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35・ど突き隊隊員は目下活動中

 


 レグにとって、アヴィリア・ヴィコットはどんな存在なのか――――――。


 ずっとずっと追い求めていた夢の世界を実際に生きてきた相手。

 夢うつつの中で自分を見事に虜にした、素晴らしい料理の数々を作り出せる相手。


 誰とも共有することのできなかった話を、打ち明けられる相手。



 では、アヴィリアにとってのレグはどうなのか……。



 自分と彼女の一番の違いは、“想いの在り方”だとレグは思っている――――。


 夢という形で彼の世界を知っただけの自分と違って、アヴィリアはその世界で生きた記憶を持っている。

 アヴィリアの根本は『広沢咲良』のままだ。


 咲良としての記憶を持ちながらこの世界で生きるアヴィリアは、その裏で多くのものを失っている。


 大好きな両親、親しい友人。

 過ごしてきた家、たくさんの思い出がつまった品々。

 生まれてからずっと過ごしてきた慣れ親しんだ空気、景色を。

 アヴィリアは二度と、手にすることができないのだ。


 何より苦しいのは、それを己の胸にだけ秘めて隠しておかなければならないということ。

 前世の記憶がある、などと言い出したら周りからどんな目を向けられるかわからない。ヘタをすれば精神異常者扱いだ。


 そんなアヴィリアにとって、あの世界のことを知っているレグの存在が。想いを隠す必要のない相手の存在が、どれほど大きいか……。


 レグの前で咲良に戻ることができている。

 それがすべての答えだった。


 アヴィリアは、レグを遠ざけたりなどしない。

 たとえ大人になって今までのような付き合いかたが出来なくなったとしても。


 アヴィリアが自分との縁を切ることなど有り得ない。

 だって――――――……。


「俺とアヴィは『運命共同体』だからね」


 誰にも言えない秘密を共有する者同士。

 レグにとってのアヴィリアがそうであるように、アヴィリアにとっての自分もまた、そうなのだから。



「………………っ、勝手にやっていろ。せいぜい人目に触れないようにな!」


 一片の迷いもない、曇りもない、自信に満ちたその言葉は、二人を繋ぐ絆が生半可なものではないと知らしめるのには十分すぎて。


 その真っ直ぐな眼差しに耐えきれず、ウェルジオはその瞳から視線を逸らした。




 ***




 足早に去っていく親友の背中に、レグはため息をつかずにはいられなかった。


「頑固だなぁ……」


 あんなに独占欲丸出しなくせに。


「なんで肝心なことは認められないのかなー……」


 ああやっていつまでも意地張ってるから余計にイライラするんだろうに。

 やれやれと、レグは親友の意固地っぷりに肩を竦めた。


「うう〜ん……、敵は思ったよりも強敵だな。隊長殿にも報告しないと……!」


 ど突き隊隊長……もとい、セシルの話によればアヴィリアもアヴィリアで問題あるようだけど。


「そっちのほうはジオがしっかりすればカタはつくと思うんだよねー、年下の男の子にガチに口説かれて折れるっても少女漫画の鉄板だし!」


 きらめく現代知識。

 夢の中で得たものは何も食に関してだけではないのだ。

 食9:その他1の割合ではあるけども。


「アヴィと親密度上げてるだけではいざ知らず、自分の知らぬところで妹ちゃんともペンフレンド化してるなんて知ったら、あいつどんな顔するかなぁ」


 ケラケラ楽しそうに笑っていたレグは、突然その笑いを引っ込めて真顔になった。


「…………うん。まず命はないかな」


 とりあえず暗闇の一人歩きはやめとこ。相手は剣術大会優勝者だ、勝てる見込みはない。

 独占欲強い上にシスコンとか。厄介な性質だ。


 かといって二人との付き合いをやめようという考えはレグにはない。

 運命共同体であるアヴィリアはもとより、セシルだってレグにとってはすっかりマブダチだ。


 なにより、ソーラーパネルを使った新しい開発に向けて彼女の案はかなり役に立っている。



 それぞれの季節を快適に過ごすための冷房暖房設備。

 ランプの明かりで視力を傷つけないための照明器具。

 沸かしたお湯をいちいち運ばなくても温かいお湯を直接溜められるような浴槽。


 それらはすべて、セシルによってもたらされたアイディアだ。



「…………向こうでの生活を知っている人間が、知らず不便に感じている部分、でもあるけどね……」


 セシルからもたらされるアイディアは、向こうの世界では当たり前のように使われている一般的なものばかり。


 偶然にしては、出来すぎている。


「何でアヴィは気づかないのかなー……」


 これらの案を一緒に聞いたはずのアヴィリアは、この発言の不自然さにまるで気づいていない。

 そして、自分たちがかなりグレーな発言を繰り広げているにもかかわらず、セシルが無言を貫いていることも、レグは気になっていた。


「彼女も絶対、俺らと同類だと思うんだけどねぇ」


 どうやら彼女は、それを打ち明けるつもりはないらしい。

 彼女が何を思って口をつぐんでいるのかは、解らないけど。


「あんまり溜め込みすぎなきゃいいんだけど……」


 誰にも打ち明けることなく胸にひっそりと秘め続けることがどれだけ苦しいことか、レグは身をもって知っている。

 そうやって溢れかえった想いが、いつか心を打ち破ってしまわなければいいのだが……。


「あーあ、俺ってたいへ〜ん」


 まったく、バードルディ兄妹は揃いも揃って頑固だ。変なところで血筋を発揮しないで欲しい。




 ど突き隊の隊員として、背中を押さなければならないのはヘタレ少年だけではないということを。


 夢見る少年だけが知っている。



レグ

 ただおちゃらけてるだけの男ではないのだ。

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