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第22話 vs剣聖シンコウ 二合目

 雷が爆ぜる。

 輝く(つぶて)をまとった風が吹き荒れる。


 風をまとった氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の突撃は神速の域に達していた。


 その動きがどのぐらいの努力と鍛錬の果てに辿り着くものなのか、剣聖シンコウは正確に把握する。


 剣士の才能なき者が、風を操り、剣士並みの速度で動く。

 才能がなく鍛錬を経ていない者ならば、自分で操った風に弄ばれるが精々。梅雪ぐらいの神威量が力に任せて自分の動きを風に補助させれば、下手を打てば自分の風で自分の肉体をバラバラにしてしまうだろう。

 だが、梅雪はまるで生まれつきそうして動いていたかのように、風を完全に使いこなしている。


 シンコウは涙を流しそうになった。

 よくぞ、よくぞここまで、鍛錬したものだ、と。

 あの才能と家柄しかなかった子供が、この短期間で、剣士に並ぶほどの速度と力を身に着け、それに振り回されることなく行動出来るようになっている。

 その厳しい鍛錬を想像し、シンコウはついに堪え切れず、黒い目隠しの下で涙を流し……

 舌なめずりをした。


 ばち、ばち、ばち、ばち。

 シンコウの溢れ出す感情に合わせて、彼女の周囲で雷が爆ぜる間隔が短くなっていく。


 シンコウの得たミカヅチの加護はその攻撃に雷撃をまとわせるものであり、その雷撃は騎兵の搭乗する絡繰の機構を狂わせる。

 さらに電磁の力を上手く使えば、刀が勝手に相手に引き寄せられていく。

 余りにも便利な力。神の加護とはそういったものであり、これを大量の奴隷を使って露払いをさせてでも手に入れようとする大名がいるのは、気持ちに共感は出来ずとも心理を理解は出来るものだった。


 ならばシンコウの力は、ミカヅチの加護に頼りきったものなのか?

 ──もちろん、否、だ。


「ハハハハ! ──コソ泥のくせにそこそこ様になっている(たい)さばきではないかァ!」


 梅雪が進んでくるということは、大量の礫をまとった竜巻が接近してくるということだ。

 普通の者ではただ立っているだけでも難しいような暴風に、当たれば皮膚にめり込み肉に突き刺さり、あるいは骨さえ砕くような、礫が含まれている。


 風の神シナツの加護と、梅雪の優れた道術の合わせ技。木火土金水五行属性のうち土、金、水の三属性に適性を持ち、なおかつ集団を相手に道術を行使しても、全く疲れないからこその、『礫を孕んだ竜巻の常時展開』。


 通常の敵であれば、この竜巻が展開された時点で勝ち目はない。

 しかも、風による身体の加速まで使いこなして、剣士並みの速度を出す梅雪からは逃れることさえ適わないだろう。


 だが、それは、並みの相手との戦いの話。


 竜巻が唸る。金属の礫が回る。


 その中をシンコウは、悠々と歩んでいた。


 そして竜巻の目たる梅雪と息の交換が出来るほどの距離に来ると、抜いた刀を無造作に振る。

 シンコウはこれといった構えをとらず、ただだらりと大刀を右手で握って構え、そこから振り上げるだけの動作をしたのだ。


 距離が近過ぎる。女性の、しかも剣士の才能がない女性の細腕だ。

 いかに相手が子供とはいえ、人の肉を断つ威力など乗りようもないその一撃──


 だが、梅雪はとっさに大きく飛び退いた。


 その性格から道術士がとるべき定石である『引き撃ち』をせず自ら接近した梅雪が、大きく飛び退いてしまうほどのイヤな迫力が、シンコウが何気なく振った剣にはあったのだ。


「チッ」


 自分が『つい、逃げた』ことを自覚して、梅雪が舌打ちをする。

 穏やかな顔をした剣聖は、やはり、刀を持った右手をだらんと力を抜いて下げたまま、街歩きでもするような歩調で接近してくる。


 その顔には、より深い喜悦があった。


「よく、かわすことが出来ましたね」


 出来のいい弟子を褒めるかのようにシンコウは語る。

 無造作な接近、無造作な剣の振り上げ。

 速いようにも見えず、取り立てて仕掛けもなさそうに見える、素人のような一撃。


 ……だが、梅雪は理解していた。

 先ほどの一撃は、剣聖と呼ばれる女の技術がたっぷり詰まった、回避不可能にして必殺の一撃であったと。


(見えなかった。いや、警戒出来なかった)


 紛れもなく戦闘中だというのに、梅雪は、シンコウが接近してから刀を振り上げるまで、ぼんやりしてしまっていたのだ。

 シンコウが嬉しさをにじませたから慌てて飛び退いたが、実のところ、超接近距離からなんの予備動作もなく放たれた先ほどの斬り上げは、見えていなかった。


(シンコウの能力がゲーム開始時と同等だとしても、ステータスでは圧倒的にこの俺の方が上のはず。だというのに、攻撃が見えなかった。それに……あいつの剣には、俺の防御を貫くイヤな気配があった……!)


