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第236話 いくつもの夜の先に

【報告】今日、カドカワBOOKSから書籍が出ます。

 帝への報告をし、論功行賞が行われる。


 総大将の氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)を除けば、最大武功は七星(ななほし)家だった。

 中国地方の各地に点在する砂賊を殲滅していた時の戦功には、それぞれ大きな差異はなかった。だが、備中高松(びっちゅうたかまつ)迷宮に最も早くに切っ先をつけた働きが決め手となったのだ。


 七星家はこの度の働きを認められ、公式には帝からの信頼が上がり、それから、モトナリからのお礼という形で中国地方の土地の一部を手に入れた。

 とはいえ完全に飛び地なので、統治はこれまでと変わらず──一応『委任』という形式はとるが──モトナリが行うこととなるだろう。


 氷邑梅雪および氷邑家は──


「大江山および、熚永(ひつなが)家重代強弓の(いさ)()を氷邑家に与える」


 これは実質的にはすでに獲得していたものだが、このたび公式に獲得となった、というものだ。

 大江山に関しては一応不可侵の土地であったのだが、不可侵かつ統治者がいない(帝が選出していない)状態であった理由として、『魔境との緩衝地帯』であり、『熚永家と氷邑家の緩衝地帯』という性質があった。

 このたび、魔境の奥に封じられていた氾濫(スタンピード)の主が出て来たことが確実になり、さらに熚永家はなくなっているため、『氷邑家のもの』とする沙汰が降ったのだ。


 ……大江山についての沙汰は、そこに住まう野生のクマや、そこを根城にしていたイバラキなどが聞いたら『そもそも(オマエ)のモンじゃねぇだろ。勝手に決めんな』と言いそうではある。

 だがしかし現在のクサナギ大陸はあまねくすべての土地が帝のものであるというのが、一応、法的には正しい。なぜなら法は勝者が布くものだからであり、勝者とは人間同士の勢力争いの勝者を指す。

 動物は権利主張をしないし、大抵の場合、人間という集団からすれば『狩られる側』──つまり弱者であるからだ。どんなに複雑ぶってみても、根底にある理念は『弱肉強食』なのである。


 弱肉強食であるから、これは、氷邑家という『実際に戦って各土地の問題を解決した家』が帝に要求して下賜させたものである。


 下賜させるという『帝をなんだと思っているんだ』ということをさせておきながら、


「この他にも毛利家を始めとした家からの感謝状及び、砂賊の支配していた土地の支配権利、さらには帝内の一部地域の権利を氷邑家へは与えるつもりであったが、氷邑家自ら辞退したという事情もあり、このたびの遠征の大功にはまったくもって足りぬけれど、以て砂賊糾合事変解決の褒美とする」


 ……ということまで言わせる始末である。

 中国地方の土地については飛び地過ぎて管理が面倒なので辞退というのもあったが、帝内地域の土地については、これもまた、似たような問題と言えば、似たような問題である。

 そもそも『帝の民』と自認している者たちの心は掴みにくい。帝直轄領であった場所に住まう者どもは、『自分たちはこの世で最も尊いお方の所有する土地に直接仕える臣民である』という自負に満ちており、これを氷邑家が横から来て治めようとしても、うまくいかないのが見えていた。

 また、そういう人民の心を長い時間と手間を使って開かせるのも『なんで俺がそんな有象無象のために時間と心を砕いてやらねばならんのだ』というわけで、土地の支配権の下賜は断ったという事情がある。


 ああいう生まれた場所がたまたま帝の直轄領であったというだけで思いあがっている者たちを支配するには、帝を倒してしまうのが早い。

 なので別に土地の名目上の主人になるのはその時でいいのだ。激しく抵抗するなら、見せしめもしやすいし。


 その代わりとして帝にはいくつかの便宜を図っていただいており、氷邑家の産業が帝直轄領に代官公認で参入するなどの『武家としてではなく商売人としてのメリット』は数多く獲得している。


