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第213話 備中高松オアシス水上戦 一

 事前情報について。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)にとって、備中高松(びっちゅうたかまつ)オアシスは、予定していた通りの決戦の地である。

 これより西に行くと『稀人(まれびと)入管センター』と呼ばれる場所の領域に入る。

 ここは大戦乱孤島(アイランド)九十九州と、いわゆる『本州』を隔てる入管管理局であり、ここには『軍』を九十九州に通さないよう、そして九十九州に放り込まれた異界のモノどもが本州に来ないよう、『とある兵器』が配備されている。


 神匠(しんしょう)たるニニギの試作品と言われるこのオーバーテクノロジーの結晶は、九十九州の猛者どもさえもが通行に慎重になるほどの理不尽兵器であり、ここを通行出来るのは異界と縁のない一般人が数名程度であった。

 軍および異界を完全にシャットアウトするこの超兵器ある限り、桜は入管センターより西へ逃げることは出来ない。


 ではそこより東で決戦の地、すなわち籠城にふさわしい場所がどこかと言えば、それは元迷宮たる備中高松迷宮以外にあり得ない。


 なので梅雪は、最初からこのオアシスを決戦の地にすると決めていた。


 備中高松迷宮はオアシスの中に浮かぶ元迷宮である。

 壊れているとはいえ複雑な迷宮構造は健在で、中には異界の魔物──魔獣も多く出る。

 さらには迷宮機構がまだ一部残っているらしく、最奥に向かおうとする者の前に『迷宮の試練』が立ちはだかる。『中の人』の知識ありきで梅雪はそのあたりを理解していた。


 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)であれば、あくまでも普通の領地の一つ。兵をそろえて侵攻すれば、そこを領地としている大名──ゲームの最初はアマゴ族だが、すぐに滅びてシカノだけどこか(ネオアヅチ)へ消える──への侵攻戦が始まる。


 だが現実として考えると、備中高松迷宮の周囲には、どう考えても無視出来ない面積の水場が存在する。


 それこそが備中高松オアシスという名で呼ばれる、砂賊の王となる者しか領地に出来ない水辺。ゲームにおいてはモブ砂賊が用意されていなかったからか、いきなり弱小たるアマゴ族の拠点となっているが、現実的には、本当に強い砂賊しか根城に出来ない豊富な水が滾々(こんこん)と湧き出続けるオアシスである。


 その面積は艦隊を並べて戦が出来るほどである。

 深さもかなりのものであり、大型に分類される船が並んでも、その動きにさほど支障はない。


 とはいえ、ここは砂漠の向こう側。

 海を通って船を運び入れる手段をとれなかったのは、あまり南に行くと死国(しこく)における『氾濫(スタンピード)のパーティ』の封印に巻き込まれかねない(殺虫剤が人体にも有害なのと同じ理屈で、強い妖魔を封印するための結界に込められた神威(かむい)は人体にも悪影響を及ぼす)のと、北側の海は凍り付いているため、砕氷船がない限り運航不可能という環境的条件のせいだ。


 なので梅雪は砂の上を小舟を引かせて来て、それで侵攻するしかなかったわけだが……


「……梅雪様」

「見えている」


 ヨイチの言葉を、鼻で笑って遮る。


 篝火を並べ備中高松オアシスを囲み、椅子に腰かけて迷宮の方を見る梅雪──


 その視線の先にあるのは、『黒い艦隊』であった。


 恐らくは『桜の影』。例の死霊術師(ネクロマンサー)としての能力によって操っている死者ども。その武装のうち一つ、ということなのだろう。

 桜の能力の特徴の一つとして、操られている者はすべてが黒い影となる。だからあの船も黒い──言ってしまえばそういう話なのだろうが……


 梅雪は、というより『中の人』は知っている。


 剣桜鬼譚には、『黒い艦隊』が存在するのだ。


「ペリーか」


 異界艦隊総督・ペリー。

 黒船を率いてドデカ湖に来航するユニットである。


 どこから湧いたか全然わからないのだが、ある程度ターン数が経過した上で、ドデカ湖の宇宙人どもを倒していた場合、唐突に出現する敵ユニットである。

 倒せばもちろん味方に出来る。兵科は特殊兵科の『黒船』であり、実質全然役立っていない三すくみの外側にある例外ユニットのうち一つで、水辺での戦いで強くなる。主に『異海(いかい)』へのカウンターとして扱われるユニットである。

 まあその時点までに異海系を滅ぼしきれていない場合、ペリー一人ではどうにもならないほど異海がヤバくなっているので、役立つ・役立たないというか『このユニットを頼みにしなければならない進行状況にしないこと』が肝要になってくるわけだが……


「どこから湧いたかと思えば、なるほど、『主人公』の持ち物か」


 主人公は死霊術師なので倒したユニットを最初からいくらか抱えている(覚醒するまで使えない)のだが、明らかに主人公が抱えているはずの来歴なのに野良で活動しているユニットというのが存在する。

