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第214話 備中高松オアシス水上戦 二

「攻めかかれェイ!」


 配置と同時に動き出したのは、彦一(ひこいち)率いる七星家である。

 兵どもは最初、『何もない水の上』へ踏み出すことを恐れてもいた。

 だがしかし、彦一が迷いなく武器を振り上げ駆け出すと、わずかな戸惑いを踏み越え、雄叫びを上げてこれに続く。


 何の工夫もない突撃である。


 水上の足場は彦一らの重量、踏み込みの勢いさえ受け止めてみせる。だからこそ不安はない。

 だがしかし、船に不利も与えない。あるいは総大将にしてこの『足場』を生み出している梅雪(ばいせつ)が、あえて己の道術で船をどうこうしないように調整している可能性もあった。


 総大将梅雪の真意について、七星家はわからない。


 ともあれ出来ることは突撃。各々の足の速さの都合で、偶発的に(すい)形になった陣形による、総大将を先頭にしての突撃である。


 迎え撃つは、砲。


 異界艦隊総督ペリーの『武装』。骨身に馴染むほど乗り続けた黒船から放たれる砲撃。

 それは水辺に侵入し、まだまだ豆粒のようにしか黒船を捉えきれない彦一らの軍勢に容赦なく降り注ぐ。

 神威による黒い砲弾が着弾し、あたりに水柱を立てた。

 水の上に張り巡らされた風の足場の穴はすぐさまふさがる。だがしかし、『攻撃』の意思を込めて放たれた神威を防ぎきるほどの硬度はない。

 水しぶきが彦一らに降りかかるなか、ついに砲弾が彦一へ激突する──


 瞬間、


「ぬうううううううん!!!」


 彦一、獅子のような顔にいっぱいに力を籠め、右手の鉄鞭(てつべん)を振りかぶり、砲弾を打ち返す。

 イタコのサトコあたりが見たら見事な打球にうなったであろう。打ち返された砲弾は黒船へと強烈なピッチャー返し。そのまま黒船の側面に穴を空ける。


 だがしかし、あれは黒船。ただの船ではない。

 ネクロマンサーの神威によってこの世に復活した異界の船であり……


 もちろん、『たかが蒸気船』ではない。そもそも蒸気船ではない。

 異界の船。その船は……


 かつて、異なる世界において、『主人公』に敵対した勢力があった。

 この勢力は『国家』である。『大国』である。魔道において名を成した皇帝の興した大陸。その世界における新興の国家にして、最新鋭の技術を用い世界の王となった国家なのである。


 その国家の魔法技術者は考えた。


 魔法というのは、魔力という、個々人のエネルギーをリソースとして成り立つ。

 科学文明世界にとってエネルギーとは『星に眠るもの』であった。だからこそ人々はそれを切り分けて、誰が使っても安定した出力を発揮出来る道具を作成した。


 しかしどうしても個々人の魔力量、魔力出力、魔力属性というものを無視出来ない文明……


 その中で無敵の水軍を作るためには、どうしたらいいか?


 まず、無敵の水軍というのは、『一瞬、とある提督が乗っている時のみ無敵』ではいけない。

 水軍として、国家の持つ軍として、無敵であり続けねばらない。

 だが前述の事情によって、魔法文明の道具・兵器はどうしても個々人の能力によってその出力を左右される。ここを乗り越える技術的革新というのが、しようと努力する者は数多いが、どのような天才でも出来なかった。


 で、あるから、『ある方針』が採用された。


『そうだ。


 一人の精強な提督が、永遠に乗船し、戦い続ければ──


 ──永遠に無敵の水軍は完成する』


 兵器の出力を決定するのは個々人の魔力量、魔力出力、そして属性だ。

 であるならば、魔力を生み出す器官と、魔力を運用する脳を船につないで、死なないようにすればいいのではないか──


 外道の実験である。


 その成功例こそがペリー提督。

 ただし、魔法大国とはいえ死者の蘇生は出来なかったし、永遠ならざる生命の定命たる者の命を永遠につなぎとめることは出来なかった。


 そこで採用された魔法属性が、『これ』になる。


 穴が空けられた船体。

 それに、味方の砲撃が飛ぶ。


 船は沈められ……


 その直前、増殖した。


 死者を蘇生することも、寿命を永遠にすることも不可能。

 ならば死にそうになったら増殖するようにしてしまえ──


 この船は、すべてがペリーの肉体である。

 ペリーにとって、文字通り、骨身に馴染んだ武装である。

 そして肉体の一部が死に瀕するたび、生存本能として増殖し、完全に無事な状態となる。


 無限増殖艦隊。異界の船。

 備中高松オアシスに展開する船どもは、ネクロマンサーとは別解の、『不滅のモノ』であった。



「ヨイチ様、『奥の手』は本当によろしいので?」

「いらん」


 いくらか当ててみたところ、どうにもあの船、キリがない。

 ヨイチとその直下たる『仮面の軍』は顔を突き合わせ、無限増殖する異界艦隊への対策を練っていた。


 その方法は三つ考えられた。

 一つ。増殖する暇もなく消し飛ばす。

 これにはどうしても矢が必要だった。ヨイチは御三家当主であったため、血統に保証された莫大な神威量を誇る。だがしかし、その量を十全に活かし、最大の一撃を放つためには、どうしても『方法』が肝要になった。

