだ商人なだけはある。
「お前は金の亡者だな、マーチャ」
「ハハハ! そうだぜ、俺は自他ともに認める金の亡者だ。オレにとっちゃ褒め言葉だから、もっと言ってくれ」
「……もう言わん」
「何だよ~! つれないぜ、ブレイズ」
拗ねるように言ってから、マーチャはゲラゲラと笑う。俺は何だかどっと疲れて「街に着くまで寝る」と目を瞑った。
街に帰ってきて、すぐに俺たちはブラッドステインズの拠点に赴いていた。
「おぉ、おぉ! 殺してきたか、ブラッドフォード候を!」
ブラッディ・スカーは、そう言って高らかに笑い声を上げた。俺は「ああ」と言いながら、包みをスカーの机に置く。
「この包みは、そうか、そうか!」
「好きに扱え」
「ああ、好きにさせてもらうとも。ひ、ひひ、ヒヒヒヒヒヒ」
スカーは、引きつった笑いを続け、俺を見た。
「いやぁ、流石は剣聖、オヴィポスタ伯の息子だ。その剣で、仇を殺したのだね。家の人間は他にもいただろうに」
「一部を除き、皆殺しにした。義妹のみ、殺すまでもないと見逃した。確認したが、すでに逃げ出し、行方は杳として知れない」
「そうか……。まぁ、こちらで見つけたら、都合よく扱っておこう。では、報酬だ。受け取ってくれ」
俺は金貨袋を受け取り、そのままマーチャに渡した。マーチャは中を覗き込み、「うひょ~! たまんねぇ~」とご満悦だ。
「貸してやる。増やすなりなんなり、好きにしろ」
「おう、増やさせてもらうさ。ついでに管理もしてやる。欲しいときに言え」
「ああ」
俺はスカーに向き直る。スカーは包みを解いて、中身に満足したようだった。包み直し、脇に置く。
「うむ、うむ。十分な仕事をしたようだね、剣士さん。いや、実に満足だ。これ以上、何も言うことはない。何せ―――」
スカーは、包みを叩き始める。
「この! ケチで無能なブラッドフォード候に、報いを見せてやったのだからな! ヒヒヒ! 様を見ろ! 様を見ろぉ! お前の一家が崩壊する理由の、一端を作ってやった!」
スカーは、邪悪な笑い声を上げ、荒れ狂っている。俺はそこで、「いくつか、聞きたいことがある」と尋ねた。
「ん……? 何だね」
「他の呪われた勝利の十三振りについて、知っているか。特に、その持ち主について」
「ふむ、そのことか。それなら、こちらでも奴らの呪いを辿る魔法を作ってある。カッツ」
「はい」
スカーに命じられて、カッツは戸棚から箱を取り出した。机に持ってきて、開く。その中には、紙と駒が収められていた。
「これは」
ベティが声を上げる。「君は知っているようだな」とスカーは笑う。
スカーは、紙と駒を取り出して、机に広げた。紙は、地図だった。世界地図。その上に駒を乗せ、スカーはカチリと駒の上部の仕掛けを回す。
すると、駒はするすると動き出し、隣国の上にとまった。その動きで、俺は何となく理解する。
「―――呪われた勝利の十三振りの、場所か」
「そうだとも。……欲しいのかい? 残る、実行犯としての父の仇も、全て討ちたいか」
俺は答える。
「俺が討ちたいのではない。ブラッドフォード候が、死に間際に奴らに呼びかけた。俺を殺せと。でなければ、俺に殺されるぞ、と」
「なんと! それはそれは……。ならば、いいだろう。これは譲ろう。どうせろくに使ってもいなかった魔道具だ」
地図と駒を収めて、スカーは俺に箱を押した。俺は手に取り、「恩に着る」と告げる。
「では、最後に」
「何でも聞いてくれたまえ」
「スカー。お前は俺の父殺しに、加担したな。ブラッドフォード候から受け取れなかった事業金、というのも、その報酬のことだろう」
「……」
スカーは、目を剥いて硬直した。俺を見て言う。
「私を、斬るかね?」
俺は、まっすぐに見返す。それから一拍おいて、答えた。
「……お前に受けた恩、お前を斬らないことで返す。二度と、俺に関わるな」