 だがしかし、公式な書類に記されるのは、『氷邑家は大活躍したにもかかわらず、帝からの褒美を慎み深く辞退し、いただいたものを帝にお返しした上で、土地の発展には寄与させていただきますと申し上げた』という事実のみである。

 こうして歴史は記される。


「それから」


 と、論功行賞の場で読み上げられるべき台本が一通り読まれたところで、梅雪が事前に知らなかった流れが始まろうとしていた。

 帝直々に語られる、台本になかった内容とは……


「毛利家のモトナリ殿から、縁談が来ている」

「…………」


 頭を下げて御簾の向こうの帝の声を聞く梅雪の背筋に、嫌な寒気が走った。

 まさかな。いや、そんなわけないよなさすがに……と具体的な話をされる前に、無数の言葉が頭を過ぎる。そういうタイプの嫌な予感だ。


 帝さえもちょっと戸惑うような声で続けた。


「氷邑梅雪、お前に、モトナリ殿が嫁入りしたいと……」

「あれだけ祖母だと念押しをしておきながら?」


 気分的には語尾は『しておきながら?』などという穏やかなものではなく、『しておきながら!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?』ぐらいの『ありえんコイツ感』があった。

 帝に対してそもそも不敬な物言いになってしまっているが、それでもはしたなく大声を挙げなかったのは、梅雪の自制心が優れていたという証拠として、末永く語り継がれるべきであろう。


「まぁしかし、実際、祖母ではないのだろう?」

「それはまあ、祖母ではありませんが……母方の祖母か、曾祖母か、そのぐらいであると……モトナリ殿自らが……」

「うむ、まあ、なんだ、モトナリ殿はそのあたりのことが自由なお方のようなので……」


 帝が公的な場で口ごもるレベルの自由さだった。

 そもそも公的な場でいきなりぶっこんでくるなと言いたいが、西の大国毛利の主人自らの打診ということで、ここで言わないわけにはいかない事情もある。


 相変わらずモトナリはこの場にいないが、モトナリ最新の娘であるモトハルは梅雪の横で楚々とした様子で平伏しているので、無視して進めるわけにはいかないのだ。

 ……というより、原稿作成のタイミングでなんの話もなかったのは、モトハルが(恐らくモトナリの指示で)奇襲的タイミングを狙って帝に書状を渡したという事情が絶対にあるので、『楚々とした様子』というより、『何すっとぼけた顔してんだお前』という感じだ。

 政治家、と言えばそうなのだろうが……


 帝が、とても言いにくそうに口を開いた。


「……氷邑梅雪」

「…………は」

「先の熚永(ひつなが)の乱を待つまでもなく、帝都騒乱に熚永アカリが小さくない関わり方をしたことで乱れた我らが権威、未だ回復したとは言い難い。このたびの砂賊糾合事変での活躍もあり、七星家も存在感を示してはいるものの、やはり世間においては、氷邑家が──あの氷邑家が、我らの権威を一人で支えている、という見方もある」


 帝が評判の悪い氷邑家の傀儡にされている、という噂があるよ、という話だ。


「氷邑、七星、二つ合わせて国家という車を支える両輪である。だがしかし、安定のためには最低でも三輪が必要というのも、わかる話ではあり……」


 もう話は全部わかった。

 ようするに『評判の悪い氷邑家と、伝統ある、そして異界からこの世界を守護する巫女国家であり、人に対して刃を向けることがなかったため評判のいい毛利家とのよしみを深めることで、氷邑家の評判を回復し、さらに毛利家を一種の独立した勢力ではなく、帝の直下に組み入れることで、クサナギ大陸の情勢の安定を図りたい』という話だ。

 簡単に言うと『結婚……して欲しい(毛利モトナリと)』ということである。


(毛利モトナリと……毛利モトナリとかあ……?)


