41話 俺なりの復讐
駅前のコンビニでの騒動の後、家へ戻ってきた俺は様々な感情を抑え、正月の親戚付き合いをしていた。
1月1日、2日、3日と時は過ぎていく。
3日の昼、俺は覚悟を決め、スマホのとある連絡先に電話をかけた。
もう2年近く使用していない、平坂碧の番号だ。
「……はい」
4いや5コール目で繋がった。
電話の先の平坂の声は暗い。
俺の着信名が残っていて、それを見たからかもしれない。
「今、大丈夫か?」
「うん、いいよ」
高校時代、愛おしくて、愛おしくてたまらなかったその声が……今では何も感じなくなっている。
人の心というのは単純明快だ。
「翔真達のことで……話がしたい」
「私ね。有馬くんが私に好意を抱いているってこと何となく分かってたんだ。……でも分からないフリをしていた」
「っ!」
「いじわるをするつもりなんてなかった。……でも雨宮さんの言うとおりだったかもしれない」
だが、それも今更だ。
それを言われたからと言って何か……変わるわけでもない。
俺の高校生活は楽しいものだったが、その先でおまえ達がしたことを俺は絶対に忘れられない。
「やっぱり怒ってるよね」
「……」
俺自身の選択が正しいわけでもない。俺自身にも問題があったのは確かだ。だが……俺が全ての交友関係を放棄した責任は少なからずこいつらにあると思っている。
ただ、それを今ここで平坂に論じても仕方ない。そして俺のことを忘れてしまったことを問いただしても意味はない。
もう、そんなことはどうでもいいんだ。
「俺達は成人もした。もう大人だ。昔のことを水に流すこともありだろう」
「じゃ……じゃあ!」
「そして、不要と思い、全て切り捨てたって構わない。正直、おまえ達と一緒にいたいって心の底から思わないんだ」
「っ!」
「俺はもう新しい関係を築いている。決して裏切らない、忘れない……お互いを想い合う友情を作ったんだ」
「……そう」
ここまでが大前提。俺と平坂達と生きている場所が違う。そう認識させた。
「だが、高校時代の縁も決してないがしろにしたくはない。楽しかったのは事実だからな……。翔真や水野のことで相談したくなったら相談してこい」
「あ……」
「ただ俺の彼女に隠し事はできない。あくまで電話やメールレベルの相談だけだ」
「ふふ……有馬くんは大人になったんだね」
「子供同士だけで仲良くなってる奴らがいつまで経っても大人になれないだけだ」
少しだけ時は止まる。次に声を出したのは平坂だった。
「有馬くん……変わったね」
「変えたのはおまえ達だ」
「……っ」
そろそろ終わりにしよう。
「ねぇ、有馬くん」
「なんだ」
「高校の時、いや、卒業してから……有馬くんと……付き合ってたらどうなってたのかな」
「……。そんな未来はない。どんな結果になろうと平坂は翔真を忘れられなかったと思うぞ」
「そうなのかな。最近分からなくなってきたよ」
小学生、中学生、高校生ぐらいまでは分からなかったが、大学生くらいになると恋愛観は変わる。
交友関係が圧倒的に広がり、恋愛観が現実的に変わるんだ。
「私、何で翔ちゃんが好きなのか分からなくなってきたの。あんなに好きだったはずなのに……添い遂げようと思ったはずなのに」
平坂も女子大に進学していたはずだ。そこで分かってしまったのかもしれないな。
自分の好きな男が実は魅力的な男ではないということに。
俺が3年間好きだった女がたった1日で出会った頃よりも好感をもてなくなっていることと同じだ。
ここで俺がかけられる言葉はたくさんある。俺のいつもの性格だったら他の男を紹介したり、平坂のメンタルを改善させる言葉をかけてやるのだろう。
だけど……絶対にしない。
俺が平坂に望んでいることはただ1つなんだ。
だから……この言葉を授けてやる。
「高校の卒業式で言ったろ? 翔真には平坂がいなきゃダメだと、お互いに支え合えたらいいなって」
「う、うん」
「あいつはきっと……すぐに立ち直るさ。それまで支え続けてやってくれ。そうすればきっと上手くいくさ」
「分かった。頑張ってみる」
平坂は少し、声を明るくさせ答えてきた。
「それじゃ、俺は用事があるから切るよ」
「うん、ありがとう……。有馬くん、幸せにね」
「ああ、平坂もな」
着信を切って息を軽く吐く。
「ほんと……何も考えてねーんだな。この女」
言われるがままに行動する。出会った頃はそこまでひどくなかったのにな。
平坂を幼馴染の呪縛から抜け出させることはできる。
むしろ、たやすいと言ってもいい。
方法は簡単、俺がちょっと新しい出会いを紹介してやるだけ。平坂自身は美人だ。男なんて引く手あまただろう。
翔真のことで悩んでいる今なら簡単に気持ちは動いてしまう。
下手すれば他の男に靡いてしまうかもしれないな。俺に媚びを売ったことから読み取れる。
でもそれじゃ、平坂が俺の想いにそぐわない幸せになってしまうじゃないか。
そんなの絶対許さない。
翔真という不良債権から逃すわけにはいかねーんだよ。
あいつがすぐに立ち直るわけないだろう。水野をずっと求め続けるに違いない。
高校1年からずっと思っていた。平坂がくっ付いて欲しい相手は翔真だって。
俺が思う平坂の真の幸せとは翔真と結ばれること。
平坂は翔真を想い続ける姿こそ一番美しいのだ。
どこぞの適当な男と付き合って幸せになるなんて絶対認めない。
これがおまえ達に捧げる俺なりの復讐なんだよ。
平坂はヒロインに縋って病んでしまった主人公のため、報われないのは承知で甲斐甲斐しく世話をする愚かな負け女。
だからあえてこう評そう。
負けヒロインが主人公以外を好きになるなんて許さねぇから。
「あ、雨宮か? 今日の夜、送ってくから浜山に帰るぞ」
『は? 先輩、えっ!?』




