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ハイヒール鳴らして奴が来る

     ◇

 あれから色々と悪足掻きしてみたが、どれも徒労に終わった。


 精霊の力に頼らない硬気功を試してみたが、鉄の盾を斬り裂く手刀を以てしても鉄格子はびくともしなかった。恐らくこの鉄格子は象が暴れても壊れないだろう。


 となれば錠前をどうにかするのが手っ取り早いのだが、儂は元より誰もその手の技術を持っていなかった。おまけに牢屋の中にはめぼしいものが何もなく、技術もない上に道具もなしではてんで話にならなかった。


「八方塞がりだな……」


 硬気功で鉄格子に手刀を打ち続けて消耗した儂は、気力を回復させるために地面に横たわっていた。冷たい石の床が容赦なく体温を奪うが、汚物まみれの汚い藁を敷く気には到底なれない。


「どうするんですかライゾウさん。このままじゃ、夜が明けちゃいますよ」


 寝転んだ儂の周囲をウロウロ歩き回りながら、マリンが情けない声を上げる。


「わかっとる」


 鉄格子をどうこうできないとあっては、残る手段はただ一つ。夜が明けて、儂らの刑を執行するためにこの鉄格子が明けられるその瞬間に賭けるしかない。


 だが当然相手もそこを警戒しているだろうし、衛兵の数も相当いるだろう。この狭い牢屋や通路でどこまで戦えるかわからないが、最早手段を選べないのでやるしかない。


 そのために無駄に浪費してしまった体力を回復させなければと、儂が努めて休もうとしていると――


 こちらに向かって誰かがやって来る気配がした。


「む、誰か来たぞ」


 だが、儂が口に出して言うまでもなく、マリンたちも気づいていた。何故なら気配どころか派手にヒールの音をさせていたからだ。


「……誰でしょうね。こんな夜中にハイヒール鳴らしてやって来るなんて」


「わからん。だがやたら厭な予感がするわい」


「あ、わたしもです」


 マリンと会話している間も、音の主は通路中にヒールの音を反響させつつ近づいて来る。


 最後には駆け足になって近づいてくると、何者かが鉄格子にぶつかるようにしてしがみついた。


「ご無事ですか、勇者様!?」


 地下牢の薄明かりに照らし出されたのは、イニティウム王女フィーリアであった。


「王女様、どうしてここに!?」


 慌てて問うマリンには舌打ちだけを返し、フィーリアはまるで牢には儂だけしかいないかのように振る舞う。


「フィーリア、どうしてここに?」


「オーサ様に頼まれましたの。勇者様たちを助けてくれって」


 なるほど、冒険者ギルドの長ならば王室に顔が利いてもおかしくない。だが地下牢からの脱出という荒事を、世間知らずのお姫様に頼むのはどうかと思うぞ。


 などと思っていると、フィーリアの背後から侍女と思しきメイド服姿の女が現れた。


「フィーリア様、これを」


 そう言って彼女が差し出したのは、一本の太くて構造の単純な鍵だった。


 鍵を受け取ったフィーリアは、すぐさまそれを牢の鍵穴に差し込む。錆びだらけの錠前のわりに鍵は特に抵抗もなく回ると、重くて硬そうな音を立てて鉄の檻が開かれた。牢の鍵なんてフィーリアに入手できるとは思わないから、きっとこの侍女が看守に鼻薬を嗅がせるなどしたのだろう。オーサも優秀なメイドがいるのを見越して姫様に後を託したに違いない。


「さあ、早くお逃げになって」


 助かった。と言いたいところだが、今すぐ逃げるというわけにはいかない。


「いいや、逃げるのは後だ」


「どうしてですか、勇者様」


「このまま逃げたら一生お尋ね者だ。それだとアミークスの思う壺になる」


 宰相誘拐の犯人として全国指名手配になるだけでなく、奴なら陰で暗殺者を雇うぐらいはするだろう。そうなると残りの人生を刺客に怯えて生きることになりかねん。


「それもそうですわね。ではどうすれば良いのでしょうか」


「まずは、どうにかして儂らの死刑を止めないといかんな」


「でしたら王様に会って誤解を解く、というのはどうでしょうか」


 マリンが会話に割り込んでくると、再びフィーリアが舌打ちをする。


「それがいい。フィーリア、王様の所に案内してくれ」


「今の時間でしたら、私室におられると思いますわ」


「儂らだけでは王を説得できるかわからんから、フィーリアも一緒に来て口添えしてもらえると助かる」


「喜んで!」


 頼られて嬉しかったのか、フィーリアの顔がぱっと華やいだ。


 こうして儂らはフィーリアの案内で王の私室へと向かった。


明日も投稿します。

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