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第154話 恐山学園都市荒夜連 五

 世界呑(せかいのみ)凍蛇(いてはば)の切っ先が、氷漬けになったマサキおよび荒夜連(こうやれん)生徒たちに向けられる。


 すると切っ先から青い蛇の幻影が発せられ、それが大口を開くと、氷漬けになった一角、丸呑みにした。


 あとに残されたのは……


 マサキのみ。


「…………」


 サトコは確かに、見た。

 梅雪の攻撃が、永久凍土を丸呑みにし……

 同時に、先輩たちまで、この世から消し去った光景を。


 けれどなぜだろう、不思議と落ち着いている。

 だからサトコは理解した。


(……いつの間にか、とっくに信じてたんだ)


 氷邑梅雪……

 顔のいい男の子である。


 だが性格の方はいいとは言えない。

 出会い頭に土下座強要、しかも土下座しないなら突き出すぞという脅迫までしながらの強要である。いい印象など抱きようがない。


 その時はサトコも暗中模索の中で必死であったから、『土下座ぐらいで少しでも先輩たちを助けられる可能性が上がるなら』とすんなり土下座したが、あとから思い返してみると、梅雪が土下座を愛しすぎているところには苦笑さえ浮かぶ。


 そんな人を、信じている。


 サトコは、知っているから。

 梅雪が、嘘をつかないことを。

 嘘になりそうな目標を口にして、それを叶えられず嘘にしてしまうのを嫌うことを。

 どれだけ時間をかけたって、自分の言葉を本当にしようとすることを──知っているから。


 だから、信じられる。


 信じろと言ったのだから、彼は私を裏切らない。


 そう、信じている。


 だから、そこからの動きは、不思議に落ち着いた気持ちで行うことができた。


 マサキ──


 白い、少女だった。


 年齢はサトコと同じぐらい……サトコが実年齢より幼く見られることが多いのを加味すれば、見た目年齢だけで言えば、サトコより少し上だろうか。


 十五歳、あるいは十四歳とかそのぐらいの少女。

 かかとに及ぶほど長い髪は白。死に装束めいた真っ白い着物をまとい、覗く手や鎖骨のあたり、顔にいたるまで肌はすべて純白。

 ゆっくりと開かれた瞳も白かった。


 芸術品のような少女。

 触れれば溶けて消えそうな、儚い美貌の少女──


 それが、


「…………」


 視線を向けた、瞬間、


 サトコはボールを投擲していた。


「いけ、隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)!」


 その狸、ぽんぽこパークの守り神であった。

 実際は自分を封じて周囲で定期的に踊り狂う狸獣人どもをうざったがり、災いを招いて狸どもを皆殺しにしようとしていた祟り神……というか、妖魔である。


 もともとの出身は三河ではなく、現在『魔境』と呼ばれている領域において、数多く伝わる狸妖魔の一種。


 死の国と化した魔境で、数多くの狸妖魔を従えていたお山の大将。

 その能力──


 ──八百八の眷属の召喚。


 ボールが地面にぶつかると同時、黒い(もや)があふれ出し、巨大な狸の形へと集う。

 その形がくっきりとした像となる前に、狸妖怪は眷属どもをあふれさせ……


 マサキの視線から、全員を覆い隠していた。


 一瞬で召喚された狸の壁が、ことごとく凍り付く。


 これこそ曲解・強化された雪女伝承のうち一つ。

 目が合った男を魅了し恋に落とし、裏切った男を氷漬けにするという伝承。

 その能力を圧縮し、『目が合った者を氷の中に封じ込める』というものにした問答無用の初見殺しにして必殺の一撃であった。


「戻れ!」


 ボールの中に隠神刑部が戻っていく。同時にスピンをかけられたボールが地面を蹴って跳ね、サトコの手の中に跳んでいく。

 狸の壁が消え失せる間……


 すでに、先ほどまでいた場所に、ルウも、梅雪も、アシュリーもいない。


 それぞれがマサキを撃破するために動き出している。


 そのうち、最初の一撃を加えるのは──


「天罰!」


 少女の声で叫びながら、上空より飛来する機工甲冑。


 その姿、天使と(たと)えればいいだろうか?

 背中に大きな翼を生やした人型である。

 全体的なシルエットは細身で手足が長い。一見すると翼の生えた人間──だが、そのサイズ、全高はおおよそ三メートルあり、全身が雪雲に閉ざされた恐山山頂のわずかな光を反射し、白く輝く金属製。

 上空より飛来し鳥を思わせる三本指の足で強烈な蹴りを放ち、マサキを急襲するその機工甲冑──


 しかし、蹴りはマサキが視線を向けると、出来上がった氷の壁に阻まれる。


 その壁、神威の氷であった。

 数多の妖怪を吸収し神威総量を強化したのみならず、優れた術式開発者が時間をかけて開発した『伝承圧縮術式』によって、通常の妖怪が数多の条件を満たしゆっくり時間をかけねば出来ない『回避不可能な現象』を、一瞬かつわずかな動作だけで発生させる反則(チート)


 天才に意思と時間を与えるとこうなるという見本のような術式であり、マサキという存在を単純な神威総量以上の脅威たらしめる力のうち一つである。


 しかし氷の壁に蹴りを阻まれた機工甲冑──


「天罰天罰!」


 童女の声で叫びながら、蹴りを放ち続ける。


 頭上から秒間十七連打で放たれる蹴りは、おそるべき神威濃度によりとてつもない頑丈さを得た氷にヒビを入れ……


「天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰キャハハハハ天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰ぅ!」


 狂ったような甲高い叫びを上げながら蹴り続けること三秒。

 ついにマサキの氷の壁を砕き、機工甲冑の蹴りがマサキ本体の頭部を捉える。


 マサキ、これを腕を上げて防御。

 細身の少女にしか見えないが、その身は数多の妖怪と融合したもの。見た目通りの儚さ、脆弱さではありえない。

 すぐさま反撃の氷が迫る中、機工甲冑はマサキの体を蹴った衝撃を利用して回転しながら飛びずさる。

 そうして少し離れた場所に着地し、片足立ちになりながら、もう片方の足をなまめかしく動かす。


 そして甲高い声で笑う。


「きゃははははははは!」


「……大丈夫?」


 つい心配になったサトコが問いかけると、アシュリーは……


 否。


 新作機工甲冑迦楼羅(かるら)は、ぐるんっと円柱のような形状の頭部で真後ろに振り向き、答える。


「たーのしー!」

「……そう」


 何せ製作したてなもので、まだほとんど生まれたての自我しか持たないこの機工甲冑。

 例によりアシュリーが声帯を貸してしゃべっている、長距離・短距離両面の機動力と運搬能力を突き詰めた迦楼羅──


「たおすー!」


 幼児のように舌足らずに叫びながら、跳び上がる。


 対マサキ戦闘緒戦──


 迦楼羅対マサキ、開幕。

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