 別に狐耳ヒロインは嫌いではないのだが、あれだけ祖母祖母されると抵抗が凄まじい。

 梅雪も母の話を出されたことでちょっとモトナリの祖母度を自分の中で高めていたところもあり、今さら攻略対象に返り咲かれても困る。


 だが政治的にわかる話であり、なおかつ、いくら評判がいい毛利家を取り込むという話だとしても、氷邑家に嫁入りする以上、帝内地域で氷邑家の発言力が増す結果になることには変わらないので、メリットもあるのだ。

 メリットもあるのだが……メリットのために明け渡してはならないものもきっとある気がする。


「……誠に申し訳ございませんが、それだけはご容赦を」


 大国が帝越しに持ってきた、大国当主との縁談を、一存で断るというのは言うまでもなく『やらかし』に分類される。

 だがやらかしてでも守らなければならない一線というのがある。そもそも奇襲的に縁談を持ってきて家臣団と相談する時間を与えなかった毛利が悪いよ。


 帝もそのあたりは理解しているようで、「そうか」とそれ以上押すこともなく引き下がった。

 もちろん帝としては氷邑越しに毛利とつながりを深くしておくことのメリットは把握しているのだろうが、『妹の婿が……新しく祖母を娶る……?』というのに受け入れがたいものもあったのだろう。ここでこれ以上強く推さないのは、帝としての判断というよりも、妹を持つ兄としての判断だったのかもしれない。


「であれば」


 と、ここで許されてもいないのに発言をするのは、梅雪の隣で平伏していた毛利モトハルであった。

 この巫女、モトナリのキャラが濃すぎて存在感が薄いが、戦闘においても卒のない活躍をしていたことを、なんか今さら思い出してしまう。ようするに怖い。


「毛利の縁者を、氷邑家に養子として受け入れていただきたく。もちろん、現当主の嫡子とするか、前当主の嫡子とするか、あるいは分家筋で受け入れるか、その判断はすべて委ねる所存にて」


 帝と梅雪は御簾を挟んで同じ表情を浮かべていた。

『やられた』である。


 祖母の嫁入りとかいう爆弾で吹っ飛んでしまっていたが、思えばこれは単純な心理的テクニック。『一つの大きめの要求をしておいて、それを断らせることで、次の要求を通しやすくなる』というものである。


(……二千年を生きた巫女、半端ではないな)


 こうまで単純なテクニックが、こうまで絶大な威力でハマる。

 政治力において、梅雪も帝も、まだまだモトナリには及ばないらしかった。


 ここで『梅雪の嫡子に』と強く推されれば『氷邑家を乗っ取る算段か』と反発も出来たが、とにかく受け入れてくれたらなんでもいいと言われてしまうと、断りにくい。大国の当主からの嫁入り打診とかいう、政治的に見ればめちゃくちゃメリットがある申し出を断ったあとだとなおさらだ。


 梅雪は一応、抵抗を試みる。


「しかし、いかな毛利家の縁者としても、どのような素行の者なのかわからぬのでは、受け入れようもございません。何せ毛利家には、モトナリ様の直系であろうとも、その出自から家を出された者もいるはず。そういう者を押し付けられては、たまりませんからな」


 これは梅雪の母である椿(つばき)の話だ。

 椿は毛利モトナリの直系であることをモトナリ本人も認識するほど尊い血筋であった。だが、『海異(かいい)』の影響が強かったということで、領地を追い出され、なかなか戻れなかった過去がある。


 言いたいことは『お前らは血縁でも普通に縁切りするだろうが。それを縁者だから引き取れとか言うのは、あとになって切らないという保証があるんだろうな?』ということだ。


 モトハルはそのあたりをすべて理解したような笑みを浮かべていた。


「もちろんにございます。……さて、毛利家の歴史について、少々だけ語らせていただきたく。我が母モトナリは、もともと大名ではございませんでした。中国地方を守る道術の使い手として砂漠を巡る歩き巫女であり、最近……とはいえ百年ほど前でございましょうか。ある家にお世話になっていたのです」


 長命者の『最近』は幅が広すぎる。


「母、モトナリはその後、イツクシマ神社のある地を守っていた遠い子孫である毛利家に嫁ぎ、現在では毛利家の当主となっておりますが……毛利になるまでお世話になっていた家は、動乱の中で心を乱し、中国地方の平和を乱すとされ、最近……これは十年ほど前ですが、毛利家によって滅ぼされております」

