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第42話 帝都騒乱・破の一

 帝都西区──


 火撃隊予備員が一人、色なしの蒸気甲冑に乗り込んだ少女が、叫ぶ。


「ヤマタノオロチとか神話の化け物でしょ! なんで現代にいるんだよぉ!」


 俯瞰して見れば何かとても不可解なことが起こっており、何者かの陰謀が濃く薫る『帝都騒乱』ではあるものの、現場の人間にそんな大きな話は関係ない。


 帝都火撃(かげき)隊というのは華々しい劇団員であり、なおかつ、帝都を外敵より守る機工守備部隊でもある。


 その始まりは、そもそも帝のもとで戦った戦士団であった。

 帝というのは氷邑(ひむら)七星(ななほし)熚永(ひつなが)の御三家の祖とともに旅をしたとされているが、その戦いはのちになれば戦力を拡大し、帝と御三家それぞれが軍団を率いるようになっていった。


 それが御三家という大名家の始まりでもある。


 そして帝のもとで軍団として戦った者たちが、自分たちの戦いを広く知ってもらおうと、最初は語り、次には芝居にし、それから老いて体が動かなくなると、若者に戦いの様子を再現したものを演じさせたというところから、帝都歌劇隊が始まった。


 その歌劇を演じるには『尚武の魂』……演じ手にも戦いの再現ができる実力が必要だと言われたところから、劇団員は相応の戦闘能力を有することが決められ、劇団の祖が帝へ忠誠を誓っていたため、そのまま劇団の戦力は帝の治世に捧げられた。


 こうして劇団を兼ねる最強部隊というものが出来上がったわけである。


 しかし、平和な時代だ。


 劇団員には確かに厳しい入団基準があり、毎日の訓練がある。


 戦闘能力は間違いなく高いだろう。


 だがそれでも、現代、多くの劇団員は、命懸けの戦いに挑むさいには、こう思う。


「戦うために劇団員になったわけじゃないのに! あたしは、スタァになりたかったの!」


 ……現代、精鋭は精鋭と呼ばれるだけの存在であった。


 治安維持のための部隊は侍大将直下の連中がいる。

 主に火撃隊がどこかに向かうのは、示威のためである。その戦いぶりは複数の蒸気甲冑が編隊を組んで飛び、空中から敵対者を一方的に蹂躙し、また舞うように空を飛んで去って行くという、実戦ならざるパフォーマンスがメインであった。


 ゆえにこそ実力よりも華々しさが問われるし、入団する者たちもまた、己の『華々しい活躍』を夢見る。

 もちろん劇団というのは人気がすべてだ。人気のある者は華々しいだけでいいが、人気のない者は地味できつい下働きもやる。

 だが、だが……


「誰も見てない場所で化け物と戦って死ぬなんてイヤー!!!」


 ……ようするに彼女は生粋の目立ちたがり屋であり、劇団員には、そういった目立ちたがり屋が、どうしても多い。


 しかし現在の帝都西区は住民の避難が行われており、結果として、誰も見ていない場所で、『予備員』と呼ばれる『色付き蒸気甲冑に乗れない(モブ)たち』は、とんでもない化け物と、終わりの見えない、死ぬかもしれない戦いに身を投じていると、そういうわけであった。


 しかも彼女には個人的にも、この戦いに乗り気になれない理由がある。

 それは……


「だいたいあたし、蛇が苦手なのに!」


 ……そういうことであった。


 なおさっきから超騒がしいので、彼女ばかり化け物に狙われている。

 しかも叫びながら、いろいろな限界が彼女を強くしているのか、とんでもない軌道で奇跡的な回避を繰り返していた。


 これによって他の蒸気甲冑乗りたちは安心して攻撃に集中できるのだが……


 その攻撃が、効いていない。


 ……否。効いてはいるのだろう。


 しかし、八又(やまた)、すなわち放射状に体が生えてしっぽの部分で結合した蛇は、とんでもない再生能力を持っていた。

 というよりもおそらく、『限定的な不死能力』を持っているものと思われる。たとえば……『八つの首を同時に斬らねば死なない』などの、能力が。

 先ほどどうにか首の一つを奪うことに成功したというのに、すぐさま生えてくるものだから、隊員たちの絶望感は酷いものがあった。


 もちろん不死性だけではなく、攻撃力も脅威だ。


 そもそもあまりにも巨体。

 対角線上にある頭をべたーっと地面につけて、頭から頭までを測れば、かるく一町(およそ百m)はあるであろう。

 もちろん『長いだけで細い』などということがあるはずもなく、首の一つ一つは、おおよそ三間(六mほど)の直径がある。


 筋肉がみっしり詰まったその体の先には蒸気甲冑ごと搭乗した劇団員を丸呑みできそうな大きな大きな口があって、そこにはさらに、長大な牙が上から下へと生えていた。

 しかもその牙からは粘度のある紫色の液体がぽたりぽたりと垂れていて、それは地面に落ちると『ジュウウ……』と音を立てて、帝都の石畳を溶かすのだ。


 この巨大なものは帝都西側に唐突に出現し、帝都門を巨体と溶解毒で壊し、街の中にまで侵入してきたのだ。


 いきなり現れたという話なのだが、こんなものが常識的に考えていきなり現れるわけがないので、戦わされている劇団員としては『見張りィ! 何やってんだ見張りィ!』という怒りが抑えきれない。


