12.勧善懲悪
以下は、あくまでも個人の見解です。
絶対的にそうだという保証はありませんので悪しからず。
今ならパソコン本体にプリンター、さらにデジタルカメラまでつけてこのお値段、第十二回『ラノベあるある辞典』。
今回のお題は【みんな大好き、勧善懲悪!】です。
さて、まず「勧善懲悪って何?」という方に簡単に説明しますと、勧善懲悪とは時代劇ドラマ『水戸黄門』のこと。身分を隠したオールドマンが旅先でハプニングに巻き込まれ、共に旅するサムライ・ニンジャの力を借りてクライムをジャッジメントして「HAHAHAHA!」でジエンドを迎える、アレです。(※作者は英検5級です)
と言っても、もちろん『水戸黄門』だけが勧善懲悪なわけではありません。悪が存在していて、それを正義が倒すという流れ・システムが、勧善懲悪です。
そして、このシステムは多くの作品で取り入れられています。ファンタジーから推理モノ、広く考えれば恋愛モノだって、これに当てはまるモノが多いです。
では何故、勧善懲悪が好まれているのか?
また、どんな勧善懲悪が誰に好まれるのか?
今回はそれについて、少し考えてみたいと思います。そして、それに必要となってくるキーワードは『ストレス』。
例えば『犯人が分からないまま終わる推理小説』というモノがあったら、あなたはどう思いますか?
私ならきっと「何だこれ。すごいモヤモヤする」と思います。だって、推理モノは誰が犯人か明かされてこそのモノですから。
その他にも『勇者が魔王に負けて終わるファンタジー』や『ヒロインが意中の相手をライバルに奪われて終わる恋愛モノ』など、これらを読んでも読後スッキリとはいかないでしょう。
ではどうして、スッキリしないのか?
それは、人は基本的に正しいことが正しく行われること――つまり、勧善懲悪を望んでいるから。だから最後に正義が負けてしまうと、モヤモヤする。特に、現代社会はそんなことの連続ですからね(苦笑)
しかし反対に『すぐに犯人が分かってしまう推理小説(倒叙物は除く)』や『何の苦労もなく勇者が魔王を倒すファンタジー』、『最初から両想いで告白して終わる恋愛モノ』などは、あまりにもアッサリし過ぎていて、つまらなく感じてしまいますよね。
では、勧善懲悪なのにどうして、つまらなく感じてしまうのか?
その理由は、読者は物語に『ストレス』を求めているからです。
「自分から『ストレス』を求める人間なんているはずがないっ!」
と、思った方もいるかもしれません。確かに『ストレス』なんて少ない方がイイに決まってます。親にあーだこーだ言われたり、上司や先輩から絶対に不可能であろう仕事を無理にでもやれと言われて「はァ? 無理なモンはむr(作者暴走のため以下略)。
ですが、ここで言う『ストレス』とは刺激のこと。自分の知らないこと・見たことないモノを取り入れることも、一種の『ストレス』なのです。
さて、ここで最初に出した『水戸黄門』に戻ってみましょう。
はたして『水戸黄門』が好きなのは、どんな人でしょうか。もちろん、若い方でも好きな方はいると思いますが、多くは年配の方です。
では何故、年配の方が多いのか。それは彼らが『ストレス』を求めていないから。『水戸黄門』は毎回ほぼ同じパターンの勧善懲悪で、難しいこと・新しいことを取り入れずに見られるから――つまり『ストレス』を感じなくていいから、それらに弱い年配の方々に好まれやすいのです。
しかし、若い方はそれでは物足りなさを感じてしまう。お約束と呼ばれるような定番の流れも良いですが、そこに一工夫を加えた刺激的なモノの方が、より好まれやすいですからね。
だから勧善懲悪の中に、様々な困難や予想外の障害を加え、それを乗り越えながらも主人公が目的を達する物語の方が、若い世代にはウケる。
そして、そこで現れる困難や障害、「この先どうなるんだろう?」や「こんな展開、見たことない!」と思えることこそが、読者の求める『ストレス』なのです。
勧善懲悪とは、爽快感を得られるシステムです。正しいことが正しく行われるのは、見ていて気持ち良いですからね。
そして、そこまでに溜まった『ストレス』が多ければ多いほど、その爽快感は大きくなる。
ですが、あくまで『ストレス』は『ストレス』です。いつまでも倒せない敵や、延々と続く困難があっては、いつか読者は離れてしまうかもしれません。
ですので、読者に与える『ストレス』をよく考えることが、勧善懲悪の物語を作る上で大切なことだと思います。
ではまた次回、お会いできれば。
ご意見・ご要望などなど、心よりお待ちしてます。




