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19・いくつになっても嬉しいもの

 


「げ、とはなんじゃ! じじいに向かって失礼なやつめ!」

「いててててっ、頭押さえ付けないでよ! 相変わらず力強いんだからっ!」

「ふん、軟弱者めぃ。まだまだ甘いのぅ」

「強けりゃいいってもんじゃないよじいちゃん。大事なのは戦略さ。戦わずして勝負に勝つ、これが一番だよ。だから俺はここにいる」

「ほう、とうとう出し抜いたか。10人の見張りたちを見事に欺くとは……やりおるわい」

「ふふん、じいちゃんの孫だからね」

「うむ」


 それでいいのか?


 目の前で突如繰り広げられる祖父と孫の会話に正直ついていけない。

 10人の見張りたちって何……。映画のタイトルみたいに言うなし。


 あまりのことに頭の痛みも一瞬忘れた。

 ていうかおたくら。私がいること覚えてます?


「……ああ! そうだ、大変なんだよじいちゃん! この子がいきなり頭を押さえて苦しみだしたんだ!」

「なんじゃと!?」


 いやお前今思い出したろ。


 私に前世の記憶が戻っててよかったわね。これが以前のアヴィリアだったら思いっきり喚き散らされたうえにお父様に告げ口されてたわよ?


 急いで医者に見せねばと騒ぎ出す爺孫の声をBGMに、米俵よろしくたくましい肩に担がれながら、私はそんなことを考えていた。


(…………ルーじぃ、頭痛よりもこの担ぎ方のほうが苦しいわ……)


 プリンセスホールドは恥ずかしいってよく言うけど……。世のお嬢さんがた、そうじゃない。

 多分あれが物理的に一番安全なのよ……。




 ***




「ごめん……、ちょっと急かしすぎたね……」


 問答無用でベッドに放り込まれてから、レグはずっとこの調子だ。


「大げさよ、ちょっと頭痛がしただけだって」


 貴方とルーじぃの関係に……と言うか、二人の会話にあっけにとられてる間にすっかり痛みも治まったし。


「でも、あんまり思い出したいことじゃなかっただろ? さすがにデリカシーなかったよ。……ほんと、ごめん」


 まあ、ね。

 言ってみれば、自分が死んだ時の記憶だもの。気分がいい訳じゃないわ。


「思い出すのは今日が初めてってわけじゃないし、それは関係ないわよ。だからそんなに気にしないの」

「ん……」


 しょんもりとうつむくレグが、なんだか弟みたいで可愛かった。

 素性が知られているせいか、彼の前ではヘタに肩に力を入れずに素でいることができる。


 外見的には同じ年頃でも、中身がとっくに成人済みの私と違ってレグは本当に見た目通りの少年だ。


 なんだか大人に叱られている子供を見ているような気分になって、私はほとんど無意識に、その漆黒の髪に向かって手を伸ばした。


「……っ、なに?」

「だってあんまり落ち込んでるから。……本当に気にすることないのよ、貴方と話ができたことは私にとっても良かったと思うわ。同類がいるなんて、考えたこともなかったから」

「……」

「ほんとよ、こんなふうに飾らずに素の自分で話が出来るなんて、すごく久しぶりだったの。おかげで楽しかったわ。……ありがとう」


 指の隙間をすり抜ける黒髪がさらさらと触り心地がいい。

 まるで令嬢の髪のように手入れが行き届いていて、育ちの良さが伺える。


「……? どうしたの、ぼーっとして」


 あまりの無反応に問いかければ、レグは戸惑ったように口を開いた。


「いや、……撫でられるとか、あんまりないから……」


 どんな反応をすればいいかわからないとでもいうふうに、視線をあちらこちらに彷徨わせる彼は、それでも自分の頭を行き交う手を振り払うことはしなかった。


 確かに、貴族の子供の頭を軽々しく撫でるなんて、容易じゃない。


 僅かに身体を固めてなすがままに受け入れる様子は、叱られる子供から、借りてきた猫のような印象に姿を変えて。


(…………かっっわ!)


「ちょ、やめてよ!」

「んふふふふふふっ」


 思わずわしゃわしゃわしゃと撫で繰り回してしまった。

 そういえば以前、ウェルジオ少年にもこんなふうに感じた事があったわね。


 恐るべし萌え要素。讃えるファンが世に増え続ける理由がわかった気がする。


「…………」

「ふふっ」


 拗ねたように唇を尖らせながらも一向に止める気配がないのは、まるでもっと撫でろと言っているわがままな猫そのもので、余計微笑ましいだけだった。



 しばらくの間、言葉もなくそうしていたが、部屋の向こうからすごい勢いでこちらに近づいてくる音が聞こえて、二人揃って扉の方に視線を向けた。


「アヴィリアっ!! 大丈夫かい!?」

「お父様!?」


 もう壊れるんじゃないかってくらいに思いっきり扉を開けて、息を切らした我が父が部屋の中に飛び込んできた。


「もうどこも痛くないかい? ルーじぃに聞いて慌てて飛んできたんだよ」

「……ルーじぃ、お父様に知らせに行ってたのね。そんな騒ぐほどのことじゃなかったのに……」


 いつのまにか姿が消えてて、どこに行ったのかと思っていたら……。


「後々知られて騒がれるより、今教えといたほうがマシだと思ったんでの」


 お父様の後ろからひょっこり顔を出したルーじぃが呆れたように言う。

 確かにその通りだけど……。遠慮ないわね、ルーじぃ。


「本当に大丈夫かい? 一度医者に見せた方が……」

「平気ですって、ちょっと痛んだだけですぐ治りましたし」

「でも頭だよ? 伯爵の言うとおり、念のために見てもらったほうが安心するんじゃない?」

「うーん……」


 そう言われると……。

 この世界にどんな病気があるのか詳しく理解してるわけじゃないし、もし何か異常があったら怖いかも……。



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