これからの話
翌日。
久々に顔を合わせたボグとペルと道場にて鍛錬というか、軽い手合わせをしていると、ペルが真っ先に息を切らせ……道場の隅にぺたんと座りながら声をかけてくる。
「っはー……体力馬鹿二人の相手なんてやってらんないよなぁ。
……んで狼月、最終ダンジョンの攻略はいつになるんだい? 軍の調練が終わるまで待つ感じ?」
それを受けて俺はボグと両腕を組み合い、押し合いながら返事を喉の奥から返事を吐き出す。
「調練もだがっ……商人達との話し合いが終わるまではっ、いけねぇらしいな!!」
そうやって声を出してしまったことにより息が抜けて、力が抜けて……上背も膂力も勝っているボグに押し込まれてしまった俺は、降参だとばかりに手を放し……床に倒れ伏してその冷たさを味わって……息を整えてから言葉を続ける。
「ダンジョン特需で儲けた商人達からすると、急にダンジョンが無くなるってのは困るもんらしくてな、最終ダンジョンを本当に攻略して良いのか、他に何か手があるんじゃないかと、幕府に説明を求めているらしい」
するとペルは眉をひそめ、渋い顔をしながら言葉を返してくる。
「幕府に説明ったって……ダンジョンが消えてしまったのは幕府のせいでも攻略のせいでもなくて、ただ自然な流れでそうなったってだけの話だろう?
そもそも吉宗公が攻略を推進していなけりゃぁ何も得られずにただダンジョンを失っていただけのはなずで……商人連中は一体全体何を言い出してるのさ?」
「と、そんな考えが出来るのは俺達がダンジョンと幕府に近い立場だから、なんだろうな。
ダンジョンのことをよく知らねぇし、行ったこともねぇし見たこともねぇとなれば、あれこれと身勝手な想像をしちまって……自分達の都合に良い形でダンジョンはこういうもんに違いねぇってな虚像を作り出しちまうんだよ。
まー……不安で不安で仕方ねぇから、安心出来るまで説明して欲しいってのもあるんだろうし、風説に流されやすい商人としちゃぁ仕方ねぇことさ。
しっかり説明せず不安も取り除かずに攻略してそれを拍子にダンジョンが消えちまうと……『幕府が庶民を豊かにしたくなくて意図的に消した』なんて噂が流れかねんからなぁ」
「げぇー……なんだよそれ、完全な八つ当たりじゃん。
そうやって放置し続けた結果、攻略も出来ずになんもかんも消えちゃう、なんてこともあるんじゃないの?
せめて攻略だけでもできれば最後のドロップアイテムが手に入るはずなのに」
「そうなったらそうなったで、最後のドロップアイテムを手に入れようとしていた幕府を商人達が足止めしたせいで手に入らなかった……と、そんな言い訳が使えるからな、幕府としちゃぁ問題ねぇと考えているんだろう。
江戸のダンジョンが消え始めたってことは遠からず他の国のダンジョンも消え始めるはず……。
あれこれとドロップアイテムを溜め込んで黒船を何隻も溜め込んで、それだけの利を得られた国がどれだけあるか……幕府としちゃぁ十分稼いだと、満足出来たと思ってるんだろうな」
「はぁー……なるほどねぇ。
ま、うちの国も狼月達からもらった情報を軸にダンジョン攻略して稼いでるからね、こっちに負けないくらいには力を蓄えさせてもらったよ!
