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25・ヴィコットが抱く緑



「どうするんですかお父様! あんな大勢の人の前で、あんな注目を浴びてしまって!?」


 セシルの誕生パーティーが無事(?)に終わり、屋敷に戻ってやっと一息、と思ったらそうも行かない。

 パーティーで作ってしまった大きな問題が残っている。


「アヴィリア、落ち着きなさい。令嬢たるもの、そのように声を荒げるものではありません」

「う、は、……はい」

「まあまあローダリア。……アヴィリア、君が戸惑う気持ちはわかるよ。だがね、父様も母様もお前の才能を買っているんだ」

「っさ、才能なんて、私にはそんな」

「アヴィリア、君は自分を過小評価しすぎだ。君の持っている薬草の知識はとても素晴らしいものだよ」


 才能なんてそんな大層なもんじゃありません!! 私のはただ前世の記憶があって、以前作ってたものを同じように作っているだけなんですっ! 私が考えたわけじゃないんですっ、先達者の作り方を真似てるだけなんですうぅっ!!


(……って、そんなこと言えるわけないし…………っ!!)


 内心頭をかかえておもいっきり叫び声をあげていたりするが表には出さない。そんなことしたらお母様にガチで叱られる。


「春に作った桜茶は周囲も絶賛で、是非来年も、という声が多い。それにあの薔薇で作ったジャム。あれについても、詳しく知りたい、是非売って欲しいという問い合わせがすでに来ているんだよ、ほら」

「それ全部!?」

「そう」


 父の執務机の一角に明らかに仕事とは関係なさそうな手紙の束がこんもりと山を作っていて、部屋に入ったときから何かと思ってはいたが、まさかそんな注文書とは思わなかったよ!?

 ていうか薔薇ジャムって、あれ人前に出したのほんの少し前ですよ!? お貴族様素早いな。

 え、なに。つまりは私宛て? えええぇ――!?


「私が治めているヴィコット領にはこれといった人の目を引く名産品などはないが、このアースガルド王国の中でも、とくに緑豊かで自然が多い。そして植物がとても育ちやすい土地だ。アヴィリア、それが何故だか解るかい?」

「それは……」


 勿論解る。ヴィコット家の娘として。ヴィコット領に住む者として。

 誰もが知っている。大切なもの。



「…………アースガルド王国の始祖が、我がヴィコット領にて、緑の精霊と契約を交わしているからです」





 ――――――……建国神話、曰く。

 アースガルド王国の始祖。初代アースガルド女王『アステル・フォーマルハウト』は、精霊の声を聞き、精霊と声を通わせるという特殊な能力を持っていたという。


 遥かな昔。

 このアースガルドがまだその名もなく、人が住む村でさえなかった頃、遠い異国の地から現れた女王は、この地に人が住める国を作ると決めた。

 精霊の力を借りて、緑を増やし、水で潤し、大地に命を芽吹かせた。

 女王は精霊たちを無二の友と呼び、精霊達はそんな彼女を心から愛した。


『私たちの愛しい愛しい、“精霊の愛し子”』


 女王がこの世を去ったあとは、徐々に精霊たちもこの国から姿を消し、今ではなかなか見ることもなくなったけれど、彼らは今でもこの国を見守ってくれていると、そう伝えられている。


 精霊との結びつきが強い国だからこそ、アースガルドは精霊を最も尊いものとして祀っているのだ。


 そしてこの王都を筆頭に、この国にはあちらこちらに女王と精霊の逸話が残されている。我がヴィコット領もそのひとつ。


「ヴィコット家と緑の結びつきは深い。だからこそ、お前が植物に秀でた知識を得たことには意味があるのではと思うんだ」

「で、ですが……私の物は本当に本で読んだことを真似た子供の浅知恵のようなもので、そんな意味なんてものは……」

「アヴィリア、そのように自らを軽んじる言葉はおよしなさい」


 母の叱責にうぐ、と口ごもる。

 "貴族令嬢たる者"常に胸を張って己を律してなければならない。低姿勢でいては周りの人間になめられてしまうから。令嬢修行中に、母からも家庭教師からも何度も言われていた言葉だ。

 何も言えずにもごもごとしていた所に、父がまぁまぁと口を挟む。


「アヴィリア、難しく考えることはないよ。私は何も黄金を産みだせと言っているわけではないんだ。君が作り上げたものを認め、喜ぶ者がいる。求めてくれる者がいる。それは紛れもない事実だ。まずはそれを素直に受け止めなさい」

「………………はい」


 母にたしなめられ、父に在るがままを解かれ。

 私は漸くその事実に対し、頷くことができた。


「まずはやってみることも大事だ。色々なことに挑戦してみるのも、大人になってからは難しい。今のうちにやってみることは君にとって、とても良い経験になるだろう。協力するよ」


 それは確かに……、私自身元社会人だからわかる。

 子供だからこそ出来ること、自由でいられることがある。


 もともと、せっかく与えられた第二の人生を流れに乗って生きるのはもったいないと思っていたし、子供としての時間を手に入れたのだからそれを存分に使ってやろうと思っていたのも事実だ。


「それにアヴィリア。君はすでに何か考えているものがあるのではないか? だからバードルディ公爵にあんなお願いをしたんだろう?」

「そ、それは……」


 先ほどのパーティーの終わり。息子の非礼の詫びをと言ってきた公爵の言葉に、私の頭に真っ先に浮かんだのは庭園を散歩していたときに見つけた、あのハーブだった。


 どこかに自生しているのだろうと思ってはいたが、それを探して見つけて、となるとやはり時間はかかる。


 いただけるというのであればすぐにでも! と、ついつい声をあげてしまったが、さすがにあの場で「庭に生えてる草をください(直訳)」はまずかった…………。


 お父様も公爵も揃ってぽかんと口を開けて言葉をなくすし、ウェルジオ少年には奇怪なものを見るような瞳を向けられるし、そして背中にはお母様の刺すような視線をビシビシと感じるわで大変だった。怖くて振り向けなかった……!!

 まあ当然帰りの馬車の中ではお母様の説教が待っていたのだけども。


「ルーじぃとも最近何やらよく話しているね? 君のその才能は、このまま埋もれさせるのは非常にもったいない。もちろん無理にとは言わない。君が嫌ならやらなくてもいいんだ。…………でもね、私もローダリアも、君のその力は是非とも伸ばすべきだと思っている」


 父の言葉にお母様も納得しているように頷く。

 その様子に、私は白旗を上げざるを得なかった。


(……ずるいわ、お父様ったら……。そんなこと言われたら、これ以上言えないじゃない……)



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