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16・夢見る少年は語る 2

 


 それからの年月、レグは夢と共に成長した。


 ときには『くるま』という鉄でできた乗り物に乗って、遠い場所に出かけてみたり。

 ときには『てれび』という四角い箱の中で繰り広げられる世界にお腹を抱えて笑ったりしたこともあった。



 そんな中で、レグの心をことさら強く鷲づかみにしたのは、その世界の豊かな食文化だった。



 味噌という調味料で作られた『みそしる』なるスープ。

 白米なる食材を固く握り、多種多様の具材を詰め込んだ『おむすび』。


 どれもことさら美味しかったが、幼い少年の心を一心に掴んだのは、から揚げやハンバーグ、そしてコロッケといったメインメニューだった。


(今日の夢のメニューは何かな。オムライスかな? シチューかな?)


 毎日眠りにつくのが楽しみで楽しみで仕方なかった。

 一日の終わりに見る夢が、何よりの活力になりつつあるレグは、すっかり夢の世界に胃袋を奪われていた。




 けれど、まるでそんなレグを嘲笑うかのように、夢を見る頻度は時が経つにつれ徐々に減っていき…………、十歳になる頃には、もう完全に夢を見ることはなくなっていた。


 何か理由があるのか、何が原因だったのか。

 答えは出せないまま、あの夢の世界への扉は無情にも閉ざされた。


 そのことにレグは深く絶望した。

 あの夢は自分にとっての道標だ。あの世界があったからこそ自分は今ここにいるというのに。


(もう二度と見れないのかな……)


 青い空を悠々と飛ぶ鳥のような鉄の乗り物、くるまに揺られながら見る過ぎ行く景色、友人たちと競い合ったてれびげーむ……。


 あの真っ白な白米と香り高い味噌汁と共に味わう素晴らしきおかずの数々を。

 二度と味わうことができないというのか……っ。


 部屋で寝たきりのころの自分だったら、きっと為す術もなくこのまま諦めてしまっていただろう。

 けれど今の自分は違う。ひ弱な身体を嘆くばかりだった少年はもういない。

 自らの足で立ちあがる、立派な漢になったのだ。


「ああ、偉大なる始祖アステルよ……。この哀れな子羊の願いを聞き届けください。どうか私を、もう一度あの素晴らしき夢の世界へ……!」



 そしてあの素晴らしき食文化をもう一度この手に……っ!



 すっかりたくましく育った漢の心からの願いだった。

 こんな願いをかけられる始祖こそ、いい迷惑である。






 その願いが聞き届けられたのか何なのかは定かではないが。

 数年後、転機は訪れる―――――。



 アースガルドでまさかの『コロッケ』が流行り始めたのだ。



 当然レグはすぐさま食いついた。

 厨房に駆け込んで、これを作った人物に合わせてくれと頼み込んだ。


 けれど帰ってきたのは、レグが予想だにしていなかった言葉。


「申し訳ありません……。これは我々が考えたメニューではないのです。我々はただ、教えられた歌の通りに作っているだけで……」


 そう言って紡がれる陽気な旋律に、レグは全身が震えた。


 間違いない……、『あの世界』で聞いたことがあるものだ。


(あの世界を知っている人物が、他にもいる――――――!!)


 それはまさに雷に打たれたような心境だった。


 詳しく話を聞けば、これを考えたのはヴィコット伯爵家の令嬢らしい。

 おそらくその令嬢こそが、自分と同じ『知る者』。


(アヴィリア・ヴィコット……。どんな子なんだろう……)


 すぐにでも会いに行きたかった。

 だけど、外を出歩くなんて危険すぎるとか、面識のない令嬢を突然訪ねるなんて失礼だとか、色々な理由をつけられて周りが許してくれなかった。


 それでも諦めきれなかったレグは、度々周りの目を盗んで脱走を試みるようになる。

 残念ながらそのたびに捕まってしまい、回数が十を超える頃には周りの人間も捕獲レベルを上げていったので、脱走ミッションは日に日に難易度を上げていくという結果になってしまった。



 見張りという名の使用人たちと、度重なる鬼ごっことかくれんぼを繰り返すこと一年あまり……。


 本日やっと、彼らの目を見事に欺き、レグは当初の目的地であるヴィコット邸にたどり着くと言うミッションを、とうとう成し遂げたのだ。



 そうして最終ステージにたどり着いたレグが、そこで見つけたものこそ――――……。





 真っ白なお皿にこんもりと盛り付けられた、夢にまで見た『から揚げ』の姿だったのである――――――――。



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