ボグの仲間達が突っ込んで、オイラの仲間達が支援をして、どのダンジョンもあっという間の攻略だったんだぜ!!」
そう言ってペルは自慢げな顔をし……倒れた俺のことを心配そうに覗き込んでいたボグは照れたような顔となって、そのでかい手で自分の頭をボリボリとかく。
そんな二人を見やりながら起き上がった俺は……居住まいを整えながら言葉を返す。
「友好国のシャクシャインがそうやって盛り上がってるってのはありがてぇ話だな。
そっちからどんどん品が入ってきて、江戸の食卓もすっかりと豊かになってきたし……とりあえずそんな豊かな食卓で年越しをして、年始を祝って……ダンジョンの攻略はそれからになるだろうな」
するとボグとペルは不思議そうな顔で首を傾げて……それから何かに気付いたかのようにはっとした顔になり、それぞれに言葉を返してくる。
「あー……そういやこっちでは暦で年の始まりを決めてるんだったねぇ。
オラんとこは雪が溶けて春になったら新しい年ってことになってるから、一瞬お江戸はもう雪解けなのかって驚いちまったよぉ」
「オイラ達は年始には山菜野菜たっぷり摘んできて、ひさーしぶりの乾燥してない山菜野菜を楽しんでお祝いするんだけど、お江戸はなんだっけ……なんかこう変わった米料理を食べるんだっけ?」
そんな二人に俺はあれこれと思い浮かべながら言葉を返す。
「変わった料理っても……そんな風変わりなのは食わねぇぞ?
基本的に正月ってのは皆で休むもんで、寝正月のために一切食わねぇなんて家もあったくらいだしなぁ。
文明開化のおかげで豊かになって、寝正月しながらも食うに困らねぇくらいに豊かになって……暦の改定があって今の正月になった辺りからは、餅餅餅、何をするにしてもまずは餅って感じになったかな。
雑煮にあんこ餅にきなこ餅に、あとは大根おろしの辛味餅か。
目くり餅なんかも食う家はあるが、うちじゃぁ食わねぇしなぁ……ああ、あとはやっぱ、コボルトがいる家はコボルトクルミ餅になるかなぁ」
正月と言えば餅食って初湯に入り、あいさつ回りをして恵方参りに行って……子供なら獅子舞見て正月遊びをして。
夜になったら花火を見て、どうしても暇なら港の市場までいって初売りでも見て回って。
特別なことと言ってもそんなくらいのもんで、後は体を休めてぼやっとするための期間で……それも七草粥を食べれば終わりとなるものだから、子供の頃なんかは七草粥を嫌ったりもしたもんだ。
そんな事を考えながらの俺の言葉を受けて、ボグとペルはごくりと喉を鳴らし……らんらんを光る眼でこちらを見やり興奮気味に声をかけてくる。
「ああ、そうだぁ、餅だ餅だ。お米で作るんだろぉ? それ?
うんめぇお米を贅沢に使ってぇ、腹にたまるし力もつくし~、それでいてお米よりうんめぇなんてオラ羨ましいったらねぇよぉー」
「あまーくて、からーくて、しょっぱくて、好きな味付け楽しめるっていうのもいいよなぁ。
雑煮もあれだろ? 魚とか肉とか好きな具入れて良いんだろ? 羨ましいよなぁ、シャクシャインじゃ何もかも凍りついてそんな贅沢できないってのにさ。
そんなだからオイラ達、春になるまでこっちで過ごすって皆に啖呵切ってこっちに来たんだぜー!
いやぁ……こんなに暖かい冬を過ごせるなんて、夢みたいだよ!!」
そんな二人の声を受けて俺は、道場の床近くの、換気用の小さな窓へと視線をやる。
すると外に降り積もる雪がちらちらと見えて……そこからは凍てつく程に冷たい空気が流れ込んでいる。
だがボグもペルもその冷たさを意に介していないというか、暖かいなんてことまで言ってしまっていて……いやはやまったく、話には聞いていたがシャクシャイン、どんな寒さの大地なんだろうなぁ……。
「……まぁ、そんなに楽しみにしてくれてるんなら、餅くらいいくらでも食わせてやるよ。
色んな味付け用意して、米も一級品のもんを仕入れて……そんで年末の大掃除が終わったなら組合の皆で餅つき大会と洒落込むとするか」
そんな二人に対して俺がそう言うと、二人はぐっと拳を握って力を込めて……込めた力を飛び上がることで発散させ、異口同音に、
『やったーーーー!!』
と、そんな大声を上げてしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。