 まあ、今は怒っている場合ではないのだが──


「うひー! たすけてー! たすけてー! なんであたしばっか狙うのよお!」


 それは君が大騒ぎしているからです、とは誰もが思うのだが、誰もそこを突っ込む気力がない。

 終わりの見えない、しかも一発食らえば死ぬ緊張感が常にある戦いというのは、人から気力を奪うものである。

 むしろ大騒ぎできるぐらい元気な彼女がいて初めて全員が戦えているといったありさまであり、この元気な声がなければ劇団員は帝都を外敵から守備するという本懐を忘れて、逃げ出していたことだろう。


 しかし、その戦いも……


「あっ」


 空中をアクロバティックな軌道で逃げ回っていた『騒がしい劇団員』の蒸気甲冑が、左右をヤマタノオロチの首二本に挟まれた。

 そしてその首と首のあいだから、大口を開けた蛇の口が迫ってくる。


「しんだ」


 もう笑うしかない絶望的な一撃であった。

 こうして化け蛇による必殺が今、この場の士気の源である『騒がしい劇団員』をひと呑みに──



(こうべ)を垂れろ。化け物の分際で頭が高い」



 ──とは、ならなかった。


 劇団員の目の前で、蛇の首が止まる。


 止まって、ズレる。


 ズレて、血を吹き出しながら、落ちていく。


「うわあ!?」


 あまりの光景に大声をあげる。


 その劇団員の視線の先──


 空を踏んで立つ、銀髪の少年がいた。


 その少年は振り返る。

 彼の顔は──目も口も鼻もない、ただし角だけはある赤い仮面に覆われている。


「さて、そこの女。状況を説明しろ。この俺が斬った首が、もう生え始めているようだが、アレはなんだ?」


 仮面の少年は、そんなことを言い出した。


 あまりにも傲慢な物言いに、笑うしかなかった。



 時を少しだけさかのぼる。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、尾庭(おにわ)博継(ひろつぐ)から奪った面頬(めんぼお)(かなり臭い)をウメによく掃除させ、それを加工して作った仮面の被り心地を確かめつつ、このようなことを述べていた。


「アシュリー、ウメ、俺は正体を隠すぞ」


 アシュリーもウメも、主人のことを目立ちたがり屋だとなんとなく思っているので、その発言は意外に思った。

 そもそも、これから彼がしようとしているのは、帝都の騒乱をどうにかするという英雄的活動だ。この上ない武名を轟かせる機会であり、梅雪を慕う女としては、彼の『無能な道士』という風評を覆すことを望んでさえいた。


 だが、働きはするが、正体を隠すと言う。


「なんでです?」


 言葉がうまくないウメに代わって、アシュリーが問いかけた。


 梅雪は足元で南へ向いて倒れる棒をみやりながら、応じる。


「未だ俺の実力が足らぬからだ」

「……えっとぉ……」

「生まれつき無双たる天才であれば、武名を轟かせるのもよかろう。だが、今の俺はまだ中途半端よ。強敵を相手に勝利という(じつ)を拾うために、身に纏える偽装は纏っておきたい」


 尾庭博継は、強かった。

 勝敗こそ明確であり、勝負こそ一瞬であったが、あの剛力、あの速度……悔しいことに、愛神光(あいしんひかり)流を知らず、剣聖との一騎打ちを経験していなかった梅雪であれば、負けていただろう。

 あの勝負は僅差であった。今の状態で百回やれば、それはまあ、百回勝つだろう。だがその百回すべてで、梅雪は『死ぬかもしれない』と思う。そういう勝利だ。


「敗者大名など何人で来ようが一蹴できる程度の強さが欲しい。さもなくば、連中よりはるかに強い勝者大名には勝てぬ。ゆえに、俺は油断を誘う偽装を維持すべきだ。(きた)る戦国時代において有利に進撃を始めるため、俺は無能の道士と思われていた方が都合がいい」


