地下牢獄
◇
城へと連行された儂らは、宰相の権限であらゆる手続きをすっ飛ばして地下牢へとぶち込まれた。
地下牢は薄暗く、じめじめしていてカビ臭い。床や天井、壁は石を敷き詰めただけの簡素な造りだが、出口を塞ぐ鉄格子の太さたるや囚人を絶対逃がすまいという気合を感じる。
部屋の隅で異臭を放つ藁の山は、恐らく排泄はそこでしろということなのだろう。とても人間が寝起きする場所とは思えないが、使うのが早晩死刑になる囚人だと思うとこれが適当なのかもしれない。
地下牢の堅牢さによほど自信があるのか、それともこの悪臭の中で仕事をする気がないのか、夜だというのに見える場所に見張りはいない。監視の目がないのは気楽だが、儂らはのんびり寝ているわけにはいかない。このまま明日になれば、きっと儂らの死刑が執行されるであろう。夜が明けるまでに何とかしなければ。
「さて、これからどうしたものか」
鉄格子を両手で握って力一杯開こうとするが、びくともしない。
「当然、ここから脱出――と言いたいところですが……」
マリンの言葉が尻すぼみになる。見れば、元気がないのは彼女だけではない。他の二人も似たようなものだった。
マリンは杖を没収され、魔法が使えない。そしてデカンナは鎧と盾を没収され、殻を失ったヤドカリのように牢屋の隅で大きな体を縮こまらせている。
唯一冷静なのはアルチュだが、彼女の場合素面で大人しくしている方が問題だ。何しろ酒を飲んで酔っ払っていないと神様と交信できないのだ。つまり、今はただ顔色の悪いお姉ちゃんで何の役にも立たない。当然隠し持っていた酒瓶も没収されている。
儂はと言えば元から丸腰なので没収される武器や道具は何もなく、身体検査をする衛兵が困惑するぐらいだったが、さすがに儂でも素手でこの鉄格子はどうこうできない。
素手だけならな。
「儂に任せろ。こんな鉄格子ぐらい、すぐにぶっ壊してやる」
「ここから出てどうするんですか?」とマリン。
「わからん。だが、ここでじっとしていたら、待っているのは最悪の事態だけだ」
こうしている間にも儂らの処刑準備は夜を徹して行われている。何もしないでいるのは自殺をするのと同じことだ。
「行き当たりばったりでもやるしかない」
「……わかりました。わたしも腹を括ります」
「よし、やるぞ」
マリンたちに儂から離れるように手で合図をする。自らも少し鉄格子から離れ間合いを取り、呼吸を整え気合を溜め始める。
そして溜めた気に大地の力を上乗せして地面に打ち込めば――
「行け。『土蜘蛛』!」
鋭い刃と化した蜘蛛の足が気が地面を削りながら目標へと襲い掛か、
らない。儂のこぶしは虚しく牢屋の地面を打っただけだった。
「……あれ?」
不発である。大地の気の吸い上げが不十分だったのか、何も起こらなかった。
「だったら次はこれだ!」
再び呼吸を整え、丹田に気を集中する。そして右手に風の気を上乗せし、空気が肉を斬り裂く鎌鼬をイメージしながら手刀を打ち込む。
「『百歩神拳』!」
振るわれた手刀の先から刃と化した気が飛び出し、全てを斬り裂、
かない。儂は手刀を振り抜いた姿勢のまま、呆然と前を見やる。当然鉄格子には傷一つついていない。
「どういうことだこれは……」
『土蜘蛛』に続き『百歩神拳』まで不発に終わり首を傾げる儂に、マリンがおずおずと声をかけた。
「あの……、恐らくここには精霊がいないからではないでしょうか」
「精霊がいない? どういうことだ」
「はい。ここは城の地下牢。人工物でしかも地下深くとなれば、大地の精霊も風の精霊も存在できません。ライゾウさんの技はどれも精霊の力を借りて出されるものなので、精霊がいなければ何も起こらないのです」
「しかし、似たような状況の廃坑の時はどちらも出たぞ」
「あそこは人の手が加わっていますが、この地下牢のように完全な人工物ではありません。大部分は土が剥き出しなので、大地の精霊が活発です。それに深度も浅かったし換気のための通気口も開いていたので風の精霊も十分活動していました」
「なるほど。儂の技は場所によっては出たり出なかったりするのだな」
マリンの説明を、アルチュが補足する。
「精霊魔法は精霊の力を借りるため、魔術師のように触媒を用いません。魔術師なら杖や指輪など触媒を没収すれば魔法を封じられますが、精霊魔法を封じるにはこういった地下牢に入れるのが手っ取り早いんですよ」
「精霊は自然のままの状態を好むので、人工物の中では活発に動けなかったり、そもそも存在しないことがあります。そこを留意していれば、いざという時に慌てなくて済みますよ」
「わかった、気を付けよう」
わかったついでに、これで一つはっきりした。
「となると、ここから出る方法はないということだな」
明日も投稿します。




