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24・少年は思案する 1

久々のウェルジオ視点。

 


「……ちっ。まったく、どいつもこいつも暇な奴らめ……っ」


 鬼気迫る勢いで走り続ける兵士たちを眺めながら、口からは隠すこともできない舌打ちが漏れた。


 イラついていることが自分でもわかる。



 アヴィリア・ヴィコットに対する周囲の評価は徐々に変化を見せ始めている。


 確かに彼女は変わった。


 今の彼女には以前のような苛烈さはなく、どこか大人びた雰囲気を纏いながらも、ときには無邪気な子供のようでもあって、どこか貴族らしからぬ振る舞いと在り方は、一緒にいて堅苦しさをまるで感じさせない。


 以前の彼女を知っている自分でさえ、()()なのだ。

 知らない者からすればそんなものは関係ない、今、目の前に存在する彼女の姿が“全て”だ。


 人間は周りの声に振り回される生き物だ。

 見たこともなければ会ったこともないくせに、好き放題彼女を語る周りの声を山ほど聞いた。

 たちの悪い性悪令嬢だと散々遠ざけ、口々に悪し様に言っておきながら、それがただの噂だと知った途端手のひらを返すように興味を示す。


『噂の人物像とはまるで正反対のご令嬢』

 暇な貴族たちの興味を引くにはそのレッテルだけでも十分だ。


 普通に考えれば、良い兆しなのだろう。汚名を払拭するまたとない機会なのだから。


 社交界デビューを迎えれば、彼女は成人だ。伯爵も婚約者探しを本格的に始めるだろう。

 その前に悪い噂が消えるというのならば、それに越したことはない。


「……おい」


 なのにどういうわけか、自分はそれがひどく面白くないのだ。


 散々噂を真に受けておいて、遠ざけておいて。

 彼女自身をよく知りもしないくせに、平然と彼女の隣に立とうとする『誰か』。


 そんな存在を考えるだけで、腹の底から怒りが湧いてくるようだ。


「……おい」


 彼女は、僕が最初に見つけたんだ。

 それを……っ、


「どこの馬の骨ともわからない男になんぞくれてやるものかぁーーーーっ、いってぇ!? ジオ! いま本気で殴ったろ!?」

「人の心に変なモノローグを当てるな!!」


 握りしめた拳をマイクのように口元に当てながら好き勝手言ってくれた友人の頭を遠慮なくぶっ叩いた。

 正直そのまま無視していたかった……。だがそんなことをしたら内容がどんどんヒートアップしていって結果的にダメージを受けるのはこちらだということも長い付き合いで分かり切っていたので、やりたくてもできない。

 それを知っていてやっているのだからタチが悪い。


「ふっふっふ、さてどこからが俺だったでしょう?」

「レグ……。頼むから……っ、頼むから、もうちょっと自重してくれ……っ!!」


 ガクガクと揺さぶられても、この友人はどこ吹く風だ。


「だって楽しいじゃん、人の恋バナって」

「あの女はそんなんじゃないわ!」

「ええ――……、でもジオ、この前だって令嬢の噂を好き勝手言ってた奴をコテンパンにのしてたじゃないか……」

「訓練の相手を探してたときにたまたま目についたのがそいつだっただけだ」

「知り合いなら紹介してくれって言ってきた奴ものして……」

「僕に言われても困ると断ったら難癖つけてきたから返り討ちにしただけだ」

「……………………あ、そぅ」


 なんだ、そのめんどくせー奴とでも言いたそうな顔は。


「でも彼らの気持ちもわかるなぁ、俺も会ってみたいもん――――――……コロッケの君」

「何だそれは……」

「その子ならきっと俺の胃を満たしてくれると思うんだよね!」

「自分の胃を満たす前に、お前は周りの胃をいたわったらどうだ……?」


 まだ諦めてないのか。

 いったい何がこいつの琴線に触れたのか……。初めてコロッケを食べたときから、こいつはことあるごとに彼女に会わせろと言うようになった。

 周りはそれを簡単に許さず。痺れを切らしたこいつはとうとう実力行使に訴えるようになってきた。

 数人の大人たちと追いかけっこしているところをよく見かけるし、図書室で『世界の名スパイたち。〜潜入脱出の極意100選〜下巻』とかいう本を熱心に読みふけっていたのを見かけたこともある。


 そのまた後日には数人の大人たちが一塊になって『蟻の子一匹逃がさない! 世界が誇る捕獲術。〜これであなたも捕獲マスター〜上巻』とかいう本を読んでいるところを見かけた……。


 気をつけろ。敵はすでに上巻を取得済みだ。


「大会でも遠目に見ただけだったしさ、声かけたかったのに」

「やめておけ、人目につくところで……。それこそ変な噂がつくだろう」

「そうだね、すでに彼女注目の的だもんね」


 はいこれ。と言って水分の入った水筒を渡される。

 夏の訓練では水分補給は必須だ。もちろん水飲み場は設置されているが、最近はこんなふうに自ら用意するものも多い。


 勢いよく飲み干せば、爽やかな香りと共に喉を突き抜ける清涼感が全身の火照りをやわらげてくれるようだ。


 最近ではやけに慣れ親しんだ味。

 初めてこれを飲んだのは、ヴィコット邸にある温室でだった。


「それいいよね、夏にぴったり。ハーバル・ガーデンの夏の人気商品なんだってさ」


 楽しげに語る友人とは裏腹に、自分の眉間には皺ができる。


「…………ヴィコット伯爵は、何を考えているんだろうな……」


 

ウェルジオ

 あいつはそんなんじゃない!

 勘違いしないでほしいね!


レグ

 この男めんどくせーなぁ。



面白いと思ってくださいましたらば、下の評価ボタンをポチりとひとつお願い申しあげまする……m(_ _)m

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