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第217話 備中高松オアシス水上戦 五

 この戦いに連れてこられたのは、『氷邑(ひむら)家の精鋭』である。

 ただし、人数が膨大だ。『最精鋭』というわけではなく、たとえば忠誠心に関しても、『氷邑梅雪(ばいせつ)に尽くす心がある者』は、真にそういう心を持っているのは梅雪周囲の三百名と各軍指揮官ぐらいなもので、多くは『お勤め』として氷邑家で(ろく)()んでいるだけの勤め人たちである。


 もっとも、『勤め人』という言葉の意味はもちろん、現代日本などとは違う。

 この世界で武家に仕えるということは、『死の可能性』を含む戦いに身を投じることであり、ここでさぼったりすれば後ろの仲間から殺されることさえありうるので、戦いに真剣でないわけがない。


 それでも──


 否、だからこそ、上役の態度には猜疑心と警戒を持ち得る。


「周囲の戦場はあんなにも動いている! だというのに、我らの指揮官殿は何をなさっているのだ!?」


 イバラキ直下の軍──


 ここには梅雪が中国遠征に率いて来た中でも、特に梅雪の当主としての資質に懐疑的な者が集まっている。

 梅雪の資質に懐疑的なものだから、当然、イバラキという『梅雪の肝入りで軍師に任命された半鬼(ハーフドワーフ)』の指示にも懐疑的だ。


 エリート意識、と一言で言ってしまえばそうなる。

 ……余談ではあるが、急に決まって迅速に動かなければならなかったこの中国遠征。当然ながら部隊人員の精査などしている時間もなかった。

 それでも梅雪に懐疑的で、なおかつ『いざ』という時になれば指示を無視して──上の者の指示よりも己の正しさを信じて、このように大きな声で不満を口にする人材を一軍に固められたのは、前当主銀雪(ぎんせつ)が、こういう人材の洗い出しをしていたからである。


 彼らは氷邑家の衰退とともに去って行くはずの者たちであったのだ。


 そしてイバラキは、そういう人材を自分の下に集めさせた。

 操りやすいから。


 何かに強烈かつ鬱屈した想いを抱いている者は、その『何か』をとにかく否定し、自分が『何か』などものともしないと示したがる。

 失敗を待ち、


「だいたいにして、どこから来たかもわからん者に、我ら氷邑の軍略がわかっているとは思えん。陣形一つとっても、美しくない──」


 欠陥をあげつらい、


「そもそもだ! なぜ伝統ある氷邑の一軍指揮官が半鬼なのだ!?」


 文句をつけるべきところを探して論理的でないいちゃもんをつけ始め、


「半鬼であり、どことも知れぬところから来た者より──我らの方が、よりうまく軍を動かせるはずだ!」


 その脳内で描いた『欠陥』と『いちゃもん』を根拠にして、自分の正しさを補強していく。

 それらが妄想にしか過ぎない、また、事実であったとしても能力や物事の成功の可否の理由足り得ないことは、彼らの中では気にされない。


 まず不満が先にあり、相手より自分が優れているという思い込みがあり、それを行動として移していい機会を欲しているだけ──ようするに、『ざまあ』をしたいのだ。劣った上役より自分の方が優れていると。

 こうして噴き上がって文句を言い、さも正当な権利があるかのように失敗をねちねちと責めるその行為、本質的には自慰と同じである。

 今、彼の脳内では素晴らしい快楽物質が分泌されていることだろう。


 このイッた脳みそに、


「指揮権を獲ってみては、いかがでしょう」


『肯定』をささやいてやる。


「氷邑様も、周囲の戦場が動いている状況で、停滞したまま水辺に入りもしない指揮官には失望なさっているはず」

「そもそも氷邑様は、その、なんと言いますか……ふっ。『ご気性の荒さ』で幼いころから有名」

「なるほど! いかに肝入りの軍師とはいえ……いや、だからこそ、この弱腰の布陣には思うところがあるに違いない!」


 周囲から次々と発せられる『指揮権を奪っていい理由』『許される理由』『むしろ奪った方がいい理由』。そして……


「やはり血筋こそが、力です」

「あの連中は我ら優れた剣士が、砲弾などものともしないことを理解していないのでは?」

「そうか! 優れておらぬ剣士には、わからんのか! あの程度、屁でもないことを!」


 大義名分。成功を予感させる情報。

 そして、集まる期待。


 イバラキを指揮官としていただくことに真っ先に不満を表明したこの男、水森(みずもり)という家の現当主である。

 年齢は十六と若いが、それでも梅雪よりは三つも上であり、さらに言えば、幼いころより剣士の才能の高さで期待された者であった。


 梅雪との接触は家の意向でしないようにしていた──当時の梅雪のすさまじい癇癪から、『優れた後継者』を守ろうという意図だ──ものの、血筋で言えば氷邑の分家筋にあたる。

