36話 〈過去〉あの高校生活⑥
12月に入る頃に、1人暮らしをしている水野が東北の実家に戻されそうになった時のことだ。
どうやら水野は資産家の娘で親と確執があったらしい。それで今回、強制的に実家に戻されてしまった。
実家に返される直前、翔真と水野の間では何かしらのやりとりがあり、その結果翔真は大きく混乱することになる。
俺、翔真、平坂が集まり、次の方針を相談し合った。
「行くしかないだろ。水野が俺達と出会って大きく変わったことを証明してやればいい。行くかどうか決められるのは翔真だけだ」
それでも翔真は足が動かないようであった。実家に乗り込んで、女を奪い返すなんてなかなか出来る事じゃない。
でも……水野はそれを望んでいるはず。それはこの場にいる全員が分かっている。乗り込めば水野を取り戻せることも分かっている。
ただ、それを行うということは翔真は水野を選ぶことに他ならない。
平坂を選ぶというのであれば行くことを止めてしまえばいい。
翔真は新幹線乗り場に向かって歩き始めた。
そうか……そっちに決めるんだな。
平坂も一歩進み、翔真の横へと行く。
「……お願い翔ちゃん。エリスちゃんを助けてあげて……。それは翔ちゃんにしかできないから」
「分かったよ、碧。エリーは僕が必ず連れ戻す。行ってくるよ!」
翔真は覚悟を決め、走り出した……が止まった。
「……お、お金がなかった」
「課金ばっかしてっからだよ! これもってけ!」
俺は財布を取り出し、なけなしの数万を翔真に渡した。受験勉強でバイトも減ってしまったから財布にあるのは預貯金全額だ。
「ありがと有馬くん! 行ってくる!」
翔真はそのままチケット売り場まで走って行った。
言葉を失ったままの平坂に声をかける。
「……よかったのか」
「……うん。翔ちゃんはエリスちゃんのことしか見ていないってことは分かっていたから」
「行かないでって言えば躊躇したのかもしれねーのに」
「できないよ。翔ちゃんもエリスちゃんも私は大好きだから」
平坂は涙目ながらもそんな風に笑ってみせた。
この1騒動が1つの区切りだったのかもしれない。
そして……向こうで決着をつけた翔真は水野の手をつなぎ、俺達の元へ戻ってきた。
この段階で……平坂碧はこの恋に負けてしまったのだ。
翔真は水野を選んだ。平坂は選ばれなかった。
負けてしまった平坂は……どうなる?
俺が側にいて、慰めて、その心を掴んでみせる?
違う。俺が好きなのは……翔真が好きな平坂なんだ。
受験期も終わった2月の終わり。
それは俺の浜山大学への進学もあと少しと迫った時期だった。
俺は平坂を呼び出した。
「翔真に告白しろ。平坂」
「え?」
平坂はあからさまに動揺して見せた。
あの騒動から数ヶ月、平坂が翔真への想いを完全に吹っ切ったのであればこんなことはしなかった。
しかし、平坂は未だに翔真を想い続けている。いじらしく、外野から見ていて苦しくなるほどだ。
全然吹っ切れていないんだ。
「無理だよ。翔ちゃんはエリスちゃんのこと……」
「まだ2人は正式に付き合ってるわけじゃない。それに平坂の気持ちはどうなる。10年以上もずっと翔真が好きだったんだろ!?」
「それは……」
「せめて想いは伝えて来い。成功する、しないはこの際良い。今まで胸にしまってきた想いを叩きつけてやれ!」
「分かった。有馬くん。私、今度こそ好きな人に好きって言ってくる」
平坂は覚悟したように大きく頷いた。
自分で放った言葉は俺の胸にも突き刺さる。
「好きな人に好きって言ってくる……か」
俺もしなきゃいけないよな……やっぱ。
高校生最後の日。卒業式を迎える。
それが終わった後、平坂は翔真に告白をした。
駄目だったら何か奢ってやろう。慰めてやろう。
そして俺が平坂へ想いを伝えよう。
成就することなんて思っていない。平坂が翔真以外を好きになる必要はない。
だけど俺がその気持ちを伝えるんだ。
平坂が翔真に告白をした次の日、俺は平坂と会う。
彼女は……笑顔だった。
「今まで幼馴染としか見ていなかったけど……1人の女の子として見てくれるって。エリスちゃんへの想いもあるからすぐに選ぶことはできないけど必ず答えを出すって」
「……そうか」
「これからは延長戦だね!」
良かった。
いや、良かったんだろうか。
負けていたはずだった平坂は……このことをきっかけに勝ってしまったのだ。
決着はついていないかもしれない。でももう平坂は負けない。
だったら……俺が伝えることは1つ。
「良かったな。本当に良かった」
「……有馬くんのおかげだよ。最後に諦めかけていた私の心を後押ししてくれたおかげ」
「翔真には平坂がいなきゃダメだってことだろ。お互いに支え合えたらいいな」
平坂は満面の笑顔を見せてくれた。
「有馬くんが友達でよかった。……ずっと私の友達でいてね!」
「ああ」
「有馬くんは浜山市に住むんだよね! 時々帰ってきてよね!」
でもその笑みは翔真に見せるあの笑顔にほど遠いものだった。
俺は平坂に告白できなかった。
「有馬くん」
「翔真」
卒業式の帰りに俺は翔真と一緒に帰っていた。
「碧のこと……エリーのこと、有馬くんが気を配ってくれてたんだね。本当にありがとう」
「それは構わないけど、どっちの女も手に入れたいってそれクズがすることだぞ。僕の翼って言いたいのか」
「ち、違うよ!」
翔真は焦って否定した。
まぁ翔真にそんな甲斐性はない。本当に水野も平坂も大切だからちゃんと選びたいのだろう。
「でもいつかはしっかりと1人を選ぶんだぞ」
「うん、分かってる」
「まぁ……困ったことがあったら俺に言え、力になってやるから」
「ありがとう。有馬くんとはずっと3年間一緒だったね。有馬くんが親友で本当によかった……」
そうやって笑顔で言われると何だか恥ずかしい。
平坂に言われるよりも何か嬉しく感じるのは……俺も翔真のこと好きだってことなんだろうか。
「水野はきっと……家の事情が付きまとってくる。それがきっと大きな厄介となるだろう。そうならないようにしっかり守ってやれよ」
「うん」
「平坂に世話になってばかりじゃなくて、おまえも助けてやれよ」
「うん!」
俺と翔真は拳を打ち付けた。
「これからもよろしくね! ずっと親友だよ!」
「ああ」
翔真も平坂も水野も……俺にとって大事な親友だ。
これからもずっと一緒なんだ!
そう思っていた。
次の12月31日になるまでは……。
そこで全てを知るまでは……。