「…………」


 梅雪の中でまた嫌な予感が膨らみ始める。


「その家というのが、尼子(あまご)家という名でございました」

「……まさか、生きているのか」

「半死半生であったところを、わたくしが保護し、療養をしておりました。母モトナリは、その保護された尼子の遺臣を娘として受け入れ、これを氷邑家に養女として出すか、あるいは、嫁として出すかという話をしていたのです。けれど、嫁入りにはさすがに年齢が若すぎ……なので、このモトハルの一存で、可能であれば、娘として受け入れてはくださらないだろうか、とお願い申し上げておりまする」


 モトハルの一存。


(絶対に嘘だ!)


 もう清々しいまでの嘘である。

 最初から全部、モトナリが絵図を描いていた。絶対に間違いない。


 帝が、御簾の中から声を上げる。


「話が見えぬ。……つまり、その人物はどういう人物で、なんという名なのだ?」


「現在は毛利シカノという名の、砂賊糾合事変の際、氾濫の主人の被害に遭っていた哀れな娘でございます」

「そうか、それは……」


 氾濫の主人の被害に遭っていた娘、という宣伝文句に帝が堕ちかけている。

 いくらなんでも堕ちるのが早すぎる。いい人過ぎるのだ、帝は。


「もちろん、氷邑様が『いずれ、側室に』とお思いであれば、分家筋の娘にしていただいても一向に構いませぬ」


(さっきまで存在しなかった条件がいつの間にか増えているが!?)


 梅雪はつい大声を出しそうになり、しかしこれを堪えた。

 シカノ。シカノ。シカノかぁ~……という悩ましさが脳裏をよぎる。なんというか、毛利家関連、だいたい悩ましい。


 だが一つ。


「……なぜ、氷邑家に入れようと望むのか、伺っても? 滅ぼした家の遺臣ということで、責任を感じているのであれば、そのまま、毛利家で世話をするのが筋と思うが」

「シカノは、毛利家を滅ぼすつもりでおりますゆえ。毛利家を滅ぼせる可能性のある家へと、モトナリは望んでおります」

「…………」

「モトナリの言葉をそのまま伝えましょう。『子供は、わがままでいい』」

「……つまりそれは、氷邑家が毛利家へ牙を剥く可能性を考慮している……というよりも、はっきりと焚きつけているとしか思えぬのだが、それは、そちらも認識しているものと考えて相違ないか?」

「はい」


 モトハルはずっと頭を下げたままだ。

 だが、その頭を下げた姿には、思わず気圧されるような迫力があった。


 静かで、不気味で、分厚くて、重苦しい。

 だが、斬りかかれない。敵対者ではない。狼藉も働いていない。だというのに、強い。


「毛利はモトナリがいる限り、潰えることはございません。あるいは、二百年、三百年ののち、このクサナギ大陸の頂点に立っているのは、毛利やも」

「……」

「『そのぐらい、歴史は何が起きるかわからない』という喩え話でございます」


 わずかに顔を上げてにっこり笑うモトハルである。

 梅雪が思わず御簾の向こうの帝を見ると、帝も御簾の中から梅雪を見ていた。


 夕山(ゆうやま)によってつながった義兄弟は、視線を交わして、うなずき合う。


 ──ちょっとこれは、仲良くしておいた方がいいかもしれない。


 合戦は帝内地域には熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)の乱以降はなく、いわゆる『戦乱』の気配は遠いように思われる。

 だが、槍を持った軍をぶつけるだけが戦争ではないのだと、モトハルの様子に思い知らされた。


 帝はその血筋から、戦えば古今無双であろう。

 梅雪は梨太郎(なしたろう)を倒し、史上最強の号を得た。


 だがしかし、戦いはそういった武力だけで決まるものではない。


 ……かくして毛利家という脅威を共有したことにより、帝と氷邑との絆はより一層深まることになる。

 これがクサナギ大陸にとっていいことなのか、悪いことなのかは、それこそ、百年、二百年と経たないと、わからないことではあるのだろうけれど。

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