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一件落着

     ◇

 アルチュの『真実の鏡』によって王の目の前でアミークスは魔物の姿へと戻り、フィーリアの口添えもあって儂らの無罪はすぐに証明された


 翌朝。


 死刑執行が急遽取りやめになった儂らは、死刑台に上る代わりに謁見の間で王に跪いていた。


 当然没収された荷物や装備は返還されたのだが、デカンナの盾を返す際大の男が二人がかりで持ってきた盾を、彼女がひょいと片手で受け取った時の連中の顔ときたら今思い出しても笑いが込み上げる。


 さておき。謁見の間は質素な私室とは違い、天井にはいくつものシャンデリアが並び、壁には絵画や壺など多種多様な装飾品が目につく。だがやはり一番目立つのは、宝石が散りばめられた玉座だろう。


 玉座へと続く床には真紅の絨毯が敷かれ、両脇には精悍な騎士たちがずらりと整列している。


 まばゆい玉座に鎮座する王の隣には、フィーリアが立っている。以前ならその近くにアミークスもいたのだろうが、今は当然その姿はない。


 いい加減首が疲れてきた頃に、王のよく通る声がした。


「一同、おもてを上げい」


 朗々たる王の声に、儂らはようやく顔を上げることができた。人前に出るための装束なのか、王もフィーリアも昨夜とは打って変わって煌びやかな衣装を身にまとっている。これならどこから見ても王と王女だ。


 王は昨日の目潰しじみた閃光がよほど堪えたのか、一瞬だけ恨みがましい目でアルチュを見るが、すぐに威厳を取り戻す。フィーリアも同じ目に遭ったはずだが、アルチュには一切目もくれず怖いぐらい儂を凝視していた。


 王が重苦しく咳払いを一つすると、室内の全員が傾注するのがわかる。儂でさえ思わず畏まってしまうから、大した風格だ。


「この王宮内に密かに入り込んだ魔族の正体を暴き、見事これを排除した諸君らのこの度の活躍、まことに見事であった。ひいてはその働きに対し褒美を取らす」


 王がそう言うと、数人の従者が大きな木箱を重そうに運んで来た。重さに耐えかねたのか少し乱暴に床に下すと、中から大量の硬貨がこすれる音がした。


「今回の褒美と合わせ、冒険者ギルドから払われる魔王軍幹部討伐の懸賞金、合計2億マニーだ。遠慮せず受け取るが良い」


「にっ…………っ!」


 2億という金額に思わず叫びそうになるのを、自分で口を押えて止めるマリン。


「だが諸君らは魔王討伐のためにこれから世界を旅する身。金はいくらあっても困らぬというが、さすがにこれだけの量は荷物になるだろう。よって一旦この国の冒険者ギルドへと預け、以降は各地のギルドから必要に応じて引き出すようにするが良い」


