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22・噂のキミ

 


 時は少々さかのぼる……。


 一週間続いた建国祭も終わり、ギラギラと照りつける太陽がアスファルトを焼く季節。


 ここはアースガルドの中心地。

 王都の中央に立つ、アースガルドの王城……



 の、はしっこにある兵士たちの訓練所。


 今日も今日とて体力を持て余した若い男たちが、国のため、護るべき主君のために、夏の暑さに負けぬよう一心不乱に己れを鍛えあげている。


「ロックウェル侯爵家のシルフィーナ様が一番かな」

「いやいや、ユリウス伯爵家のリリオラ様もなかなかだったと思うぞ?」

「いーや、俺は断然ハーネスト公爵家のイリアーナ様が一番美人だったと思うね!」


 鍛えてい……る?


「お前ら何言ってんだ、一番は誰がどう見たって、バードルディ公爵家のセシル様だろうが!」

「いやー……あの方は何と言うか……」

「もはや別格の存在と言うか……」


 有り余る体力を持て余した男どもがひとかたまりになって語り合う本日の議題。

 すなわち「武術大会の見物に来ていた令嬢のなかで、誰が一番良かったか。」である。


 本来貴族の令嬢というものは、滅多なことで屋敷を出て歩いたりしない。

 そんな深窓の令嬢たちがこぞって顔を出したのが、先日の建国祭で開かれた武術大会である。

 めったに見れない華やかな顔ぶれに、男どもは当然色めきだった。


 くだらないと言ってくれるな。潤いのない生活を繰り返す年頃の男なんて基本こんなもんだ。

 なんせ自分たちの身近にいる女性陣と言ったら、同じく城に使える女騎士の連中か城で働くメイドばかり。

 メイドはまだいい、まだ可愛げがある。しかし女騎士の連中あれはだめだ。あれは女とは名ばかりのゴリラだ。自分たちが求めているのはそうではない。可愛い女の子に持っていて欲しいのは人ひとりを平然と叩きのめすことのできる武器ではなく可憐な一輪の花なのだ。

 しかしこんなことを口にして、まかり間違って彼女たちの耳にでも入ろうものなら間違いなく明日の太陽は拝めないので心の中でひっそりと思うだけである。


「セシル様も美しかったと思うけど、俺はご一緒にいた赤い髪の令嬢のほうが……」

「馬鹿言うな、あれはヴィコット伯爵家の令嬢だぞ」

「うぇ!? あのとんでもない性悪だって噂のわがまま女……?」


 思い出すように呆けていた兵士は、告げられた令嬢の正体に一気に顔を青ざめた。


 ヴィコット伯爵家の一人娘。

 社交界でその名を知らぬ者はいない。


 曰く、気に入らなかったメイドを貧民区域に捨て去ったとか。

 曰く、高級コートを作るために大量のうさぎを狩り殺すよう命じたとか。

 曰く、バードルディ家のセシル様をまるで奴隷のように扱っているとか。

 曰く、曰く……。


「………………」

「いくら見た目が良くても、中身がそれじゃあな……」


 重々しく告げられる言葉に、周りが賛同するようにうんうんと頷く。

 アヴィリアの名前を出した兵士に至ってはすでに涙目だ。

 結構ガチでいいなと思った令嬢だったのに……、現実とは残酷なり。心の中で何かがガラガラと崩れていく音を聞いた。


「ふざけたことを言うな! あの方はそんなんじゃない!!」


 そこに勢いよく割って入ってくる声がひとつ。


 顔をあげれば、先ほどまで弓の練習に精を出していた数人の兵士が腕を組みながらこちらを睨みつけていた。

 彼らは元々入隊当初から、剣術よりも弓の腕に秀でていた者たちで、将来は立派な弓兵になるだろうと言われるほどの腕をもっているが、それに驕り、少々怠け癖があることが唯一の難点だった。

 こうした訓練でも真面目さに欠けていた彼らは、なぜか建国祭が終わった頃から急に熱が入ったように弓の訓練に精を出すようになり、その変わりように周りは首をかしげるばかりだったのだが……。


「あの方がそんな非道なことをなさるはずがない……、そんな噂は真っ赤なデタラメだ!」

「そうだ! あの方は我々の命の恩人だ!」


 彼らは口々に語りだす。

 あの武術大会のあった日、己が経験した彼の令嬢との運命的な出会いを。


 曰く、友人を守るために飛んでくる弓矢の前に飛び出してきた。

 曰く、処刑されるところだった自分たちを庇ってくれた。

 曰く、凶暴な鳥に襲われそうなところを助けてくれた。

 曰く、曰く……。


「ドレスが汚れることも厭わずに、我々のために膝をついて手を差し伸べてくださったあのお姿……っ」

「まさしく女神のようだった……」

「噂なんてあてにならねーよなぁ」


 煌々とした表情でつらつらと言葉を並べる彼らの話を聞く周りの顔には一様に「信じられない……」の文字が浮かんでいるが、記憶の中の女神に思いを馳せている彼らは幸いにもそんな周りの様子には気づかなかった。

 いや、凶暴な鳥ってなんぞや……?


「そもそも貴族の噂なんて、尾びれ背びれがくっつきまくってて、どこまでが真実かわからないなんてのが普通だろ?」

「春にあった令嬢の誕生パーティーでは、ウェルジオ様が彼女のパートナーを務めたって言うしな?」

「その噂が本当なら、まずそんなことはしないだろ」


 ウェルジオ・バードルディがたった一人の妹をことさら大切にしているのは周知の事実。


 何代か前に王家の血が入った由緒正しい血族、アースガルド筆頭公爵家のご令嬢。

 まだ十二歳ながらもたいそう美しく、将来が楽しみだともっぱらの噂でありながら、いまだ婚約者などはなく、とくに親しくしている異性などもいないという。


 そんな彼女に近づきたいと目論む輩は少なくはない。

 それら全てをちぎっては投げちぎっては投げ、彼女の視界にすら入らないように影で動いているのが、誰あろうウェルジオである。


 そんな彼が、大切な妹を粗雑に扱うような女をエスコートするなんて、ありえるだろうか……。



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