 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、ダメージは、攻撃側が相性補正、兵力補正、装備補正、スキル補正などを加味した最終攻撃力数値を、同じように相手のスキルなどの補正を受けた最終防御力数値が上回ると与えることが出来る。


 そして兵数とはHPである。


 統率一男の梅雪の弱さの理由はこの圧倒的なHPの低さであり、防御もさして高くないというのに、一瞬でも相手の攻撃力が梅雪の防御力を上回った時点で兵力という名のHPが一しかない梅雪は死ぬしかないのだ。


 現在の梅雪はモチベーション高く己を鍛え続けているので、防御力の数値はかなりのものになっている。

 それはゲーム開始時の剣聖シンコウの攻撃力を、スキルなどの補正混みでも上回る──はず、なのだ。

 だから、ゲーム的に言えば、シンコウの攻撃は梅雪に全く通らず、梅雪はただ立って竜巻を展開しているだけでシンコウを倒せるはずであった。


(ビビッているのか、俺が? ……いや、そうではない。あいつの剣は、俺を殺せる。あの粘つくような不気味さは警戒すべきだ)


 シンコウは速くない。

 シンコウは強くない。

 シンコウの動きはおそらく、この戦闘を第三者的な視点から見ている者があれば、『なんであんなにノロノロ動いているんだろう』と思うぐらいに緩慢だろう。


 だが、梅雪には、見えない。


 動き出しが見えない。情報が何も与えられない。

 ただ普通に歩いて、普通に殺す。


 ──すなわちそれ、常在戦場を体現しているということ。

 武という技術体系の形成において紛れもなく世に二人といない天才が目の前で自分に殺意を向けている事実に、梅雪は遅れて冷や汗をかく。


 だが。


(勝てない訳ではない)


 この挑戦は決して無謀ではなく、苛立ちに任せるままに勢いで決めたものではない。

 梅雪なりの計算があり、対策がある。そして、その対策は二重三重であった。


 梅雪は相変わらず堪忍袋の緒が短く、キレ易い。

 挑発をされると無視出来ない。

 自分を侮るようなことをした者には、何がなんでも、何年かけても報復したい欲求が堪えられない。怒りを忘れて呑み下す(はら)の深さがない。それは、事実だ。

 だが梅雪は、『いざ報復を実行してみて、それで相手に及ばずに一蹴されること』が最高にかっこ悪いことも、理解していた。

 ゆえにシンコウには盤石の計画を以て挑んでいる。


 だというのに、冷や汗が出る。


「……ふん。この俺を呑むか。コソ泥の分際で」

「おや、勉強熱心ですね。……戦いとは、まず、相手を気勢(きぜい)で呑むことから始まります。気勢で呑むことが出来れば、相手の動きは鈍り、十全に力を発揮出来ず、降伏の勧告さえ適う。それすなわち……」

「畏れを操るということ」

「まあ。わたくしの指南書を読んでくださったのですね」


 剣聖シンコウは指南書の形式で全国に自分の剣術をばらまいている。

 ゆえに、金とコネがあれば、シンコウの書いた愛神光流の教えを知ることは不可能ではない。


 シンコウに命乞い土下座をさせるために相手の手の内を知るという目的で、梅雪は指南書を読み込んでいた。

 それはまぎれもなく『必要に駆られてした対策』であり、何も恥じることも、怒ることもない。(つわもの)として立派な行いだった。

 だが、書いた当人から『読んでくださったのですね』と言われると……


「……読んだからなんだ? 自分の書いたものを人に読ませて悦に入るとは、身下げはてた自己顕示欲だな。……ずいぶん鼻が高そうだ。そこに直れ。俺が削いでやるぞコソ泥ォ!」


 梅雪は、『煽り』と受け取るしかない。


 距離をとった梅雪が再び、シンコウに斬りかかる。


 シンコウはにっこりと唇を笑ませながら、突撃してくる竜巻の中に、自ら半歩踏み込んだ。

 ……驚くべきことが起きている。

 竜巻の中に舞う礫が、シンコウの体をすり抜けているのだ。


 それはミカヅチの加護による電磁誘導──ではなかった。

 悪辣なる梅雪は、ミカヅチの加護が金属の動きを歪めることなど予見していた。ゆえに竜巻の中に舞う金属礫に見えるものは、道術の精度を上げて金属のごとき煌めきを与えた氷と石の混合物である。


 シンコウが視力を失っているのは知っている。

 だが、彼女がどういった手段でか視界を確保しているのも知っている。


 もちろん梅雪の『中の人』はシンコウが視界を確保するのに使っているスキルの名前を知っているのだけれど、そのスキルがどのように視界の確保をしているのか──シンコウの見ている景色までは、分からない。


 だから『見た目』が重要だった場合に備え、金属と思い込ませることが可能なようにした……『金属であるならばミカヅチで逸らせる』という油断を誘うための偽装を行っていたのだ。

 だが、シンコウはミカヅチの力になど頼っていなかった。


(『歩法』だ)


 武術には『歩き方』というのがある。


 (たと)えば体力の消費を抑えながら素早く長距離を駆ける走り方がある。

 喩えば前に進んでいると見せかけて後ろに下がる歩き方がある。

 所謂(いわゆる)型の中にも『歩法』は含まれており、これは『こう歩くだけで力がこの方向に強く発せられる』『こう歩くと人の認識を騙せる』などの、先人たちが積み上げて、実戦の中で発見された知恵が多く詰まっている技術体系である。

 そして、『歩法』を極めると、ただ歩いているだけの者に攻撃が当たらない。

 極まった歩法は最小限の回避動作となる。ゆえに、攻撃がすり抜けているように見えるのだ。


(速度で圧倒している。ステータスも恐らく俺が上。だが……)


 数字では見えない技術において、剣聖シンコウは圧倒的だった。

 戦いの外から見ればのろりと、しかし、梅雪の視点からは攻撃が来ることさえ察知出来ない角度、動きで、シンコウの剣が迫る。


 イヤな予感が、梅雪に告げる。

 ──これなる者こそ、剣聖。

 余りにも極まった剣術を自然に振るうがゆえに、対峙した者が何をされているかさえ分からぬまま死んでいく。

 真正面にいてもなお、注視してもなお、下調べし対策をしてもなお、分からない。

 その、究極の術理が。

 再び梅雪へと迫る──

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