21・君の声が聴こえる
「それではお嬢様、お大事に」
「ありがとうございます、医師」
頭を下げて部屋を出て行く背中を見送り、私はそのまま、ぼすりとベッドに身体を預けた。
「……ふぅ」
身体から力を抜くように、ため息が漏れる。
心配したお父様やルーじぃが医者を呼んでくれて、大事をとって今日は一日寝ているようにと言われてしまった。
「ピィ……?」
「大丈夫よピヒヨ。ちょっと疲れが出ただけよ」
「ぴ」
心配そうにすり寄ってくるピヒヨの頭を撫でる。
最近は建国祭やらお店の開店やらいろいろあったから、きっと知らないうちに疲れが溜まってたのね。
大人に比べて子供の身体は疲れをなかなか知らないから、またハメを外しちゃったかしら……。
「せっかく訪ねてきてくれたのに、レグには悪いことしちゃったわね……」
「ぴ!? ぴぴぴぴっ! びっ!」
「あらあら」
途端激しく暴れだす小鳥。
どうやらこの子は彼のことがあまり好きではないらしい……、から揚げを横取りされたのがよほど腹に据えたのかしらね。まあそれは私もだけど……。
そういえばウェルジオ少年とも仲が悪い……。セシルとはすごく仲がいいのに。
…………男が嫌いなのかしら……?
「…………でもまさか、同類がいるなんてね」
夢にも思わなかった。
自分の存在が常識的に考えてイレギュラーだという自覚はあったから。
他にもそんな存在がいるなんて、思いもしなかったのだ。
しかも彼の話によれば、私たちと同じような存在は過去にも存在したと言うじゃないか。
どうりで類似点があるはずだ、それらはすべてそんな彼らの手によって生み出されたのだから。
(私ったら、気づきもしなかったくせに彼らと同じことやってるのね……)
きっと、彼らも同じように『あの世界』で知った知識を、この世界に広めたんだわ。
レグがそれにたどり着くことができたのは、彼らがそうやって形として世にものを残すことが出来た者たちだったからだろう。
そうでなければ、きっと気づかなかった。
もしかしたら、本当はもっといたのかもしれない。彼ら以外にも知っている人が……。
(どんな人たちだったのかな……)
逢って見たかったな。
思いがけず語った、あの世界の話は本当に楽しかったから。
「レグは、今のところ私たち二人だけだって言ってたけど……」
私たちが知らないだけで、他にもいる可能性だって、あるんじゃないだろうか……。
レグは夢、私は事故をきっかけに『あの世界』と繋がった。
今まではただの前世、全く別の世界として認識していたけれど……、あの世界とこの世界は、何か繋がっているのだろうか……。
(もしかしたらここは、ある意味でのあの世なのかしら……? あの世界で死を迎えた人間がこの世界で新しく生きている……、とか?)
あるいは、ここはそもそも異世界なんかじゃなくて、私の生きていた時代からはるかずーっと先の未来とか? 私たちの文明が滅んだ後の世界だったとか……。
何それ、もろファンタジーじゃない。
どこの厨ニ設定のラノベ小説よ。ヤダヤダ私ってば、本当にファンタジーに毒されてきちゃってるわ……。
「…………はあぁ」
自分の思考に呆れて流れるため息も長い。
目をそっと閉じれば真っ暗な闇が視界を染め上げる。
暗い暗いスクリーンに浮かび上がるのは、あの日の光景。
タイヤが道路を擦る音、耳をつんざくクラクション。
目の前に迫ってくる大きなトラックの姿……。
『私』は思いっきり地面を蹴って走り出す。
目の前の『何か』に、必死で手を伸ばして――――――……。
ズキン――――――……っ。
「……っい、た」
また、だ。
あの時のことを思い出そうとすると、なぜだか頭に痛みが走る。
まるで霧がかかるように、脳裏に浮かぶ光景を消し去ってしまう。
まるで何かが、「思い出すな」と言っているみたいに……。
でも、なんで急に……。事故のことを思い出すのは別に初めてじゃないのに……。
どうしても、そこから先が思い出せない。
頭の中に響くような声も、もう聞こえなかった。
(さっきは、声が聞こえたような気がしたんだけど……)
何て言われたのかは、わからない。
声が聞こえたような気はするのに、その声が何て言ってるのかはわからないのだ。
わからないのに……、どうしてだろう。
ひどく止められているような気がするのよ。
「やめて、思い出さないで」って――――……。
「……はぁ、ばかばかしい。やっぱり疲れてるのかしら……?」
そもそもおかしいじゃない。
何を言っているのか聞こえもしないのに、止められるような気がする、なんて。支離滅裂もいいところだわ。
きっと気のせいよ。そんな気がしただけ。
(だって、そうじゃなきゃおかしいじゃない……)
セシルの声に聞こえた、なんて――――……。




