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29・変化の足音

 


「俺としてはさー、やっぱり食に手を入れるべきだと思うんだよね。もぐもぐ、食文化の豊かさっていうのは何ものにも代え難いと思うんだよ、むぐ」

「むぐむぐ、お腹が満たされればいいっていうのは、もぐ、一部だと思うわ。特に女性はカロリーとか気にして食事を制限することだってあるもの」

「………………」

「私的には交通面に力を入れて欲しいわね、もぐ。長距離の移動は馬車を使って何日もかけてでしょう? 不便だわ。もぐもぐ、ごくん」

「確かに。そこが改善されれば食料の運搬も幅が広がるだろうしねー。もぐもぐ」

「………………」

「結局食なのね、もぐもぐ」

「別に悪くないだろ? もぐ……。うーん、でも運搬となるとやっぱり一番いいのは、くる……」

「ふふ、二人ともっ! 食べながら喋るなんてさすがに行儀が悪いと思うわっ!?」


 さすがに止めた。

 セシルの前で向こうの知識を晒すのはやめてほしい。誤魔化すのが大変だからっ!


「というか……、貴方たちなんでそんなに打ち解けてるの……?」

「同じ食卓を囲むもの同士、打ち解けるのは当然さっ。アヴィの煮物は美味しいなー、味がしっかりしみてて野菜独特の苦味が全然気にならないよ」

「もぐもぐもぐもぐっ」

「セシル……、気に入ってくれたのはわかったから、食べながら頷かないで……」


 レグが向こうの料理をことさら好いてくれているのは知っていたけど、まさかセシルまでもがこんなに気に入ってくれるとは思わなかった……。


 調味料が似たり寄ったりとはいえど、それで作られるメニューはやはり違う。

 アースガルドでは、煮物なんて馴染みないものだと思うけど……。


「でもこれって、煮込むのに時間かかるんじゃ?」

「レンジを使って短縮したのよ」

「アヴィって意外に料理できるよねー。なるほど、これが亀の甲より年のこ、いっだ!! 足! 足いたいっ!!」


 また向こうの無駄な知識を。

 とりあえずこいつにぴったりな言葉は絶対「口は災いの元」だ。


「レンジの購入はバードルディ(うち)でも考えてるのよ。これがあれば料理人達も助かるだろうしね」

「徐々に王都内に広がりつつあるし、やっぱり最初に家電を作ったのは正解だったね」

「でも暮らしを豊かにするためには家の設備が整っているだけではダメよ」

「うーん、ごもっとも」


 また話し始めちゃった……。

 さっきからずっと煮物片手にあれやこれやと意見の出し合いをしているセシルとレグの姿はどう見ても親しい間柄のそれだが、私の記憶が確かなら、この二人が顔を合わせたのは今日が初めてのはずなんだけど……。


『アヴィのそばに見知らぬ男がいるーーっ!?』

『そういう君はジオの妹ちゃん! 気の利いた言葉も優しい言葉も素直に言えないくせに馬鹿正直に態度に出るもんだから全く隠してる意味ないそばで見てるぶんにはからかいがいのあるヘタレツンデレとは違って、素直で男前な黄金フィストの使い手ちゃんじゃないか!』

『ぇ、何この兄の性質をこれでもかというほどに理解してるやからは……』

『無二の親友です』


 以上が二人のファーストコンタクト。ちなみにほんの数時間前の出来事です。

 馴染むの早すぎない……? しかもいつのまにか呼び名がアヴィに変わってるし……。


「お兄様のぶんも残しておこうかしら、コレ絶対好きな味だと思うのよ」

「あら、そうなの?」

「え、ジオも来るの? なになに? ちょくちょくアヴィのとこに通ってるって噂マジなの? 妹ちゃんその話ちょっと詳しく!」

「ただのバードルディ印の宅急便よ」


 友人がこの後来客することを聞いてレグが瞳を輝かせた。

 楽しそうにワクワクしてるところ悪いけど、彼はただの使いだ。


 前回バードルディ公爵から受け取った手紙で、バードルディ領にはラベンダーが咲いていることを知った私は公爵の申し出をありがたく受け取らせていただいた。


 視察の帰りに届けさせるよとの返事をくれた公爵は、きっと最初からその役を息子にやらせる気だったに違いない。


 ウェルジオはすっかりバードルディ家からの運搬係になりつつある。

 そして運ぶのが毎度意外に重量のある植物の苗なのだから大変だ。


 その話を聞いたレグは「なんだー」とつまらなそうに呟いていたけど。

 貴方は一体何を期待したのよ。まったく。


(こんな愉快犯な性格で、よく第二王子の学友が務められるわね……)


 家柄はもとより中身だってかなり考慮されて選抜されるはずなのに……。

 いや、むしろこの性格だからこそ王族を相手にしてものらりくらりとしていられるのかもしれない……ナニソレ、怖。


 きっとウェルジオは苦労していることだろう。

 何せ彼はストレスの星の住人の血を引く不憫の星の元に生まれた人物だ。


 彼が来たら、冷たいミントティーを出してあげようかな。今日もそれなりに日差しが強いから水分補給用にはちょうどいいし、視察の帰りに寄ってくれるなら食事もまだかもしれない。煮物も、出してみようかな。


(でも、私の手料理なんて……素直に食べてくれるかしら、あの人)


 普通に「いらん」とそっぽを向く姿が見えるような気がする……。


 しかし、そんな不安をレグはことさらおかしそうに笑い飛ばした。


「そんな心配することないってー。ヘタレツンデレは素直に口にしないだけで、君が作るもの、結構気に入ってると思うよ?」

「……お茶と手料理じゃ違うわよ」

「ほんとだって! ふふーん。そんなに疑うなら……、ちょっと耳貸して」

「?」


 疑惑の目を向ける私のことなど気にも留めず、レグは私の耳元でボソボソと呟いた。


「……え」


 紡がれた内容に驚いて顔をあげれば、楽しそうにほくそ笑んでいる愉快犯と目が合う。




「お嬢様、ウェルジオ様がお見えになりました」


 驚く気持ちも落ち着かぬまま、テラに連れられたウェルジオが温室の扉に姿を現した。



セシル

 なんか、シンパシー感じる。


レグ

 なんか、シンパシー感じる。

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