 なんらかの条件で『抱えきれなかった』か、あるいは主人公が『主人公』として立つ前に封印を抜け出して勝手に活動していたものと思われていたが、どうにも状況から見て、後者らしい。

 今回、ゲーム剣桜鬼譚よりも主人公の活動開始が早かった。だからこそああして、主人公の手駒として出て来るのだろう。


「いかがなさいます? 我らは小舟が十数(そう)。見たところ砲門を備えた戦艦であり、奇妙な黒い神威を噴き上げている様子ですが」


 傍に侍るヨイチの言葉に、梅雪はわずかに考え……

 それから、何かを思いつく。


 だが言葉にはせず、


「献策、あるか」


 周囲に声をかける。


 周囲──


 ここに至った梅雪の周囲には、今回の連合軍の首脳がそろっている。


 七星(ななほし)家からは彦一(ひこいち)毛利(もうり)家からはモトハル。

 そして護衛のヨイチとウメ。

 忍軍頭領アシュリーに……


 軍師として、イバラキ。


 真っ先に口を開くのは、やはりイバラキだ。


「連合軍にとらせるべき作戦というのは、ございませんな」


 口を開きながら『何もない』と言う。


 梅雪は、満足げにうなずいた。


「そうだ。この戦場でとれる奇策は存在しない。相手は水辺に軍艦を並べて備えている。こちらが来ることもわかっている。『オアシスの水全部抜く』などの作戦がとれるならば話は別だが、可能であってもそれはそれで相手は陸軍を出してくるだけであろう。で、あるならば必要なのは、軍略ではない。戦術である。そして、兵の力である。つまりだ──」


 梅雪は道術を用いて、砂の地面に絵を描く。


 単純な円。

 それを三つに等分する。


「円が備中高松オアシスを表しているのはわかるな? そしてこれを三つに切り分けた意図、察するところであろう」


 現実の日本には、『糸割符』と呼ばれる工事の方法があった。

 図面を引いて、それを糸によって分割し、『ここからここまではお前らの担当な』と振り分け、競争させる制度である。

 そうすることで各大工衆のやる気を引き出す方法である。『早く、見事に出来た者ほど褒美を増やすぞ』ということだ。


 ……が、現代日本で生きていればわかるだろうが、『早く出来れば褒美を増やす』などと言ってしまえば、手抜きが横行する。

 失敗に強い咎を与えるようになると、失敗を隠すようになるのが人間ということだ。体裁を取り繕うことで得を得られるならば、体裁を取り繕うようになる。そういうのが人間の心理なのである。


 しかしそれは、モチベーションの低い者の話だ。


 では、梅雪に率いられる連合の、三人の将はどうか?


「七星家は北を戴きましょう。敵艦隊一切合切沈め、敵の藻屑で梅雪様の道を敷いてご覧に入れよう!」


「私は南西ということになりましょうか。ただ粛々と進めましょう。──『奥の手』はいりませぬ」


「では、我らは南東から攻めることといたしましょう。ともすれば早めに終えて、お二人の将に兵を回すことになるやもしれませんね」


 意気軒高。


 七星家の彦一とそれに率いられた者どもが生真面目なのは言うまでもなく、ヨイチはただ望まれた仕事を十全にこなす忠誠心があり、イバラキはそんな二人への対抗心と、梅雪への誓い──『剣となるから扱ってみろ』という誓いから、腑抜けた仕事を己に許さない。


 梅雪は思わず噴き出した。


「おいおい! こちらの水上戦設備は小舟が十七のみだぞ! だというのに、水辺での足場についてなんの確認もせず、そう言い切ってみせるか! ──よかろう」


 梅雪が神威を展開する。

 風の神威──水上に備える船を持ち上げたり、その進路を阻んだりはしない。ただ、兵どもの足になる程度の、それだけの風の地面。


「やる気のある家臣どもの足元を支えるのも主人の役割。貴様らの進路はこの俺が作ってやる。生身で軍艦に挑み、見事に道を拓くがいい。……まったく馬鹿げた激励をする羽目になったものだ。愉快でたまらん」


 生身で水上の軍艦に挑み、蹴散らせ──


 言っていて笑ってしまうほどおかしな発言である。

 だがしかし、ここに集う者どもは、それが出来る。梅雪はそう確信している。


 梅雪はしばらく笑ってから、


「戦術を授けようかとも思ったが、その調子であればいらんな。角を()めて牛を殺すこともあるまい。各々(おのおの)、好きにやれ。一番最初に道を拓いた者、この俺が通ってやる。励めよ」


 彦一は勢いよく、ヨイチは無言で、イバラキは粛々としながらも目には殺意めいたものを秘めて、承諾する。

 

 かくして攻防戦、双方より開始。

 まず戦端を開くのは……

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