 実際、はるが生まれるまでは、当主の座に座る可能性もあるとさえ家から思われていた。


 ……もちろん、銀雪への無礼となるから、梅雪を差し置いて『お前は当主の座に座るかもしれないんだよ』と言われたことはない。

 だが、そういう期待は感じ取るものだ。その期待が、彼を、通常であれば『増長』とまでは呼べない、優越感と自信の中で過ごさせることになった。


 水森は、自分に視線が集まっているのに気付く。


 これはぱんぱんに膨らんだ紙風船だと水森は思った。

 誰かが一刺しするのを待っている。資格ある誰かが。そして、一刺しされれば破裂し、死を恐れぬ者どもが、『一刺しした者』の号令一つで駆け出すだろうことがわかった。


 その破裂のための一刺しを担うのが、自分だというのも、わかった。


 だから水森は、長い銀髪をかき上げ、口元に笑みを浮かべると、目を伏せて、こう述べた。


「私は氷邑の家に忠誠を誓っている」


 少しばかり己に酔った声音だった。


「みなさんの中では若輩だが──家に対する忠義は、劣らぬものと考えている。……私は、何が一番、氷邑の家のためになるかを考えた。その結果、こう結論付けた。『我らが手本となろう』と」


 どよめきは肯定的だった。

 水森は自分を見る目に期待と信頼が宿っているのを感じる。


 そして、それは正しい。


 彼らは氷邑家中の者ではある。血統に優れた者たちだ。

 だがしかし、新当主梅雪との関係性は良好とは言えず、梅雪は己がどこからか登用してきた者たちを、古参の者より好むことが明らかだ。


 剣士の才能がないということで侮っているのはないでもないが、それでも当主である。

 この当主から覚えがめでたくないため、普段のお役目でも居心地の悪さがあった。

 それを感じていた彼らは、『どこか』で手柄を立て、当主梅雪に評価していただく──もっとぶっちゃければ、『梅雪が軽々に自分たちを処断出来ないぐらいの手柄を内外に示しておく』必要があった。


 そして帝の命を受け、七星(ななほし)家と連合しての中国遠征は、またとない機会である。


 ここまでの道中で目立った手柄を挙げられなかった──イバラキ、ヨイチ、七星家の手柄はだいたい均等であった──彼らは、『どこか』で手柄を挙げるしかない。

 しかも可能であれば、『自分たちが』だ。『梅雪肝入りの半鬼の指揮』ではなく、『自分たちが』、手柄を挙げる必要性を認めていた。


 そして、どう考えてもここが決戦の地であり、以降、作戦目標は生じない可能性が高い。


 と、くれば『どこか』とは『ここ』なのだ。

 彼らが『彼らの名が轟くような手柄』を挙げられる場所は、『ここ』しかない。


 ……丁寧に丁寧に。

 そう思うように仕向けられていた。


 この状況を仕掛けた者に言わせれば、『この連中は、はっきりと「ここが決戦ですよ」と宣言してやらなければ、ぐちぐち言いながらだらだら戦って、いつの間にか戦争が終わっていたという認識で、ぼやっと家に帰るだけだろうよ』となる。

 己で戦っている意識が薄いのだ。だからこそ、戦時、しかも決戦の場所で『指揮権を奪ってやろう』という発想に至る。そのことで軍が混乱しても『まあなんとかなるだろう』というように認識しているから。


