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31・残念ながらほど遠い

 


「ポプリはガラスの容器か器に入れてインテリアとして、サシェは衣装棚か、お召し物の懐に忍ばせてお使いいただくのがおすすめです」

「確かに、いい匂いですわ」

「薔薇のポプリを一瓶いただけますかしら?」

「私も同じものを。あとラベンダーのサシェを二つほどお願いしますわ」

「お店の方、こちらもひとつ」

「ありがとうございます!」


 ハーバル・ガーデンの売り場に集まる貴族のご婦人たち。

 それに対してひとつひとつ丁寧に説明をする店員の声を、少し離れたカフェスペースで聞きながら、私はゆったりとハーブティーを飲んでいた。


「新商品人気ね」

「貴族は基本新しいものに目がないから……。おかげで助かってるけど」


 ハーバル・ガーデンの商品はさほど物価が高くない。平民でも気軽に手が届くものばかりだ。

 そのせいか『貴族が愛用しているものと同じもの』という意味で、貴族以外の客も増えている。

 貴族が集えば集うほど、いいリピーターになっているのだ。


「セシルもお買い上げありがとう」

「お兄様にあげようと思って。最近ちょっとイラついてるみたいだから、これでちょっとは癒されるといいんだけど……」


 そう言って買ったばかりのラベンダーのサシェをいじるセシルの顔は何故か呆れ混じり。


 ウェルジオとは、ラベンダーを届けてもらったあの日以来、会っていない。


 あの日も彼は始終不機嫌で、話しかけてみても「ああ」とか「へぇ」とかの単語しか返してくれなくて……。

 そのくせ、何故か時折何かを言いたそうにこちらを見ては結局何も言わずに顔をそらして、の繰り返しだった。


 そんな彼の様子に戸惑いを覚えるものの、一番不思議だったのは、そんな彼の様子をことさら楽しそうに笑いながら眺めていたセシルとレグがいたこと。

 見るからに不機嫌そうな彼をなだめるでもなく、むしろ彼の機嫌が悪くなればなるほど、二人は楽しそうにしていた……。

 こっちはそのたびに身が凍る思いだったっていうのに……。


「ウェルジオ様……、調子でもお悪いのかしら……」

「気にすることないわよ。ヘタレが行き場のない感情を持て余してるだけなんだから」

「は?」

「ヘタレな上にクソ真面目って始末に負えないわよねー。うだうだ考えすぎなのよ。ほんっとめんどくさいわあの人」

「……何それ」

「私とレグによるお兄様への評価」

「やめてあげて、かわいそうだから……」


 愛する妹にめんどくさいヤツ呼ばわりされてるなんて知ったら、あの人さすがに泣くんじゃないかしら。


 それにしてもこの二人がここまで親しくなるとは、正直驚いた。

 セシルとの付き合いは長いけれど、彼女が特定の人物……それも異性とここまで親しそうにしているのを見たことはない。


 兄の友人という信頼感があるのかもしれないけど、それだけじゃない気もするのよね。

 一度セシルに聞いてみたら、返ってきた答えが

「ふ。ヘタレをど突き隊の同士……てところかしらね」

 だったというのがとても気になる…………。


 なぜでしょう、混ぜたらいけないタイプの二人を出会わせてしまったような気が……。


「んふふっ、ねぇアヴィ? アヴィにとってお兄様ってどんな風に見える?」

「何よ唐突に」

「逆から攻めてみるのも手かと思って!」


 意味がわからない……。

 とにかくセシルがすごく楽しそうなのはわかる……。


「そうね……。ウェルジオ様って」

「うんうん」

「可愛い人よね」

「…………」


 セシルが彫像のように固まった。

 さすがにこの回答は意外だったかな。ふふふ。


「最初はいろいろ突っかかられもしたけど、それもセシルを思ってのことだったわけだし、妹思いのいいお兄ちゃんよね」


 彼と関わる時間が増えて一年余り。

 その中で知った、ウェルジオ・バードルディという人間は。


「毅然に振る舞っているかと思えば、ごめんなさいの一言もなかなか口にできない意地っ張りなところもあって、でもその辺りがすごく年相応な感じがして……失礼だけど、ちょっと子供っぽいなって、なんか可愛いって思っちゃうのよね。必死で大人のふりをしようとして頑張ってる子を見てるみたいな感じで」



 もちろん、それに見合う紳士なところがあることも知っている。



 桜の花が好きな私のために、わざわざ選んでくれた髪飾り。

 春の夜にさりげなく差し出された救いの手……。


 上から目線で投げかけられるぶっきらぼうな言葉は。

 いつだって、相手のことをきちんと思いやっていてくれて。


 なのにそれを、素直に伝えることはできない。


 子供っぽくて可愛い……。

 ひどく不器用で、とても優しい人。


(……て、それはちょっと恥ずかしいかな)


 自分の頬に熱がこもるのを感じて、慌てて冷たいハーブティーのそそがれたグラスを口に運んだ。



「ど、どうしたのセシル……」


 気づけば、苦虫を十匹ぐらい噛み潰してじっっくり味わいましたというくらいに顔をしかめた友人がそこにいた。


「…………うん。とりあえず、弟ポジションを脱しなきゃいけないってことは解かったわ……」

「うん?」

「ちっ、ヘタレツンデレがこんな障害を産むなんて……、レグに報告しなきゃ……」

「なんて?」

「あの程度じゃお兄様には生易しいわ。もっと盛大にどついてやんなきゃダメね」

「ナンデ!?」


 何か不穏な言葉が聞こえる。

 とりあえずウェルジオが標的にされているらしいことは解かったけど……。


 やっぱこの二人、合わせちゃいけないタイプだったんじゃないの……?



アヴィリア

 なんせ中身は成人済ですから。


セシル

 なよっちいヘタレのせいで……っ

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