 つまり冒険者ギルドは銀行のような役割を担っているということか。確かに旅をするのにこの量の金は邪魔だからその仕組みはありがたい。


「それにしても、まさかアミークスが魔物だったとは。其方たちがいなければ、この国はどうなっていたことやら……」


 思い出すのもおぞましい、といった感じで王が呟く。


「誰も気づかなかったのか?」


 まあ気づいていたらこんな事態になっていなかっただろうが、それでも予兆のようなものは見当たらなかったのだろうか。


「いや、あの時正体を見るまでは夢にも思わなかった」


 ということは、普段の執政や生活に怪しいところは見られなかったということか。するとまだ何もしていないのか。


 そこで、ふと思い出したことがある。


 王都にアラドラコがやってきた際、奴を止めに来た魔物――確かマーガとか言ったか――が言ったセリフ……。


『貴様に与えられた命令を忘れたのか。池の魚が陸に上がるような真似をしおって。そんなにこの計画を失敗させたいのか馬鹿者め』


 この計画、というのがアミークスを宰相としてこの国の政治に潜り込ませることだとしたら。


 アミークスが宰相と入れ替わったのか、それとも人間のふりをして宰相になったのかはわからんが、魔族の侵略はかなり長い時間をかけらていることになる。


「こいつは参ったな……」


 思わず漏れた儂の呟きが王の耳に届いてしまった。


「どうした。何か思い当たるのなら申してみよ」


 儂は少し迷ったが、自分の考えを話すことにした。


 話が進むにつれ、王の表情が険しくなっていく。周囲の者たちもざわつき始めた。


「そんな……魔物が人間に化けて我らの中に紛れておるのか」


「恐らく、奴らは気の遠くなるような長い時間をかけて、人間に化けた魔族を社会のあらゆる組織の要職に就かせていると思われる」


 アミークスがいい例だ。奴がその気になれば王を唆すか洗脳するかして動かし、この国の政治を思うがままに操れたであろう。


 そうして政治や経済を支配したら、こそこそ隠れるのをやめて大っぴらに人間を支配しにかかるだろう。


 最終的にはこの国に他の魔族たちを呼び込み、数でも人間を圧倒して盤石な支配体制を築くことは容易に想像できる。


「ともあれ、アミークスがまだ何も動いていない段階で運が良かった」


「まったくだ。ところで、アミークスはこれからどうなる? すぐに処刑するのか?」


 儂が問うと、王はにやりと笑った。


「すぐには殺さんよ。あ奴にはこれからもっと魔王軍のことを吐いてもらわねばならんからな」


「ふむ」


 同情はしない。先にえげつない攻撃を仕掛けたのはそちらの方なのだ。せいぜい早く殺されるように努力するがいい。


「ところで勇者殿」


「む」


「この分だと他国にも同じように魔族の魔の手が伸びているに違いない。我が国は其方らのお陰で陰謀を未然に防ぐことができたが、このままでは何も知らない他国はいとも容易く魔族の手に落ちるだろう。そうならないためには、誰かが警鐘を鳴らさなければならない」


「その役目を儂に?」


「適任だと思う。引き受けてはくれないだろうか」


 仮に一国の王が警告したとして、他国はそれを素直に聞き入れるわけがない。きっと陰謀や策略だと勘ぐられ、余計な疑心暗鬼を産むだけだ。


 それならいっそ、どこの馬の骨ともわからぬ儂が、魔王討伐のための諸国漫遊のついでに各国の膿を掃除するのも悪くない。これではまるで水戸黄門だな。


「わかった。その役目、引き受けよう」


「おお、それでこそ勇者だ」


 王が快哉を叫ぶと、それに続いて騎士たちが歓声を上げた。


「ところで王様。一つ頼みがあるんだが」


「何だ。申してみよ」


「魔王討伐の旅なんだが、さすがに儂とマリン二人じゃ厳しいんでな。仲間を増やしてもいいだろうか」


「仲間か……」


 そう言うと王は儂の横に並んで控えているデカンナとアルチュに視線を向ける。


「その方ら。事情は薄々察しているとは思うが、そこにいる男は勇者である。もしこの男の仲間になれば、その瞬間から人生が大きく変わるであろう。旅は其方たちの想像より遥かに困難なものになり、行く行くは魔王と戦うのはもちろん、旅半ばで命を落とすかもしれない。それでもなお、この男と共に行く決心はあるか?」


 王の問いに、デカンナは答える。


「わたしはこれまで様々なパーティーから三行半を突き付けられた身。それでも彼がこんなわたしを仲間だと言ってくれるのなら、喜んで同じ苦難を味わいます」


 一切の淀みなく答えるデカンナに、王は「ほう」と感心したように呟く。騎士たちの中にも彼女に感銘を受けたのか、感嘆の声を上げる者がいた。


 次に王は、アルチュの覚悟を問う。


「では次に、其方はどうだ?」


 するとアルチュはそれまで厳粛な雰囲気に溶け込んでいたのが嘘のように、心底嬉しそうににやりと笑った。


「魔族を滅ぼすのが我がリベリタス教の願い。その親玉たる魔王を直接しばきに行けるなんて、まさに願ったり叶ったり。むしろこちらから同行させてくれと頭を床に擦り付けてお願いしたいくらいでございます」


「お、おう……」


 アルチュのどす黒く濁った迫力に、王も言葉を失う。騎士たちも「あれが噂のリベリタス教徒か……」「恐るべし……」と、デカンナの時とは違う意味の感嘆の声を漏らしていた。


 にわかにざわつく騎士たちに王が咳払いを一つ入れるが、それは周囲を静めるためというよりは自分が仕切り直したいがためのように見えた。


「二人とも、その覚悟や良し!」


 そこで王は両手を打ち鳴らす。


「イニティウム王イニティウム=レグヌム=レクスの名において、ここに新勇者パーティーの結成を認める!」


 高らかな王の宣言に、騎士たちだけでなくその場にいる全員が拍手をしながら大歓声を上げた。


 歓声に包まれながら、儂らはそれぞれ視線を交わす。今日、この時から儂らは仲間だ。


 そして儂たちの旅が始まるのだ。


 新生勇者パーティーの誕生を祝う人々の声は、いつまでも続いた。


これにて第一部完です。

反応が良ければ続きを書きます。

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