 梅雪が軍を三つに分けたのも追い風だった。

 他二軍が激しく戦っている──つまりあの二軍がオアシスを抜くことが確信出来る状況で、彼らはようやく、『失敗してもいい理由』を見出し、挑戦する気概を手に入れたのだ。

 彼らには『失敗してはいけない、取り返しがつかない』と彼らが認識するケースにおいて、挑戦するほどの勇気がない。


 それが、この状況の仕掛け人──イバラキの見立てである。


「行こう。我らが氷邑様に勝利を捧げるのだ」


 そうして彼らは、出陣する。


 この者たちに言葉にせずに任じられた役割はつまり、『囮』である。

 いかにも他を見下していそうな名門剣士どもという『丈夫な囮』をササッと前に出して、その隙に相手の隙間を通り抜けて上陸する。


 言葉一つで彼らにこうして命懸けの役割を任じられれば、こういう手間もいらなかっただろう。

 だがイバラキにはそういうことは出来ない。恐らく今後も出来ないはずだ。人間の『品性』について信用していないイバラキにとって、『後発かつ名門の関係者でもない亜人軍師が信頼を集め、命を預かる』という状況は『発生しえないもの』に分類される。


 ──申し訳が立つようにしてやろう。


 この状況はつまり、


 ──つまんねぇ宮仕えを終わらせてやるよ。


 もちろん、黒船に対して仕掛けられたものでもあるが……


 ──あいつらの死に方は、精一杯抵抗しましたと言える状況で、



 突撃した氷邑剣士隊。

 当然ながら集中砲火を受ける。

 だが彼らには矜持があり、『自分で考えて飛び出した』という意地もある。


 だから、「この程度の砲火にひるむな! 進め! 進めぇ!」と気合を入れて、前進を続ける。

 ……だが、イバラキの見立てでは、彼らの才覚、練度、なにより心の強さでは、集中砲火を受けながら力で突貫することは出来ない。


 なぜなら、彼らは『死』への恐れを捨てられていないからだ。



 ──急に手出しをすることが出来なくなって、



「進め! 進め! ……何をしている!? 進め!」

「し、しかし水森様、敵の砲撃の密度と威力が、急に……!」

「ただの弾幕だろう!? それでも誇りある剣士か! 進め!」



 ──わけもわからず消える。



「か、考え無しに突撃など、するべきではなかった!」

「お前たちだって同意したはずだろう!?」

「若造が! お前がそそのかすから!」

「同意の声もあった! ……止まるな! 逃げるな! オイッ、逃げるなあああ!」


 砲火が集中する。

 囮がそうして大騒ぎしている間に、イバラキは薄く広げた軍をだらだらと進め……


 オアシスを、抜ける。


 備中高松迷宮に着岸したイバラキは、背後を振り返り、剣士隊を見つけた。

 そして、目を細めた。


「……へぇ、予想外だな。まだ生きてやがったか。なかなかじゃねえか」

「い、イバラキ、ど、どうする?」


 トラクマの問わんとするところを察し、イバラキは酷薄に笑う。


「敵のケツを叩いてやれ。黒船は『強い箇所』に砲火を集める。あの陣形は完全に包囲殲滅のためのものだ。だから、弱い力でケツを叩いて、黒船の目標を誘導してやれば──梅雪の通る道の確保はたやすい」


 敵の勢いを後ろから操作し、囮とした味方に向けて誘導し、道を空けさせる。

 もちろん囮になっている味方は死ぬだろう。

 だがそもそもの話、一軍大将の意向を無視し勝手に進軍する行為は軍法会議によって死を与えられる。


 軍法会議により告げられる死において、階級は上がらない。そもそも、軍籍から除けられる。

 だが、氷邑梅雪は、出陣前に面白い制度を作った。


 だからイバラキは笑う。


「二階級特進させてやれ。名誉の戦死だ。家族は泣いて喜ぶだろうぜ。……ああ、死んだら他を出すから、観察しててくれよ。にしても──」


 軍役の最中に死した者、名誉の戦士として位が二つ上がる。

 イバラキは、鼻を鳴らした。


「──部下の昇進の手助けをしてやるなんざ、オレも丸くなったもんだ」

「そ、そういう感じ、ではない」


 トラクマの突っ込みに「わかってるよ」と返す。


 かくして三軍、オアシスを突破。道を作るに至る。


 では、氷邑梅雪が通った道は──

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― 新着の感想 ―
某八神月な人の計画通りの顔が頭に浮かんでくるね
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