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54・隠された嘆き

 


 パタンと閉じた扉によろよろと覚束ない足取りに揺れていたと薔薇色が消える。


 それをしっかりと確かめて、ロイス・ヴィコットは大きく息を吐き出し、革張りの大きなソファーに崩折れるように腰を沈めた。

 そしてそのまま両手で顔を覆うようにして俯いてしまう。


「ロイス……」

「…………何故だ……っ」


 手の隙間から漏れるくぐもった声は、絞り出したように震えていた。


「何故だ! どうしてあの子が、アヴィリアが精霊に選ばれる!? 何故、こんなことに……」

「ロイス、落ち着け。心を乱すな。君が冷静でいなければ当のアヴィリア嬢も、ローダリア殿まで不安になるんだ」


 そういう自分の顔にも隠しきれぬ動揺が浮かんでいることをジオルド・バードルディは気づいていた。


 いつも冷静に佇んでいる友人がこんなにも取り乱す姿を、今まで見たことがあっただろうか。

 無理もない。この男が家族を、たった一人の娘をどれほど大切に思っているかなど、自分が一番よく知っている。その娘が抱えてしまった、背負ってしまった爆弾を思えば。


「大丈夫だ、などと安易なことは言ってやれないが……。たった一年でアヴィリア嬢の周囲はガラリと変わった。世間の目も他者との関係もだ。彼女を繋ぐ糸は強くなりつつある。……君が早急に動いたからだ」


 頼りなく震える普段とは比べ物にならないほどに小さく感じる背中を落ち着かせるように叩き、ジオルドはできるだけゆっくりと、まるで自分自身にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「心配するな。アヴィリア嬢は君たち家族のことも、友人たちのことも大切に思っている。いなくなったりはしない」


 あの小鳥の、――――ピヒヨの正体に真っ先に気づいたのはロイスとジオルドだった。


 今でも覚えている、一年前のセシルの誕生日。

 庭を散歩しに行ったはずのアヴィリアがセシルとウェルジオを伴って戻ってきたとき。

 その腕には、傷を負ったあの小鳥を抱えていた。

 幼い子供たちは全く気づいていなかったが、長らく国の中枢で数々の荒事を経験してきた二人は、その小鳥が放つ異質な気配を敏感に感じ取っていた。

 あのときの、全身がヒヤリと凍るような感覚。

 それを見て二人は同時に同じことを思った。


 なんてものを連れてきてしまったのか、と。


「わかっている、それでも不安なんだ……。娘が、アヴィリアが……」


 国の象徴たる存在、何よりも尊い存在。長年にわたりこの国を見守ってきてくれた神にも等しい存在。


 けれど同時に二人は知っていた。


()()()()()()()()、連れて行かれてしまったら……っ!!」


 その存在はときに、何よりも大切なものをいともたやすく奪い取ってしまうこともあるのだと。




 ――――十五年前。

 アースガルドに生まれた待望の第一王子。


 彼はこの世に生を受けた瞬間から精霊の祝福を受けていたお方だった。

 彼の周りは常に精霊たちで溢れ、ゆらゆらと舞い、唄を紡いだ。沢山の精霊たちが彼とともに在った。


 第一王子――――『レギュラス・アースガルド』


 彼こそ。

 数百年ぶりに生まれた正真正銘の“フォーマルハウト”だったのだ。



 そのことに誰もが喜んだ。我が国の象徴。我が国の宝。

 このアースガルドに、再び聖なる光が舞い戻ってきたのだと。

 誰よりも精霊に愛されるこの子は、きっと素晴らしい人徳者になるだろう。人々に愛される、素晴らしい王になるだろうと。


 国を明るく照らす光は途切れることはなく。

 数多の精霊と共に戯れる幼い赤子の姿に、誰もがこの国の明るい未来を見た。



 その未来が無惨に消え失せてしまうなど、それこそ夢にも思わずに。





 ロイスとジオルドの心に今尚すくむ、十五年前の絶望の記憶。


 不覚にも、王城内に賊の侵入を許してしまったあの日。

 この国は、聖なる存在を他でもない精霊たちの手によって奪われたのだ。




第一王子失踪事件のヒミツ……?

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