「ヒ、ヒヒ、どうやら、命拾いしたようだ。では、恐ろしい剣士殿御一行には、出ていってもらうとしよう。カッツ、出口まで案内しなさい」
「はい、ボス」
カッツに連れられ、俺たちは地下道を通って地上に戻った。カッツは言う。
「じゃあな。最後にはひやりとしたぜ、剣士。あんなクソ爺でも、俺たちを拾って育ててくれた親父でもある。斬らないでくれて助かった」
「……そうだな。どうしようもない悪人でも、誰かにとってはかけがえのない相手のこともある。スカーも、そうなのだろう」
俺が言うと、カッツは目を丸くした。それから肩を竦めて「物事は一面的じゃないってな」とだけ言った。
俺たちは軽く一礼してから、その家を出た。それから、顔を見合わせる。
まず俺から、口を開いた。
「先ほどの話の通り、俺は自由の身とは言い難い状況となった。俺を殺しに、呪われた勝利の十三振りの使い手が襲ってくるかもしれない。だから先んじて、奴らを見に行く」
「私も。レイと一緒に行く」
ティルは、俺の腕に抱き着いてそう言った。次に、マーチャが口を開く。
「そうだなぁ……。つまり、お前らの近くに居れば、色々と起こるって訳だ。金は平時より有事の方が儲けやすい。良し決めた! なら、ついていくぜ!」
ニヤリ笑って言うマーチャに、俺とティルは何度かまばたきする。
「マーチャ、お前の肝っ玉は中々のものだな」
「あたぼうよ。オレの心臓は剛毛だぜ?」
「マーチャ、やっぱり変な人」
「だろ」
マーチャは頷き、「そんなら」と考える。
「ブレイズ、引き続きオレの護衛、続けないか? 行先はお前が決めていい。オレもついていって勝手に儲ける。だが、危険に巻き込まれたら守ってくれよ。金は出すぜ?」
「いいだろう。引き続き、よろしく」
俺はマーチャと握手を交わした。そこで、ベティが「あのっ」と声を上げる。
「わ、ワタクシも、ついていってはダメでしょうか! ワタクシは、やはり、ブレイズ様お付きのメイドで居たく存じます。あなたの影に焦がれて、あなたの存在に支えられ、生きてきたのです」
震える手でぎゅっと服を握りしめて、ベティは言う。俺は、確認した。
「危険だぞ」
「構いません。身の回りのことは、お任せください。メイドの仕事は一通りできますし、簡単な戦闘から治療までお手の物です」
「お前の能力は疑っていない、ベティ。お前の、覚悟を問うている」
俺が冷静に問い返すと、ベティは頷いた。
「はい。ワタクシは、今はあなた様のための時間を費やしたいと思います。危険は承知の上。ワタクシを連れていってくださいませ、ブレイズ様」
言い切って、ベティは深く腰を折った。俺は息をつき、告げる。
「ならば、その時間が有意義なものであるように努力しよう。行くぞ、みんな」
「うんっ」
「おう」
「―――っ。はい!」
俺が踵を返して歩き始めると、三人が付いて来た。俺の手を握るティル。少し離れて歩くマーチャ。三歩後ろからついてくるベティ。
「とりあえず、さっきの馬車でブラッドフォードを出るかね。ブレイズ、次はどこに行くんだ?」
「街道を進みながら、先ほどの魔法具で呪われた勝利の十三振りの場所を明らかにしていく。その中で、最も近い場所に向かう」
「なるほどねぇ。ま、偏狭なところにいないと良いが。儲からないからな」
言いながら、マーチャは御者席に乗り込んでいく。俺たちも馬車の座席に収まると、マーチャが馬に鞭を打った。
馬車が、進みだす。街を進み、すんなりと門を抜ける。街の塀を超えると、だだっ広い平原と、長く続く街道があった。
「さぁ~行くぞ~! 次の街へ!」
マーチャが鞭を更に打ち、馬車のペースが上がる。入り込んでくる風に「気持ちいい風ですね」とベティが表情を和らげる。
「レイ」
ティルが、俺を見上げてきた。
「次の街、おいしいものがあるといいね」
「……ああ、そうだな、ティル」
俺は頷き、ティルの手を握り直した。ティルが「ふふっ」と小さく笑って、俺に寄り掛かる。