 敗者は落ちぶれ、勝者は敗者の富や人材を吸い取ってますます強くなるのが世の常。

 であれば『ますます強い者』への対策として、梅雪は世間から無能扱いされている状況を武器とすべきと考えた。以前から考えてはいたが、改めて実感した──と言うべきか。


 そこでアシュリーが挙手して、こんな指摘をした。


「……あの、強さの偽装をするなら、そもそも戦わずにどこかで隠れるという選択……」

「この俺を煽ったやつに土下座もさせずにおめおめ逃げ帰れと?」


 土下座をさせたい。が、強さの偽装もしたい。

 そこで両方の願望を叶えるための折衷案こそ、『顔を隠して活躍する』であった。


 氷邑家は髪色が特徴的だし、氷邑家一党に梅雪ぐらいの年齢で銀髪を継いでいる者はいないので、顔だけ隠しても正体がモロバレという可能性は……


 ないのだ。


 ただしそれは、梅雪の戦いが剣士のようである限りという条件がつく。

 剣士は後天的になることができず、道士よりも強いとされている。

 つまり仮面を被って梅雪が剣士かのように無双すればするほど、人は梅雪が仮面を被っている可能性よりも、氷邑家に秘蔵っ子がいる可能性の方を追うようになる。


 氷邑家の評判、上がっていい。

 梅雪の評判、上がらなくていい。


 なぜ、そんなことをするのかと言えば、それは……


「ククク……楽しみだなァ? 強い氷邑家の唯一の弱点と思って俺を舐め腐った連中が、その俺に返り討ちにされる未来が」


 ようするに他者に何を弱点と思われていて何を長所と思われているかをはっきり認識していた方が、軍略が立てやすいという話でもあるのだが。

 それ以上に、梅雪の趣味嗜好としては煽りの誘い受けという側面の方が強い。

 だって一番気持ちのいい土下座は、こちらに対して勝ち確煽りをしてきたクソを、逆に土下座させるというものなのだから。


「……まあ、何も知らんやつらに訳知り顔で『無能の道士』などと思われるのは、(はらわた)煮えくり返るがなァ……!」


 勝利のために呑み下そう。

 土下座は勝ってからでも要求できる。心のこもった真の土下座と命乞いをさせるために、今はこの憤怒を飲み込む懐の深さが必要だ。必要だが、ちょっと自信はない。


「そういうわけで、俺は顔を隠し、剣士かのように戦う」

「ど、どうやって?」

「剣さえ使えば衝撃波を出そうが分身しようが剣士扱いされる」

「まあ確かにそうですけど」


 剣士という連中は本当になんでもアリだ。

 武器や肉体を介してさえいれば、あらゆる奇跡は『剣士だから』で許される。

 衝撃波、放つ。空中、歩く。刀より巨大なもの、一刀両断する。

 ……まあそういう奇跡を起こせるのは上澄みだけというのも事実ではあるけれど、上澄み連中は『剣とは?』という哲学的な問いをその行為により投げかけてくるのだ。本当にふざけている。


 とはいえそういう『剣士のヤバさ』はゲーム知識により知っていたものでしかなかったが……

 改めて生粋の『この世界の人』であるアシュリーに肯定されると奇妙な笑いが漏れそうになった。

 気を取り直して言葉を続ける。


「しかし、剣士偽装のためには貴様らが邪魔だ」

「確かに阿修羅(あしゅら)ちゃんがないと私は何もできませんけど……!」


 阿修羅ちゃんというのは、アシュリーの乗ってきた機工甲冑であり、帝都のルールに従って、今は帝都南門のそばに置いてある。

 南門でも絶対何か起きてるので、阿修羅ちゃんが無事なのか、かなり不安ではあった。


 だが、梅雪が二人を遠ざける理由は、力ではない。


「貴様が足手まといなら、それ以下の有象無象を表現する言葉がない。理由は単純だ。貴様らはこれから常に氷邑梅雪(おれ)の傍に(はべ)るのだ。貴様らを連れては、顔を隠そうが、道士でない偽装をしようが、俺の正体がバレるではないか」

「……」

「そういうわけだ。ウメ、アシュリー、機工甲冑を拾いに南門へ行け。ついでに南区の騒乱を鎮圧しても構わんぞ」


 不意にそんなことを言われたウメは首をかしげた。


 梅雪は、


「この俺に奴隷を側室に迎えさせるつもりか」

「………………」

「名を上げて奴隷から脱しろ。傍に侍らせている貴様が実力者だと知れれば、俺の無能偽装もやりやすくなる。とはいえ、帝都の騒乱ごときくだらんものに命を懸けるのは許さんぞ。アシュリーの甲冑を回収。できそうなら南区の暴動鎮圧。そののち、蒸気塔に向かえ」


 梅雪は信頼できる家臣を姫のごとく扱うつもりはない。

 梅雪はその信頼に応える。だが、家臣の方も、主人の信頼に応える義務がある。


 与えられるだけの関係も、与えるだけの関係も望まない。

 主人と家臣というのは、奉公に対してご恩を返す。そういった関係なのだ。


「かしこまり、ました」


 ウメが礼をする。

 梅雪は「ふん」と鼻を鳴らして、面頬……もはや『角以外のない、顔のない仮面』と言えるそれから見える景色を確かめる。

 視界は良好。顔もおおむね隠れる。目の色さえも、見えない。


 だが美しい銀髪はそのままである。

 もしもこれで道術を使っているとバレようものなら、年恰好と戦いぶりから、氷邑梅雪だとバレるだろう。


 じゃあ、どうするか?

 圧倒的に活躍する。誰もが剣士だと認めるほど無双する。道士ごときに負けたなどという可能性が頭がよぎらないほどに、勝利する。


(まったくもって、単純で素晴らしい話だなァ)


 梅雪は立ち上がる。


「では、暴れるか」


 負けるつもりのない戦いが、


 負けられない戦いが、


 こうして、始まった。

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