第284話 運命の女神斬滅戦 五
超巨大スライムと化した『運命の女神ヴィヴィアナ』。
それが振るう超・超極太触手の薙ぎ払い。
人間に向けていい攻撃ではなかった。建造物でも受け止めるのに足りない。
『神が手を薙いだ』。すると何もかもが崩れ去る。
これは対人類ではなく、対都市でもなく、対文明と言えるような、薙ぎ払うだけで何もかもを壊し、呑み込み、取り込む──そういう性質の一撃だった。
それを運命を操る女神が振るうのだから、たまらない。
『運命の袋小路』──氷邑梅雪が看破した通り、ヴィヴィアナの攻撃は鋭さや速さ、冷たさなどが本質ではない。『当てるとその人物の人生を詰む』という概念の攻撃。それこそが、運命の女神が魔界のモノどもを取り込み振るう、スライム触手の正体だった。
……だが、この『運命の袋小路』は、ある条件を満たしている者には、『ただの強く範囲が広く速い打撃』でしかない。
そして……
氷邑銀雪。
戦場に現れた、長刀を操るこの銀髪碧眼の美丈夫は、『ある条件』を満たしていた。
それは──
ヴィヴィアナの触手が、斬り裂かれる。
建造物を埃のように薙ぎ払うその触手は、ぶよぶよしたスライムの粘度・柔軟性に、巨大質量ゆえの破壊力と、鋼のような丈夫さを併せ持つ。
だが、銀雪の刀はそれを斬り裂き、銀舞志奈津から放たれた青銀の斬撃は、女神の触手を斬り裂いてなお止まらず、その向こうにある『異界の穴』を斬り、消滅させていく。
運命の女神をして詰めない条件とは、力か?
──違う。力ではない。
では……
運命の女神が、全身から細長い──とはいえ、本体の巨大さからそう見えるだけで、一本一本が槍のような触手を伸ばし、雨のように地面を突く。
篠突くどす黒いスライム触手。
だが、氷邑銀雪はそのすべてを最小限の動作でかわし、時に刀で払い、崩し、巻き上げ、操作を奪って触手同士を衝突させることさえやってのける。
運命の女神をして詰めない条件とは、速度か?
──それも違う。速度でも、ない。
神の力は、力や速度などというわかりやすい、人用にダウンサイジングされた実力を測る指標などにはまったく阻まれない。
殺すと決めたら相手が死ぬ。かく望まれる、ゆえに、かくある。それこそが神の力。
氷邑梅雪を殺せなかったのは、殺す気がなかったから。
その取り巻きが死ななかったのは、取り巻きらが巻き込まれて死ぬ程度には弱くなかったのも理由としては大きいが、一番の理由は、女神の眼中になかったというものになる。
では、今……
氷邑銀雪が、死なない理由は。
「死を宣告されてますねえ」
──別な女神の手垢がついている。
ヴィヴィアナはこのクサナギ大陸にとって『外なる神』である。
一方で氷邑銀雪に死を予告したのは、この大陸の土着の神──イワナガ。
銀雪はイワナガによって、『息子に殺される』という予言を受けている。
梅雪がそうしたように、人は神の予言を覆す力を持つ。
だが、神は、神の予言を覆す力を持たない。『奇跡』というのは、人にのみ許された力なのだ。
だからこそ、『邪魔な連中を雑に一掃できるように』と自己強化したのが仇となっている。
今この場には──銀雪を巻き込まずに、他の連中だけ殺し得る可能性が存在しない。
ヴィヴィアナが他の連中を殺すならば、それは、銀雪が必ず巻き込まれる──否、最初に死ぬ。
氷邑銀雪。
『盾』の氷邑の、前当主。
その卓越した剣術に加え、誰よりも前に立ち、誰よりも先に攻撃を受けるその立ち回りのせいで、銀雪を抜かなければ他の連中に攻撃が届かない。
──運命。
梅雪が消え去ったあと、ただ踏みつぶされるだけの脆弱なる人間たちしか残っていなかった。
それを『詰む』ことは運命の女神であればそう難しいことではなかった。単純に出力を上げた時点で、それはほぼ達成された。
だというのに、『他の神、それも土着の神に死に方を予告された人間が、常に一番に死ぬ場所に立っているせいで、殺せない』ということになっている──
「……面倒ですねえ」
ここで運命の女神はつぶやき……
動き出した。
これまでその場にじっとさせていた本体を動かし、向かう先は……
梅雪の行った方向。
女神は極めて単純に切り替えたのだ。
『今、この場にいる邪魔ものが、全然殺せない』
『なら──』
『──無視して梅雪を追いかけちゃえばいい』
ヴィヴィアナの視点で、豆粒ほどの小さく見える連中が、何かを叫んでいる。
追いすがって来る。国崩の黄金の神威波が。銀雪の剣閃が。龍ゾン寺の一撃が。島津たちの突撃が。
だが、神はその全部を無視した。
いくらか体が削られているが、まだまだ開いている魔界の穴から、いくらでも資材は運ばれてくる。銀雪の剣はその穴を閉じているようだが、開いている穴は多いし、別に閉じたらまた開けばいい。
そして魔界塔よりも巨大となったこの体だ。
多少の損傷を無視して進めば、相手にはこちらを止める手段がない。単純に質量差・体積差で話にならない。
もしも今の玉体が『二足』や『四足』であれば『脚を斬って止められる』という事態も発生したかもしれない。
だが黒いスライムと化したヴィヴィアナの体には、いわゆる『脚』がない。
粘性のぶよぶよとした塊だ。底辺をいくら削られようとも、進む速度にはゆるみは出なかった。
痛みもない。それがゆえに、ヴィヴィアナの眼中どころか、意識にさえ、もはや、銀雪らは存在しなかった。
単純にサイズが巨大になった。人がどこか目的地に向かっている時に、足元の虫をいちいち気にしないのと同じだ。ヴィヴィアナは虫のように小さな人間たちを無視する。それだけの話。
この女神の目に留まるのは、もはや、この女神が興味を向ける対象──
──と。
……この女神が、目に留めるとしたら、それは。
「エネルギー充填!」
たとえば、無視できないほどのエネルギーを持って。
「観察によれば──あれが恐らく、『巨人の生き残り』かと」
空から飛来する。
「なんでもいい! 行くぜ!」
目に留めざるを得ないほど巨大な──
「心を一つに! 必殺、黄金──」
ロボ。
「──斬!!!」
黄金の輝きを放つ神威を放ちながら、進路上に回り込むその巨大な存在を、さすがのヴィヴィアナも無視できなかった。
……その存在が放った神威は、魔界のモノどもで膨らんだ体によく刺さった。
その神威は──
ゲーム剣桜鬼譚においては、巨人特効のスキルで表される特性を持っている。
梅雪がその存在を呼び寄せるようヨイチに命じたのは、この九十九州に特効対象が二体出るのを知っていたからだ。
龍ゾン寺領攻略の際に立ちふさがる、DXギンチヨロボと、魔界塔。
この二体の『単純にデカい連中』に対抗するために便利に使えるだろうと思い、ヨイチに一応、交渉を任せていた。
来なければ来ないでもまあ、いい──その程度の用意ではあったが。
彼らは、来た。
彼らは、巨人からクサナギ大陸を守る使命を帯びている。
彼らは──
「『竜面の剣士』への恩を返すため、三河より助太刀に来た。これより先は──我ら北条が、加勢する!」
小田原城ロボ。真の名を黄金龍。
黄金の龍の三鱗を家紋とするその存在が、巨大となった女神ヴィヴィアナと向かい合った。