 ヨイチがもっとも出力を込められるのは弓矢による一撃であり、ヨイチ直属の『仮面の軍』──元熚永(ひつなが)家暴徒衆もまた、もっとも得意とするのは弓である。


 そしてもう一つ、無視する。

 今、何が必要かと言えば、『主人が通るための道』である。

 なので無限増殖する艦隊を左右に散らして道を作り、主人にお通りいただくという方法もとれるのだ。

 そもそもにしてあの艦隊は明らかに『氾濫(スタンピード)の主人』の手駒であり、艦隊そのものの無限増殖という『不滅』をどうにか出来たとて、(さくら)がいる限りまた出て来る。

 であれば術者を倒すべきであり、やることは『無限増殖艦隊の相手をまともにすること』ではなく、『桜までの道を空けて主人を通し、術者を倒していただくこと』だ。


 最後の一つがもちろん『術者を倒すこと』になる。

 だが主人は桜との手ずからの決着を望んでおられることが、言葉の端々から理解出来る。

 氾濫の主人を倒すことは、死を望んでいたヨイチが見出した生存の理由である。だがしかし、自分はすでに一矢つけた。その上で殺せなかった。であれば氾濫の主人と向かい合い、これを殺し切れる可能性がある者に役割を譲るのが正しい。

 そして氷邑梅雪こそ、その役割を負うことが可能な天才であるとヨイチは考えている。ゆえに、この方法はとらない。


 三つの方法すべてが難しい。強いて言えば、二つ目の方法──『無視してとにかく道だけ作る』が、取りうる中でもっとも現実的というこの状況。

 しかしそれには犠牲が出る。それも、かなりの数だ。いたずらに兵を散らすような無理をヨイチは強いることが出来ない。そもそもヨイチの立場はあいまいである。軍内の者は『何か』を察して将として扱ってくれているが、あまりに潰れすぎるような命令には従われない可能性が高い。

 加えて言えば、ヨイチ自身も『主人の兵力』をいたずらに削るような方策をとる気もなかった。


 考えられる三つの方法が、それぞれ別々な理由で選び得ない。


 果たしてヨイチが弾雨(だんう)の中で描いた方法は……


「伝統的な兵法に曰く、『兵には逃げ道を残すべきである。さもなくば、死兵となり、その抵抗苛烈極まる』とある」

「しかし坊ちゃん、敵に死を恐れるような感性があるようには思えませんな」

「死は恐れずとも、勝ちを志し、負けを恐れる感性はある。あの船団、意思なき不気味な者にあらず。知恵も意思もあり、主人のために勝利を志す者である」


 桜の影の特徴として、ヨイチの分析は正しかった。

 ネクロマンサーの神威によって蘇生された影は、表情がなく無言なので、いかにも意思のない操り人形のように思える。

 だがしかし、各人が自分の意思を持ち、好みを持ち、そして主人のために行動するという縛りを設けられた、生者の影。姿以外は生前そのままのモノなのだ。


「敵の作戦目標は『防衛』である。一人たりとも本城へ通さず、この堀で留めようという意思がある。だからこそ、こうして本城から遠い位置へは、命中率の悪い砲弾を放つのみで、接近してこない」

「だからこそ厄介なのですがな」

「……過去に積み上げられた兵法の中には、このような敵へ対する方法もある。戦術の理によって相手の優先順位をいじる方法だ。我らはそれを行う。まあ……」


 そこでヨイチは笑い、


「不器用な我らは過去の兵法に学び、行うしかない。だが……心を読む者であれば、もっと簡単にやってのけるのであろうがな」



「てめぇらの死に方を決めたぜ」


 水辺にまだ足も踏み入れていないイバラキの軍の布陣場所は、静かなものだった。

 相手の射程は迷宮そばからぎりぎり、対岸に届かない。そして、相手は迷宮そばから動く意思がない。


『迷宮の周囲をただ守れ』という単純な命令しか遂行出来ないとすると、周囲の戦場がうるさすぎる。

 しかし『敵をとにかく撃退しろ』という命令しか遂行出来ないとすると、相手がああして留まる理由がない。もう少しこちらに近付くだけで、イバラキたちを射程内に入れることが出来るのだ。


 周囲の戦場とこの戦場の状況を合わせて分析するに、


「熱意はない。だが、利害関係がある。あるいは、『命令に従わなければならない状況だが、当人の意思としては命令に従いたい相手ではない』──ハンッ。梅雪から『異界の神威』で出てきた死者の様子を聞いておいて正解だ。あの艦隊は熚永アカリに近いらしい」


 プールにおいて梅雪に呼び出された熚永アカリ。

 それは確かに梅雪の命令を聞き、梅雪のために戦った。

 だがしかし、必要もないのに、梅雪をも巻き込むような攻撃さえして見せた。

 そこから判断出来るのは、『命令に従わなければならない』『あからさまに呼び出した相手を害することは出来ない』『しかし生前の関係性をそのまま引きずっている』ということである。


 そしてあの黒い艦隊の動きは、熱心ではないが懸命だ。詰まるところ、命令に従わざるを得ないが、やる気そのものはそれほどでもない、という様子であった。


 普通の軍であるなら、その行動は『利害で縛られている』と判断出来る。

 だがあの軍隊は『呪いで縛られている』と想定するべき──より大きい利得をちらつかせるとか、割りに合わないぐらい損な目に遭わせるとか、そういったことでの寝返りはしない、ということだ。


 で、あればどうするか?


「申し訳が立つようにしてやろう。つまんねぇ宮仕えを終わらせてやるよ。あいつらの死に方は──精一杯抵抗しましたと言える状況で、急に手出しをすることが出来なくなって、わけもわからず消える。これに決まりだ。……行くぞ」


 号令一喝、この不気味な指揮官に兵らが静かにうなずく。

 戦況が躍動を開始した。

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